疑似神雷――プラズマ砲

 舞い上がる土煙を、《聖域》の水が阻み、ユウの呼吸を護る。

「まぁ、倒せるのはわかったけど。いけるよね、妖す?」

「はいはーい。バ母様のお呼びとあらば、そりゃ、妖すちゃんは張り切りますよー?」

 ユウの呼び掛けに答えて、これまでも『何でも有り』を体現し切って来た未言巫女が、そのおかっぱ髪を揺らして跳ねた。

[あ、妖すでましたわ]

[はい、しゅーりょー]

[なんだ、ゴーレム消すのか]

 妖すが姿を現した事で、もう視聴者一同はユウの勝利を確信していた。

 ユウは楡の柄の箒に横座りになり、妖すの未言巫女を抱いて宙に浮かんだ。

 ゴーレムの頭が視線で追うように、ユウの動きに合わせて上を向いて行く。

 そのゴーレムをユウは見下ろし、巧に向かって――正確には、巧の影に潜み、彼女を守る《流転する影衣かげえ》に向けて、手を伸ばした。

「おいで、ルル」

 ユウの呼び掛けに即座に反応したナゼラ・ルルは、その形を細く反物のように変えて、ユウが差し出した腕へと纏わり付いた。

 そのままユウは掌を握り込み、影衣を抱き締めるようにその手を胸に押し付ける。

 そして《流転する影衣ナゼラ・ルル》は噴水のように辺り一面に溢れ出して、全てを影の中へと取り込んだ。

 それは夜闇と見紛うような漆黒だった。

《かげみたし

 月を妖しいざなはむ

 いざよひしぶる

 ためらひ月を》

〔〈アート・プレイ・タイプ:未言〉が43レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:和歌〉が8レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:古語〉が8レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:妖怪伝承〉が7レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:魔法〉が15レベルになりました〕

 ユウの歌と共に、ルルが闇を深め、その中で猫のように黄金に光る妖すの瞳だけが爛々と辺りを睥睨していた。

 そして、一閃の稲妻が、一瞬だけ影衣に包まれた景色を浮き彫りにする。

 その稲妻が何処から放たれたのかと言えば、ユウの背後に、普段よりも遥かに大きく存在する第四衛星『エクリェイル』の幻影が放電したのだ。

 此処はもう夜であると、未言屋店主が影衣で全てを包んで、月を妖し、足取りの遅い十六夜の月は慌てて、その映し身だけを此処に表して、帳尻を合わせようとしたのだ。

[空想具現化だと!?]

[なんだ、ただの真祖か]

[魔女の恋人ならむしろ納得]

 楡の柄の箒に腰掛けたユウが、騎士の手を取る姫のように、優雅に手を差し出した。

《マギアウルス》

 ユウが囁くと同時に影衣に包まれた静寂しじまを、ざわざわと不気味な騒音が引っ掻き始めた。

 そして《魔蜂》の兵士達がユウの【ストレージ】から飛び出した。

「なんだってまたあんたと組まなきゃいけないのよ、もう」

 《魔蜂》が舞踏する渦の内から、月の蜜の未言巫女が、妖すに不平を漏らしながら現れた。

 エクリェイルの白雷によって断続的に照らされるハニーブラウンの髪を手の甲で掻き上げ、《魔蜂》達を同じ色の光で包む。

 ユウはくすりとだけ笑って、歌を紡いだ。

《いまここに

 月の蜜蜂みかづちを

 はねにやどしてさばきをくだす》

 ユウの囁くような声が尽きると共に、《月の蜜》が発動して全ての《魔蜂》がエクリェイルの雷光によって更に羽音をけたたましくした。

「さぁ、みんな。行くよ?」

 月の蜜の未言巫女が、にやりと笑った。

 その言葉を皮切りとして、《魔蜂》の一匹がゴーレムに向かって雷を放つ。

 轟音と共に、ゴーレムの右足が砕けて、その巨体が崩れ落ちた。

[は?]

[え?]

[おい、あのゴーレム、断章がないと倒せないんじゃないのかよ]

 月の蜜は不敵な笑みを浮かべたまま掌をゴーレムに向け、その意図に従って《魔蜂》達が雷弾を降り注ぐ。

 ゴーレムは自分の体をぶつける事でしか攻撃出来ない為、その手の届かない空中に浮かぶユウ達に反撃が出来ず、その絶対の守りは条件を満たした《魔蜂》の雷によって効果を発揮しない。

[【チートかよ】あー、そうか。断章って《神の雷》なんだよな。理解した【いつもの魔女の恋人である】]

[うん、そうだね。【アーキタイプ】がその言葉の元型なんだから、組み合わせたらこうなるのか……。いつもながら発想の転換がすごいと言うか、頓知が利いてると言うか]

[なんだなんだ、なにがわかったんだ]

[二人で納得してないで説明してよ]

[よろ]

[おーねーがーいー]

[そんなに難しい話ではないよ]

[【神の】あの《魔蜂》って、花の女『神』の蜜を食べてるだろ? んでもって、今その《魔蜂》が月の『雷』を纏ってる【雷】]

[……うそだろ]

[まじかよ]

[そんなんアリかよ]

[ははは……、《花の女神》も《月の蜜》もアーキタイプとブレスだから、それを二つも組み合わせたらねぇ?]

[【ルールは破ってない】劣化ブレスらしい『断章』ってやつの効果も再現できるんだろうな【常識なんてものは元からなかった】]

[ゴーレムも「神成す御雷」とは言ったけど、《神の雷》とは言ってないしねぇ。このゲームがリアルに近いからこそ、出来た裏技かもね]

 二人の視聴者による解説が流れている間に、ユウは最後の一撃の準備を終えていた。

 放電で光るエクリェイルを背に、右腕を真っ直ぐにゴーレムへと伸ばす。

 《魔蜂》は曼陀羅のようにユウを取り囲み、円を描いていた。

 ユウの横には、妖すと月の蜜の未言巫女達が左右に侍る。

 ユウが両目を空色に透き通らせた。きゅっと瞳孔が窄まり、ユウの視野には大きくゴーレムの額が映る。

「それね」

 そしてユウは狙撃位置を確定させた。

 《魔蜂》の羽音が強まり、第四衛星の幻影がゆったりとブラックホールへ堕ちるように歪み渦巻いて、《魔蜂》達を巡り、ユウの腕へと至る。

 段々と雷を蓄え、放電まで始めてその反動で揺れるユウの右腕を、妖すと月の蜜が手を添えて、抑えた。

 ユウの視野が分割され、掌の中に圧縮しているエクリェイルだったものの、神秘と雷撃の塊を映し出した。

「出力、九十パーセント……九十二……四、九十八パーセント、臨界へ移行」

 ぼそぼそとユウの口から、計器を読んでいるかのような呟きが零れる。

[この子、何時からロボットになったん?]

[いや、てか、臨界ってなんだ。手の中が発光してんぞ]

[……これ、プラズマ化してね?]

[おーぅ……ロボ好きにはたまらない兵器だな]

 そもそも雷とはプラズマが起こす現象ではある。それはさて置き。

 ユウの掌で、エクリェイルを圧縮したのと同じエネルギーに至った雷は、綺麗な球体となっていた。

「磁界形成確認、経路確保。衝突位置、誤差コンマ一桁……修正、磁界強化により対象の反発に対応……クリア」

 ユウの瞳が光った。

 その瞬間にユウの掌に保持されていた雷球は消え去り。

 ゴーレムの額を掠めて、煉瓦の頭部が一割程消滅していた。

 瞬きも許されないような間を置いてから、轟音は木々をたわめる衝撃となって四方へ吹き荒び、巧の毛並みを逆立てた。

 射出の瞬間にリソースの全てを費やした未言巫女達は消え失せ、《魔蜂》達は反動で空中のあちこちに散らばり。

 ユウの腕には、包帯の代わりをしようとしたのか、ルルが巻き付いていて、辺りは真昼の明るさを取り戻していた。

 ユウの細い腕からは、白い煙が微かに棚引いていた。

[直撃しなかった…?]

[はずした、のか?]

[【運営の勝利?】流石に、正式な手段じゃないとクリア出来ないのか【チートの敗北?】]

[あー、なるほどね。うん、遥ちゃんは本当に博識だ]

[お? なんだ解析君だけなにをわかってるんだ?]

 《魔蜂》達が、戦闘は終わったと宣言するように、次々とユウの【ストレージ】へ飛び込み、巣へと帰って行く。

 ユウはその中で静かに右腕を降ろした。

 空色の瞳によってゴーレムの額に固定されていた視野が、拡大され、其処に刻まれた文字が読み取れるまでになる。

「胎児から真理が欠けて、死へ至る」

 ユウがぽそりと呟きを漏らし。

 それを待っていたかのように、ゴーレムの体がガラガラと音を立てて崩れ、瓦礫の山へと様変わりした。

[倒した!?]

[なに!? なんで!?]

[ゴーレムって拡大するとあんな文字びっしり書かれてたのか]

[胎児とか心理とか、未言屋店主はなにを言ったんだ?]

[【ヘブライ系の神話にも強いとか】あ、そういうことか。やっと解析君の言った意味が理解出来たわ【未言屋店主の教養パネェ】]

 ユウがルルの巻き付いた腕を擦って治癒の魔法を使いながら、ゆっくりと魔女の箒を地上へと降ろす。

 その先では、目を丸くした巧がとても不思議そうな顔をして、ユウを見詰めていた。

「店主さま、どうしてゴーレムをたおせたんですか?」

「ん?」

 ユウが、巧に向けて仕方ないな、というような顔を向けた。いや、むしろキミの知識の方が異常なんだぞ、そこんとこ分かれ?

「ゴーレムの額には、真理、ヘブライ語でエメトと書かれているのよ。これがゴーレム起動の、まぁ、パスワードみたいなものね」

 ユウが、生糸の真似をして、指の軌跡を光らせて『Emeth』と宙に綴る。

「で、そのEを削ってメス、つまり死に書き換えると体が崩れるようになってるの。安全装置ね」

 続けて、ユウは『meth』という綴りを光に残した。

「いやー、普通に《魔蜂》達で攻撃しても、なんか反発して額には当たんないんだもん。キレたから磁界で雷の射線を無理矢理固定して当ててやったわ」

 ユウは清々しく、さっぱりとした声で言い放ち、爽やかな笑顔を見せた。

[なに言ってんだ、こいつ]

[とどのつまりは力技]

[さすがは未言屋店主]

「未言を非常識みたいな意味で使うのやめてくれません!?」

 信じられないとありありと伝えてくるコメントに対して、ユウが心外だと声を荒げる。

「うわぁ……」

 そんなユウの目の前で、巧がドン引きした眼差しを送っていた。

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