無進不退の攻防

 ユウが箒の機首を傾けて進路を変えた。

 加速によって起こる風が、ユウの髪を暴れさせる。

 見えて来たのは、結界を攻撃しようと陣取るPK集団の一味と、その前に立ちはだかっているグランドトータスだ。

 当たり前だが、PK達はグランドトータスにも攻撃を加えていた。

 ユウがその現状を認識して、目を見開く。

 箒の加速を緩めずに、そのまま楡の柄をPKの一人に激突させる。自動車もかくやと言う速度で轢かれて、相手は破裂するように光と変わった。

「逃げて!」

 《魔蜂》達が、グランドトータスに寄り添い、直ぐに傷を癒し、続けられるPKの攻撃から障壁を纏った体で庇う。

 一応の安全は確保して、ユウはグランドトータスを結界の中へと促す為に、その弾力がありながらも固い皮膚をぺちぺちと叩くが、グランドトータスはユウを凝視して動かない。

「にゃふわっ!?」

 そして、グランドトータスが首を振ってユウを避けて来たが、ユウは慌てて魔女の箒を後ろにスライドさせた。

[遥ちゃんって、たまに可愛い奇声を発するよね]

 グランドトータスが、重たげに自分の前足を持ち上げ、地面に叩き付けた。その踏み込みは小規模な地震を起こし、PKを地割れの道連れにする。

「母様ー。なんか戦う気満々っぽいよ?」

 何時の間にかグランドトータスの頭の上に寝そべった妖すが、言葉を話せない彼の代弁をした。

 ユウはHPが残っていたPK達を片手間に焼き殺しつつ、グランドトータスの前で両手を広げる。

「戦わなくていいのー! 逃げるのー!」

 ユウが説得を試みるものの、グランドトータスは意に介さず、のっそりと結界に沿うように歩き出す。

「中に入ってー!」

 ユウも楡の柄の箒を滑らせて、グランドトータスの耳元で叫ぶが、相手にもされない。

 そんなやり取りの目の前で、結界がまた一枚割れた。

 ユウはグランドトータスに向けていた視界をぐるりと巡らし、HPバーの長さから主犯の位置に見当を付ける。

「妖す、こっち来なさい」

「はいはい」

 妖すがするりと空中を歩いて、ユウの前に腰掛けた。

 ユウが魔女の箒を加速させる。後ろ髪を引かれて背後の様子を伺うと、グランドトータスはその雲歩くもあしでユウの後を着いて来てしまっていた。

「着いて来なくていいのー! 結界の中に帰りなさいってばー!」

[亀にすら言うことを聞いてもらえない遥ちゃん]

[AUTが低いらしいから仕方ない]

 箒が飛翔する風圧で、ユウの着るローブがはためいている。その先にまたPKの一軍を見付け、ユウは《魔蜂》達を放った。

「まだ――!?」

 再度、襲来した懲りないナイフ持ちも、《魔蜂》に雷を連射されて台詞を途切れさせた。

「母様」

 そこに、ユウのローブが暴れる音を自身の依り代にして、風虫の未言巫女が現れ、箒の後ろに直立する。

「葉踏み鹿がさっきの奴を捉えたよ。跳べる」

「ナイス! いい子ね、葉踏み鹿!」

 ユウは魔女の箒から体を滑らせて落とし、その楡の柄は左手でしっかりと握って、真下に出現した葉踏み鹿の化身の背に乗り、太い首を叩いて褒める。

 葉踏み鹿が嬉しそうに首を揺すった。

「がんばりましたよぉ、母様ぁ」

 ユウは葉踏み鹿のゆったりと間延びした声に笑みを溢す。

 しかしその表情も直ぐに引き締めて、後ろを振り返った。

「帰ってね! お願いだから!」

「バ母様、それめっちゃフラグですけど?」

 グランドトータスに何度目か分からない懇願を投げるユウに、葉踏み鹿の角の間にちょこんと腰掛けた妖すが肩を竦めた。

 まぁ、ユウも最後に言わずにはいられなかったのだろう。

「いきますよぉ」

 葉踏み鹿が跳ねると同時に、景色が流れて掻き消えた。

 着地する場所は、転移前から数百メートル離れた場所であり、その足の裏にボロマントで身を包んだ痩身の男を捉えている。

 葉踏み鹿の山を揺るがす一撃を、敵は横に跳び転がって避けた。

 痩身の男が右腕を地面に擦り付けて衝撃を受け流し制止したその地点を、リーダーが大型バイクを加速させて蹂躙する。

 しかし、それすらも敵に触れる事は能わない。痩身の男は地面を蹴り、樹上に逃れていた。

「この、ちょこまかと!」

[魔女の恋人の口調が段々荒れてきておられる]

[鎮まりたまえ、鎮まりたまえ]

[いずれ名のある魔の王とお見受けする。なにゆえかように荒ぶるか]

[いや、自分勝手な理由で自然破壊する人間が目の前にいるからでしょ]

[ぐうの音も出ない正論]

[魔王の怒りは、世界を灰塵にするまで止まらぬぞ]

[やめれ。割りと洒落にならんからやめれ]

 やれやれ、見ているだけだと気楽に囃し立てられて羨ましい限りだ。

 痩身の男が銃を構える。

 ユウが大気を蹴る。敵の懐に猫のように飛び込んで、腕を掴もうとした。

 痩身の男はきちんとそれに対応し、腕を逃がしつつ銃弾を放った。

 敵は、面で広がる結界に当たりさえすればいいから、狙いは甘くてもいいのだ。割り込んで来たプレイヤーは透過するから、盾にもならない。

「妖す!」

「はいはい」

 だが、そんな理屈等、《妖す》の前では通用しない。実現が難しければ難しい程、その望む通りの結果を奇跡のように、運命の悪戯のように為し遂げる事が、この未言の特性だ。

 結界に触れようとした弾丸は、何の前触れも無く消え去った。

[相変わらず、チートの鑑みたいな未言である]

 痩身の男が僅かにたじろぎ、そして銃を乱射した。

 その幾つかは《魔蜂》が数匹掛かりでユウの魔力を吸いつつ防ぎ、風虫が風の壁を作り出して軌道を空へ変え、どうしても防ぎ切れない物は《妖す》で消した。

 秒にも充たない攻防で、ユウの息が上がる。

「母様、そっちだとすぐに気力切れするよ?」

「わかってる、でも!」

 【魔女】のユウは〈化け猫〉の姿程にTPが潤沢では無い。それでいて、《妖す》は効果に見合った消費があるのだから、こんな無茶はそう何度も出来ない。

 それでも、ユウは気を失いそうになるのを自覚しながら、その最悪の一点だけは踏み抜いてしまわないように気を付けながら、敵の放つ弾丸に対処して行く。

[魔女の恋人、アヴァター切り替えないのか?]

[……たぶん、だけど、《魔蜂》との親和性が理由だ。魔女の補助がないと、《魔蜂》はあの銃弾に耐えられない]

[壁減らす訳にはいかないってことか]

[つか、なんで蜂には銃弾当たるんだ? プレイヤーとかプレイヤーの道具とかには当たらないんだろ?]

[だからだよ。《魔蜂》達は、遥ちゃんのアイテムじゃない。独立した、《魔女の森》に棲んでいたモンスターだ]

 そう。どういう由来の《ブレス》かは分からないが、あの敵の攻撃はプレイヤーとプレイヤーに付随するもの、それ以外のもの、という区別をしている。

 どんなに強力なプレイヤーを無視出来ようと、どんなに弱いNPCも無視出来ないのだ。

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