独身のオカン達

 バベルガードゴーレムを倒すと、一枚のカードキーとなって、ユウにドロップした。

 其れを近未来的な自動ドアに翳すと、地下への階段が現れたのである。

 その先に降りて、そこまでレベルの高くないフルール達を少女少年達が狩るのを、ユウとリーダーが少し離れて見てた。

「あの子達の面倒見てるの、なにか理由があるんです?」

 ユウは、大きな馬型のフルールを倒して手を振って来る魔法使いの少女に、ひらひらと手を振り返す。

「いやー、オレが初ログインしてプロトの町出たら、あいつらがモンスターに四苦八苦しててな……ガキばっかだったし、見てられなくて」

「あー……」

 話を聞くと、リーダー以外は現実やネットで仲良くなったらしく、始めから一緒にプレイしようと相談してあったらしい。

 しかし、このリーダーが導いてなければ、まだプロトの周りにいたのではないかとも思う。

「なんか、お前さんには悪かったな。普段のプレイ動画見てパーティプレイ慣れてんのかと」

「気心知れたみんなと、場当たりな子供とじゃ、勝手が違いましてよ」

 ユウが瞳を空色に変えて、少年達の死角から迫った蛇型フルールを捉え、そのまま発火して撃退した。

 それなりのシェルと僅かなフィルがユウのドロップとして収まる。

「てか、わたし、普段からソロプレイ多くね?」

「……確かにな。先入観だったか」

 ユウがフルールを倒したのも気付かず、少年達はそのままターゲットにしていた別のフルールへと突っ込んで行った。

 少年らしい視野の狭さと言うか、真っ直ぐさと言うか。

「散らばりすぎだよー」

 ユウがフルールを追って方々に散ったパーティメンバー達に声を掛け、《魔蜂》を放つ。

 《魔蜂》の群れは、フルールを取り囲みながら、それを追う少年少女達の移動も誘導し、一纏めにして行った。

 フルールを追いながら、彼人達は自然と集まって行き、《魔蜂》の起こした風や毒で弱るフルールを討伐して行く。

「お前も大概面倒見いいよな」

「性分でしてよー」

 リーダーとユウが揃って、ゆっくりと少女少年達の方へ歩き出した。

 アニバーサリーイベントとして、ポップアップが増えたフルールを、二人は擦れ違い様に軽く処理する。

「あなたもソロの方がやりやすいんじゃないです?」

「まぁ、そのつもりで始めたんだけどな。好きに改造したバイクを気ままに乗り回すなんて、現実じゃ出来ないしな」

 リーダーの言葉を聞きながら、ユウは地下の暗がりを集めて、闇の蛇の〈ガンド〉を呼び出した。

 蛇の闇は音も無く走り、通路の奥で此方を――正確には少女達を狙っていた馬型のフルールを一呑みにした。

「でも、危なっかしくて、見てられなくてなぁ」

 結局、リーダーは最初に言ったのと同じ結論に至る。

 ユウはちらりと横の男性を見上げた。

「子供とかいたりします?」

「独身だ、このヤロー」

 ユウは、独身同士なのになんでこんなオカンみたいな会話をしてるんだろうな、わたしたち、と思いながら、天井を見上げた。

「うにゃ?」

 そしてユウは天井に描かれた物を見て、足を止めた。

 戦火。

 逃げ惑う生き物達。

 漆黒の影。

 汚染。

 血溜まり。

 武器。

 炎、氷、雷、風。

 ユウの思考は、確かに見ている筈なのに、靄が掛かって認識が出来ない。

「どした?」

「え、あ、いや」

 リーダーが振り返り声を掛けても、ユウは見ている物を説明出来なかった。

「リーダー! 遥ちゃん! たすけてー!」

 そこに、魔法使いの少女から救援を求める声が響いて、ユウはハッとして視線を天井から道の先へ戻した。

「ひぅっ!?」

 そして其処にいた者を見て、ユウは息を飲んだ。

 それは巨大な狂犬であり、だらしなく開いた口の牙から、だらだらと涎を垂らしている。その涎が滴り落ちた床は、腐食されて煙を立てている。

「おう。お前は下がってろ。苦手なんだろ、犬」

 ユウは背中を向けて見えていないリーダーに、がくがくと首を縦に振る。

 そんなユウを置き去りにして、リーダーが駆けた。【ストレージ】から剣を取り出し、狂犬に斬り掛かる。

「ほら、お前らは下がれ!」

 リーダーの指示に従って、彼人達は狂犬から離れる。

 狩猟の本能か、狂犬はリーダーよりも逃げたメンバーにぎょろりと剥いた目を向ける。

 だが、リーダーはその横面を剣で殴って、意識を自分に向けさせた。

「オメーの相手はこっちだよ」

 狂犬が怒りの方向を上げる。

 動きが止まったその一瞬に、矢と炎が狂犬に突き刺さった。

 ぐるりと首を回らし、狂犬は攻撃手の少年と少女を見る。

 そのがら空きの首にリーダーが剣を突き立てた。

「こいつ、頭悪ぃな」

 狂犬の血を浴びながら、リーダーは不敵に笑う。

 狂犬が前肢を振り上げて、リーダーを叩き潰そうとした。

「でやぁ!」

 そこに身の丈程のハンマーを、少女が叩き付ける。お互いの反動で弾かれ、よろける。

 何方も隙が生まれたが、狂犬にはそこを突いてくれる味方はいない。

 リーダーは狂犬の目を目掛けて剣を斬り付けた。

 狂犬が絶叫し、涎が飛び散る。

「いってぇ!?」

 涎をもろに浴びたリーダーは、蝕まれる肌の痛みに叫んだ。

「リーダー、回復!」

 後方に控えた少女がリーダーを呼ぶが、リーダーは足で地面を踏み締めて下がらない。

「そんなにHPは削れてない! 後でいい!」

 彼はこのまま攻め立てて、先に敵を倒す事を選んだのだ。

 そんな苛烈な攻防を前にして、ユウは情け無く頭を抱えて怯えていた。

「なにもきこえないなにもきこえないなにもきこえない」

「あの、大丈夫ですか?」

 手の空いていたルービックキューブを《ブレス》にする少年がユウに声を掛けるも、ユウには全く届いていない。

 本当に犬というだけで使い物にならなくなるな。

 そして、狂犬は三分程の時間を掛けて、リーダー達の手で光の粒となって消えたのだった。

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