魔女の領域

 次の日は平日で、集合したパーティメンバーは限られていた。

 その集合場所となったユウの現在地は、『ガデニア』の宿屋であり、ログインした仲間は、宿の一階にある食堂の隅で、〈森想森理のローブ〉をフードまで被り、膝を抱えて蹲った全身を隠しているユウの姿を初めに目の当たりにしていた。

「店主様はどうされたんです?」

「気にすんな、気にすんな。おい、つむー、街の人達もよくしてくれてんだから、いい加減落ち込むなって」

 昨日の生態系一つを変えかけなかった所業に怯えはあったものの、『ガデニア』の住人は誰もがユウを《魔女ニクェ》の後裔と認め、新しい守護者として暖かく迎え入れてくれた。

 それなのに、ユウと来たら、何時までもうじうじと思い悩んでいる。

 その姿を見て呆れているのは、セムと巧の二人だけで、他のメンバーは今日、ログイン出来ないようだ。

「前の魔女様はあれくらいやってみせても悠然とされていたけど、今度の魔女様は随分と奥ゆかしいんだね」

 宿屋の女将さんが、仕事の通り掛けに笑っていた。あれだけ豪快に炎を焚き上げた人物をして奥ゆかしいと評するだなんて、かなり肝が座っている。

「おはよぅございます」

 そんなぐだついた空気の中にフュリアがやって来た。

 それを見て、ユウはすっと立ち上がるのだから、切り替えが早い。

「おー。じゃ、行こかー」

「ん? お前さん、この街守るって言ったクセにそんな簡単に離れていいんか? 毎日のようにフルール来てるんだろ?」

 そう、この『ガデニア』へのフルールの襲撃は、かなり高頻度であるのが、和毅かずきから教えられている。

 フルールの種類もその時によりで、その場で殲滅しても次の襲撃は防げないのだ。

「あ、だいじょうぶ。ここにも未言巫女が発生するように、〈領域支配〉に組み込んだから」

 そして、ユウはまたもや、さらりと爆弾発言を投下する。

[はい?]

[わんもあぷりーず?]

[【魔王領拡大】早く人類側も都市開発しないと、ゲームオーバーになるな【いつの間にかミニスケープゲームをやってた】]

 セムが心底胡散臭いものを見る目でユウを見下すと、ユウににへりと笑い返す。

 セムが容赦無く、ユウの頭を引っ叩いた。

「にゃん!? なんで!? なんで紡岐さんのことぶつの!?」

「いらっとしたから」

「うなーん!?」

 ユウとセムが戯れ付くのを、巧とフュリアが揃ってどうすれば良いのかとあたふたとしている。

 どうもしなくて良いんだが、相変わらず話が進まないな、こやつら。

「かーさまー! ひさしぶりのまだみずだよー!」

 そんなところに、未水まだみずの未言巫女が小さな体で全力で走って来て、ユウの体に突っ込んだ。

 ユウは危なげ無く未水の未言巫女を受け止め、抱き締める。

 未水がやって来た方を見れば、濡れた手を拭く宿屋の女将が苦笑いをしてその光景を眺めていた。恐らく未水の未言巫女は、女将が朝食の食器を洗っている時にでも発生したのだろう。

「未水ー! 毎日会ってるけどねー!」

「みゅふふふ! まだみずは水回りにまいにちいるもんねー!」

 ユウと未水はきゃっきゃっと笑い合い、くるくると回っている。

「いいなぁ……」

 その光景を羨ましそうに見ていた巧が声を漏らすと、回転していた未水が視線を投げ掛けて来た。

「ん? なに、わんこ、雨にぬれたあとにいつまでもかわかない呪いかけてほしい?」

「いや、それは困ります」

「なによー」

 未水が親みたいな傍迷惑な提案をして来るから、流石の巧も即座に断った。

 この巫女、報復も呪いなら、親愛も呪いなのか……。

「あのー」

 おずおずと、フュリアが手を上げる。

「いつ、出発するのですか?」

 その場にいる誰もがフュリアに注目して、ひたと黙った。

「……い、行くよ。今から行くよ」

 ユウがフュリアから目を反らしながら、忘れてなかったと主張するが、明らかに忘れ去っていたな。

[まぁ、遥ちゃん、未言まっしぐらだから]

[缶詰かよ]

[猫かよ]

[未言は缶詰じゃないが、未言屋店主は化け猫でもあるな]

 漸く、宿屋から外へ出た一行は、街のあちこちに未言巫女がいるのを目撃する。

 街路樹の揺れる梢に風虫かざむしが腰掛け、地面の罅割れの前には蛇の目をした未言巫女が体を横たえ、光が白壁に跳ねるのを辿ってパーカーを着た未言巫女が跳ね回っている。

 そしてそんな不思議で急に日常に追加された存在を、この街の住人は極自然に受け入れていた。

[しっかし、まじでメンタル強いな、ここの住人]

[他の街ならパニック待ったなしよね]

 ユウが流れて行くコメントを見て、こて、と首を傾げた。

「この街の人は、未言巫女がいても気にしないのね?」

 ユウがフュリアに疑問を投げ掛けると、彼女は懐かしそうに目を細めた。

「まじょさまも、長く森を開ける時には、《魔蜂》や《バンシー》が街にいてくれましたからね」

[なるほど。つまり、慣れていると]

[そりゃ動じないよな。元からアーキタイプに守られてるんだから]

 ユウも大概だが、《魔女》も随分と気安いと言うか、出し惜しみが無いと言うか。

 持てる力は、躊躇い無く使うところは、確かに似ている二人なのだろう。

「そこまでやったら、そら、フルールが来ても安全だし、街の人も崇拝するわなぁ」

 セムが沁々と言う位には、非常識な話だ。

 ところで、ユウと巧のぽけぽけコンビよ、それ位普通じゃないかみたいなその表情を止めろ。

「と。この茂みなんか良さそうね」

 不意に、道の隅に生い茂る低木を見て、ユウが足を止めた。生垣として植えた物が、家が取り壊されてもそのまま残ったのだろうか、こんもりとこじんまりと、その木は其所にあった。

 そしてユウは、無言でフュリアに右手を差し出した。

 フュリアは何の疑問も差し挟まず、その手に左手を乗せて、ユウがフュリアの小さな手を握り込んだ。

「はい、二条もお手」

「わん」

 そして巧にも左の掌を見せて、巧が素直に右手を置く。ユウはその手もしっかりと握った。

「ねーやん、わたしたちの後にすぐ着いて来てねー」

「ん?」

 セムが放られた言葉の意味を理解するよりも前に、ユウは目を付けた茂みへと、二人を引っ張って突っ込んだ。

「わふっ!?」

「わぷっ?」

 巧とフュリアが揃って、驚きの声を上げた。

 がさがさと、枝葉を掻き分けて、八歩進んで、茂みを抜けると其所は。

 目の前で伸び切った樹木が倒れ、道を常に変えて行く《迷いの森》の中だった。

「わ、わ、瞬間移動しました」

「まじょさまの森だぁ」

 二人して目を丸くするのを、ユウは誇らしげに微笑みながら胸を張った。

 人を驚かせるのが、無駄に好きな奴だ。

「つー! つー! 引っかかったー!」

 ユウが騒がしく呼ばれるのにふりかえれ振り返れば、茂みに丁度体の半分だけを出してセムが引っ掛かって抜け出せずにいた。

「ねーやん、なにやってんの!?」

 ユウは慌てて、今出て来た茂みへ取って返し、セムの腕を引っ張るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る