魔女のお茶会

 ユウがカチャカチャと、茶器を弄る背中を、キャロと少女は揃って、じっと見詰めていたが、キャロの方が早々に諦めた。

「紡岐さん、タピオカミルクティーが飲みたいですー」

「無茶言うな!?」

 キャロがどうせなら好きな物を飲みたいと注文したのに、ユウはぐりんと首を巡らせて拒否する。

 当然だが、タピオカなんて物を入手するのは、困難である。

 ユウは湯気の立つ一つのカップを少女の前に置いた。

 少女の亜麻色の瞳が、生成色の水面をじっと見詰める。

「どうぞ」

 ユウが促すと、少女は彼女の顔をちらっと見てから、カップに口を付けた。

「……あまい、です」

「ハニーミルクよ。蜂蜜たっぷりだからね」

 ユウが誇らしげなのは、その蜂蜜が《魔蜂》と言う彼女の眷属がこさえた物だからだろうか。

 少女は、ユウの淹れたハニーミルクを、熱そうにちびちびと口に含む。

「まじょさまも、よく蜂蜜をたくさん入れたハーブティーを飲ませてくださいました」

「……え、そっちのがよかった?」

 ユウは不安そうに声を小さくするが、少女はさらりと首を振って榛色の髪を揺らす。

「とてもおいしいです」

「そう? なら、よかった」

 少女はまたハニーミルクをちびちびと飲み始める。少し分かり辛いが、夢中になっているようだ。

「紡岐さん、私もこれ飲みたい!!」

「なにを!? キャロさんの分はもうミルクティー淹れたんだけど!?」

「タピオカは!?」

「ない!」

「なら、ハニーミルクの方がいいです!」

「わがままか!?」

 キャロが一瞬で空気をぶち壊しおったな。

「あ、店主様、そしたらぼくがミルクティーいただきますよ」

「二条……あんたそんな、わざわざ割を食わなくても」

「ミルクティーはぼくの血液です。輸血っすよ」

 キリッとどや顔で巧が宣うが、全く意味が分からない発言だ。

 取りあえず、行き場の無くしたミルクティーは蜂蜜が加えられてわん娘の手に納まり、ユウは二つ目のミルクを温め始める。

「それで、あなたのお名前は? あ、私はキャロ。よろしくね」

 ユウの期待通り、キャロはにこやかに少女との会話を始めていた。

 少女は半分程飲んだカップをテーブルに置いて、一呼吸入れてから答える。

「フュリアです」

「ヒュ……フゥ……えぇ?」

 『コミュト』独特の発音に、声優が本業のキャロも戸惑う。

 そんなキャロの前に、ユウが出来立てのハニーミルクを置く。

「来たっ!」

 キャロは喜色満面でカップを抱えて口を湿らせた。

「……フュリアちゃん」

 キャロが少女の名前を正しく発音した。

 少女もこくりと頷き、キャロの発音が合っていた事を伝える。

 キャロは表情を誇らしげにする。

「ヒィ、フィ、ぁん?」

「ひゅー、ひゅー」

「二条、鳴らせてない口笛見たいよ」

「ふ、う? い?」

『ヒュリア、ちゃんですか?』

「生糸さん、フに小さいユだと思います」

『フュリアちゃん?』

 キャロ以外が発音に混乱している中で、フュリアは生糸が後から出した方の文字を指差した。

「こっち、です」

『流石紡岐さん』

[どんな耳してんだよ、未言屋店主]

[ユウちゃんのキチガイSENの数値を侮ってはいけない]

 それに加えて、フィンランド語でも似たような発音があるのも大きいだろう。

 ユウはフィンランドの発音の可愛らしさが好きで、フィンランド大使館やフィンランド語botをSNSでフォローして日常的に目にしているからな。

「それで、フュリアちゃんはどこから来たの?」

「ガデニアです。この森から歩いて三十分くらいの、ずっとまじょさまに護っていただいてた街です」

「え、そんな近くに街があったの?」

 ユウ、お前、何時も何時も空を飛んでいる癖に全く気付いていなかったのか。

 ユウが私の批難の視線に気付いたのか、此方をじっと見下ろして来たが、黙ったまま目を反らした。

 言葉を発すればまた何か言われると思ったのだろうが、その態度自体が苛っとしたので、ユウの頭に飛び掛かり蹴りを与えてやった。

「なんで!? なんでかしこさんは何も言ってないのに蹴るの!?」

「煩い、まず反省しろ」

「ひどいっ!?」

 ユウに仕置きをしている間にも、キャロはフュリアから事情を聴いていた。

 全く、早くこの人見知りにもこれくらいのコミュニケーション能力を身に付けて欲しいものだ。

 フュリアの話を整理すれば、彼女はこの森に《バンシー》に会いに来た。

 『ガデニア』の街には、カズキというプレイヤーがおり、彼が街を護ってくれているらしい。フュリアの事も面倒を見てくれているようだ。

 それから、カズキは別のプレイヤーに依頼して、『ガデニア』に巨大な建物を建造している事も分かった。

和毅かずきのやつ、見かけないと思ったらこんなとこに本拠地作ってたんか」

「んにゃ? ねーやん、お知り合い?」

「ベータテスターだよ。ちなみに社畜な」

「……社畜、だめ、ゼッタイ」

 社畜という言葉に、スイッチが切れたかのようにユウの瞳からハイライトが消えた。微かに呪いが漏れだして、暗黒の煙がユウから立ち上る。

「建物って、そちらは白路はくろさんですかね?」

 キャロがもう一人もベータテスターの顔馴染みかと想定して名前を出した。

「巨大建造物とか言ってるしな。あいつの式神くさいな」

「式神……陰陽師?」

「バーサスはな。本業は建築デザイナーよ」

 ユウが自分の趣味範囲の単語に反応すると、セムは鷹揚に頷き更に情報を付け足した。

[え、建築デザイナーの白路ってもしかして新国立迎賓館デザインしたあの白路さん?]

[あのお城みたいなのデザインした人か。超有名人じゃん]

「そうそうそれそれ」

 コメントとセムのやり取りに、ユウは、ほーん、と感心しているような興味が無さそうな顔をしている。趣味範囲の内外で食い付きが違い過ぎるな。

「でも、この森で《バンシー》探すって言っても、わたしたちそろそろログアウトするじゃない? この子一人だと危ないと思うの」

 珍しくユウが真面な発言をした。子供は好きな性格をしているし、この少女も保護対象と見做したか。

「それなー」

「どうします?」

 セムがユウに同意し、キャロが解決策を問い返す。

 他の面々も、頭を悩ませて沈黙が降りた。

「街に送り返すしかなくない? で、明日また迎えに行く」

「あー。近場らしいから、ありだな」

 提案を出したユウがんばられたんだろうなとフュリアを見詰める。

「わかりました。未言屋店主様のお言葉にしたがいます」

「……なんだろう。いい子すぎて、こう、わたしの汚れた心が痛む」

 ユウが、フュリアの純粋な眼差しから逃げるように、胸を押さえて顔を背けるが、誰もそんなものには取り合わなかった。

「ほら、さっさといくぞー。ま、ねーやんは徹夜でもかまわんが」

「え、やだやだ。十二時には寝るからね、わたし」

 ユウは自分の睡眠時間を確保する為にも、セムに急かされるままに、先に家から出ていた面々の後を慌てて追い掛けた。

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