人外思想・偽
敵が、不意に此方に振り返った。伸びる右手には拳銃が握られている。
狙いを定めていないかのように、刹那の間も置かず、弾丸がユウの方向へ放たれた。
ユウが迫る弾頭を睨む。背中に流れる黒髪の中から《魔蜂》が一匹、加速する風圧に流されて行く。
螺旋を描き空気を引き摺る銃弾は、またしてもユウの胸を傷付けもしないで通過して、ユウの背に存在した結界へ触れようとして。
その軌道の直前に滞空した《魔蜂》がユウから吸った魔力を一思いに放出して、障壁を描いた。
障壁に弾丸はガリガリと削れ、しかし障壁の方が耐え切れずに砕ける。まだ直進し続けた弾丸だったが、《魔蜂》は身を呈してそれを受け止めた。
音も無く、一匹の小さな体が四散し、弾丸はそこで運動エネルギーを使い切って落下した。
ユウの卓越した聴覚が、敵の舌打ちを聞き取った。
ユウが歯噛みして、射るように敵を睨み付ける。
その怒りを具現化したかのような、葉踏み鹿の蹴撃が山を震えさせた。
[……震度4かの]
[セム、あんたわりあい余裕ね?]
[黙っててもトラップで吹き飛んでいくからな]
葉踏み鹿に襲われても、ユウの瞳に映るHPバーは減っていなかった。
しかし敵も予兆無く現れる葉踏み鹿の足を完全に避ける事は叶わなかった。ボロ布で出来たマントの裾を、葉踏み鹿はぎゅっと踏み締めて敵を逃さない。
敵が慌てて、マントを引き千切ろうとしているが、その数秒を待つ程、ユウは優しくない。
するり、と魔女の箒を滑らせて接敵したユウの〈魔女の手〉が敵の腕を掴む。
敵の動きが止まった。ユウが相手のマントの中身を覗き込めば、卑屈そうな顔をした痩身の男性だと認識出来た。
「もう終わりだよ。もうやめて」
ユウは睨むように懇願した。
痩身の男は、人の良さそうな微笑みを返して来た。〈魔女の手〉による精神侵蝕と《異端魔箒》の〈発情付与〉によって、ユウへの警戒心が薄れているのだろう。
だが、相手からの返答は無く、《聖域》へ向けての各所での攻撃も止まらないのも、ユウは《魔蜂》と共有した感覚で感じ取っていた。
「なんで、こんなことをするの!?」
ユウに問い掛けられて、その手に掴まれた男は酷薄な笑みを浮かべた。
「憂さ晴らしですよ」
男は丁寧な口調で、最低な発言をした。
会社でプレゼンをするように、すらすらと持論を並べ立てる。
「現実の社会は、会社で、学校で、家庭で理不尽なことばかり要求される。上位者の意向に従わなければ、罵られ、見向きもされなくなる。反感を表せば、徹底的に叩かれる。間違っていると内心で思っていても、口には出さず、顔に笑みを張り付けて、唯々諾々と敷かれたレールを辿るしかない。それは大変ストレスです」
だから、と男は続ける。
「憂さ晴らし、したいじゃないですか。人は傷付けてはいけません、犯罪で、捕まってしまいますから。物に当たるにしても、度を過ぎればやはり検挙されます。でも、ゲームなら? 相手はただのデータ、誰の心も痛まず、物的損壊もなく、壊してもデータを書き換えて元通り。ほら、みんなハッピーですよね?」
ユウが、余りの気持ち悪さに怯んだ。人よりも、他の生き物や物を大切に思い、それらに人権にも似た存在権利を主張するユウにとって、その論理は相反するものだ。
「なにをっ、みんな、生きているのに!」
「そう見えるだけでしょう? このゲームのデータは、現実には存在しない虚構の、謂わば脳に映された虚像ですよ」
「ちがう! 生きてる、生きてるって、実感できるから、だから!」
「そんなことありませんよ。運営がサーバーを落とせば直ぐに消えるデータです」
「わたしたちがそうじゃないって、誰が証明できるの! それでもわたしたちが生きてると思うように、ここにいる生き物だって生きてると思ってる!」
「そんなことは、僕には関係ありませんから。幾ら殺しても、破損させても、僕は犯罪者になりませんもの」
「犯罪にならなければいいだなんて!」
「いいんですよ。……貴女も、一回くらいデスペナにしただけじゃ、ハラスメントとも運営は取りませんよ」
「え?」
ユウの胸に、背中から押し込まれた刃が、飛び出して来た。
にたり、と痩身の男が嘲る。
その両手は、相変わらず、だらりと下がっていて。
「よぉ、昨日の礼だ」
会話に振り乱されて周りが見えなくなっていたユウに、背後から短剣を突き刺したPKが底冷えするような声を掛けて来た。
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