人外思想・魔女

 ユウが【ストレージ】から口の中に直接、金平糖を一つ取り出して、即座に噛み砕く。此れは《妖す》の消費を賄う為に作っておいたTP回復アイテムだ。

 口に放り込んだ甘さでほぅ、と息を吐いて、ユウは続けて迫る弾丸を消失させた。

「忌々しいくらいに厄介ですね、貴女」

 痩身の男が、リーダーの突進から逃れて大きく飛び退きつつ、ユウに穏やかな声を掛ける。

「ならもうやめる?」

「いいえ。僕は今、楽しいですよ。ええ、憂さ晴らしではなくて、ゲームで楽しいと思えているのは、今が始めてかもしれません」

 清々しささえ感じるような態度で、痩身の男はその喜びをユウに伝える。

 勿論、ユウは心の底から嫌そうに顔を顰めている。

「母様が厄介なのに目を付けられてるー」

「姉さん、鏡見ようか?」

「あによー、風虫ー。妖すちゃんはバ母様想いの優しい子だぞー」

「うえねえ様、そのぉ……」

「なに、葉踏み鹿、文句ある?」

「ひぃぃぃぃっ! なんでもありませんんんん!」

「ちょっと、母様はともかく、葉踏み鹿を苛めないでよ、泣いちゃうよ」

 妖す姉妹が生き生きとしているな。いや、生き生きとしているのは一語だけか?

「僕は、やっと同族に会えた気分ですよ」

「わたしとあなたは別の生き物よ。お互い、人間じゃないのは確かだけどね」

 ユウの言葉は、けしてアヴァターの種族の話では無い。

 体の性質が、その個体の生物分類の全てを決定する訳ではない、と言うのがユウの持論だ。

 偶々、人間に生まれただけで、その心は、魂は他の生物や存在であるかもしれないし、それすら固定されず、唯個性だけが個体を定義して、その有り様は流転し得る。

 だからユウは、自分は人間でもあり、魔女でもあり、化け猫でもあり、蛇でもあり、人形でもあり、泥でもあると平然と宣うのだ。

 そしてそれら全てを通して、自分は未言屋店主であると、未だ言にされない存在の観察者であると、高らかに誇るのだ。

 そんな想いは一言も告げないユウだったが、痩身の男は満足そうに頷いた。

「ええ、ええ。そうなのかもしれません。僕は現実と違うからこそ、現実で溜まった鬱憤を晴らさないと自分が保てないのに、貴女は現実と違うからこそ、理想を実現しようと夢想する。ああ……」

 痩身の男が熱っぽい息を吐いた。

「僕も、貴女のように優しくいじらしい生き物であれたら、良かったのに」

 恍惚とした告白に、ユウは自分の魂を守ろうと左手で胸を隠すように身を抱き、半身になって後退る。

[うっわ…変態の紡岐がドン引きする変態とか始めてみた]

[おい、セム……]

[お前…お前…]

 気持ち悪さで顔を青くするユウへと、痩身の男が意識を集中させていると見て、リーダーはバイクを、太い樹の幹にタイヤで駆け上がらせて、頭上から強襲を仕掛ける。

 痩身の男がエンジン音に顔を向けようとした瞬間に、《風虫》が逆方向で鳴き、《葉踏み鹿》の気配を誤認させた。

「無粋、ですね」

 敵は、《風虫》に視線を固定したまま、背後に左手を伸ばした。その手の中に、手榴弾のようなものが握られていて、秒も待たずに閃光を放った。

 ユウとリーダーの目が焼かれる。

 しかも、リーダーは咄嗟に目を庇ったせいでハンドルがぶれ、着地点がずれた。

 時間差で《葉踏み鹿》の衝撃が地面と空気を揺らすが。

「さて、あと何枚割ればいいんですかね」

 痩身の男がそんな楽しげな台詞と共に弾丸を放って何枚もの結界を砕き、《聖域》を露にして行った。

「だめっ」

 視界がまだ白く霞むユウは、結界がもう保たないのを感じ取り、手を伸ばした。

 視覚が死んでいる現状では、ユウは弾丸を認識出来なくて、《妖す》の対象に出来ない。

 それでも、自分の魔力を浸透させた結界は、繋がりから存在を把握出来た。

 《妖す》の力を惜しみ無く使い、膝から力が抜けて崩れ転がりながらも、ユウは結界が耐久性を超えたダメージでも砕けないように妖した。

「それもあと何回出来ますか?」

 痩身の男が意に介さず、まだ拳銃を構える。

 ユウは途切れそうになる意識を意地で繋ぎ止めて、手を伸ばす。

 そこに、一頭の雄叫びが届いた。

 それを合図にしたように、痩身の男は引き金を絞る。

 鬱蒼とした木々を揺らして、その巨体は結界の前へ躍り出た。

 グランドトータスがその強固な甲羅と巨大な体躯で、痩身の男が放った銃弾を全てその身で受け止めた。

 岩のような甲羅が砕け散り、肉片と血飛沫が宙を舞う。

「あ……ああぁぁああっ!」

 ユウの絶叫が虚しく《聖域》の空気を叩く。覚束無い足取りでグランドトータスに駆け寄り、血がどくどくと溢れる傷に手を当てて、魔力で蓋をし治癒を始める。

 それでも、傷は多く大きく、どれも深傷ふかでになっていて、遅々として塞がらない。

 それなのに、グランドトータスは大して痛くも無さそうな顔をして、痩身の男を睨んでいた。

「わざわざ結界から出てきたのですか? 僕に殺されるために? いい子ですね」

 にたにた、という音が聞こえてきそうな粘着いた声音で、痩身の男は快楽を表現した。

 ユウが、首をぐりんと巡らし、痩身の男の方を向く。

 その瞳には、得体の知れない者への、理解したくもない思考への、戸惑いと侮蔑と恐怖と嫌悪が掻き混ぜられていた。

 痩身の男がゆっくりと銃を持った手を構える。

 今更やっと視力が回復したらしいリーダーがバイクのスターターを蹴るが、どう見ても間に合わない。

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