人外が相対する

 バイクが山道を走る。盛り上がる樹の根も、岩混じりの坂も、太く頑丈なタイヤで走破して行く。

「そこ、左に!」

「あいよ!」

 バイクを操縦するリーダーの背にしがみ付いたユウが方向を指示する。

 バイクが木々の隙間を縫って、綺麗にターンを決めた。

「便利だな、その蜂!」

 風に声が吹き飛んで行くから、叫ばないと二人はコミュニケーションが取れない。

 ユウの耳の裏、その遅れ毛に《魔蜂》の女王が潜んでいた。

 《魔蜂》は既に、この《聖域》の隅々にまで散らばっている。働き蜂からの情報は、魔力によって女王まで即時に伝えられているから、捕捉した敵がどれだけ移動しようが、恙無くユウは知る事が出来る。

「色んなとこで、結界が攻撃されてる……」

 ユウがぽそりと、苦虫を噛み潰した。今は結界を一発で破壊した銃弾の射手を追っているが、二、三人ずつで分かれたPKが結界の周囲にバラバラに取り付いて、攻撃を仕掛けていた。

 時折、結界が大きなダメージを受けて明滅する。

 《魔蜂》もその撃退に当たっているが、此方が攻勢に出れば相手は逃げに転じて、また別の地点で結界への攻撃を始めるのだ。

[あいつら、何人いんだよ]

[PKの鍵付き掲示板で人集めしてたっぽい]

[こっちも助けに行く?]

[そんなすぐに行ける距離じゃないんだよ。何人行けるさ]

[つ、こっちはキャロさんと悠さんが別行動]

 セムがコメントをチャット代わりに状況を伝えて来た。

[わんこちゃんは、ルルが守ってるから平気。生糸さんの文字殴りやべー、つえー]

 向こうは危なげ無いようだ。ベータテスターがいるのだから、順当だ。

 ユウは小さく頷き、瞼を閉じた。そして開いた時には、柘榴のように透き通った朱色へと瞳が変わっている。

 《聖域》の森の中で、遠近法で大きさのばらついたHPバーがユウの視界に浮かび上がった。効率化の為に、他のステータス参照は省略しているのだろう。

 その中で、取り分け動きの速い一つを、ユウは捉えていた。

「届く……燃えろ!」

 ユウが〈言霊〉に魔力を燃やして、見えたHPバーそのものを焼いた。距離も姿も関係無く、直接HPを狙った炎に巻かれて、相手の動きが止まった。

「あの燃えてるヤツだな!」

 リーダーがバイクのハンドルを回し、加速させた。

 ユウが目を細める。それは自分が灯した炎を視界の真ん中に入れて、眩しかったから、というのもあるが、それ以上に警戒の心境がそうさせた。

 炎がちらついても遮蔽されずにユウの視界に最前面レイヤーで表示されているHPバーの目盛りが、減っていない。

 高い耐久によって目視で認識されない程しかダメージを受けていないのか、もしくは。

 リーダーがバイクを樹の根に引っ掻けて、車体がジャンプした。まだ燻るユウの炎、その中にいるだろう敵を踏み潰そうとして。

 ユウの炎を回避して無傷だった人影が、幽霊のようにバイクとバイクに乗った二人を通過して、木の葉叢に逃げ込もうとする。

 ユウは瞬時にその意図を喝破し、バイクのタンデムシートを蹴って跳躍した。

 ユウの目に、ボロ布のマントで頭を含め全身を覆い隠した敵が映る。

 ユウが敵に向けて手を翳し、炎を灯す。突如の高熱に空気が破裂する音が響いた。

 その炎に体が焼かれるよりも速く、敵は消えてしまった。

 ユウのSENは、ぎりぎりのところで、空中にも関わらず高速移動をやってのけ、横っ飛びした敵の動きを追った。

 ユウの【ストレージ】から《異端魔箒》が現れ、ユウがその楡の柄に横座りする。

 敵はユウと距離を取り、地面に五点着地した。

「……速い」

[AGIとSPEがかなり高いな、これは]

[その2つの違いがよくわからんちんなんだけど、説明してくれない?]

[AGIは【機敏】と呼ばれていて、ざっくりいうと器用さによる素早さと精確さの数値ね。これが高いと素で立体起動とか一センチ四方折り紙で鶴作るとかできる]

[対してSPEは【速力】と呼ばれていて、純粋な速度の数値だな。これが高いと足が速かったり、動作が速くなる]

[……ねぇ、このゲーム、能力値が高いとそれだけで人外になるよね?]

[え、今さら? 目の前にORAとSENがめっちゃ高くて、いつもこっちが理解できないことやらかしてくれる魔王様がいるでじゃない]

[たしかにー!]

「ちょっと、なんでそこでわたしが出てきますか!?」

 ユウは順当にこのゲームのトップレベルの性能を培っているからな。

 そんなコメントとコントするユウの目の前で、大型バイクが敵を轢こうと突っ込んで来て、敵は一動作での跳躍で真上に飛び、それを難無く避ける。

「おい、ラスボス! 遊んでんな!」

「誰がラスボスですか!?」

 喚くユウを尻目に、《魔蜂》達が【ストレージ】から溢れ出て来た。魔力を雷へ変換して帯電し、敵を追う。

 敵を囲んだ《魔蜂》が雷を放つが、それすらも敵は枝を蹴り、身を捻り、空中で方向転換して、曲芸師のパフォーマンスのように紙一重で躱して行く。

 ユウは目を細めてその様子を凝視するが、余りに動きが速すぎて、攻撃を当てる機会を見出だせずにいた。

 さらに敵は、《魔蜂》の攻撃が止まない中で、回避の動きをそのまま利用して、ユウ達からの離脱さえも謀っている。

「うわっ、一発も当たらないで逃げるとか、ほんとに人間?」

[貴女が言うな]

[きみが言うな]

[店主様が言わないでください]

[遥ちゃんが言うな]

[お前が言うな]

[あんたが言うな]

「お前、他人のこと、言えんのか?」

「ひどいっ!?」

 ユウが魔女の箒を走らせ、リーダーがバイクのギアを入れて、敵の後を追う。二人が本気で加速しても回り込めない速度で、生身の足で走るあの敵は、どれだけのSPEを持っているのだろうか。

 途中で《魔蜂》が敵に追い付けなくなり、ユウの【ストレージ】に還るという事態まで起こっている。

[でも本当に気違いな速さだな、敵さん]

[これはアート・プレイ・タイプの合計レベル相当だね]

 ユウが時折、視線の焦点を絞るだけで爆炎を敵に向けて焚くが、それも発生の直前で横っ飛びで逃れられている。

[なんであれ避けられるの?]

[この動画見てれば、予兆は読み取れる]

[!?!?!?]

[動画見ながらあんな動きして、しかもコメントまでしてきやがった!?]

[手の内明かすとか、余裕あんなぁ]

[まぁ、動画配信してたら、こういうことも起こりうるよね]

 私は誰より近くでユウの挙動を見ている。その視覚をそのまま配信している映像を見ていれば、背中を向けていても此方の動きは筒抜けになるか。

「ふぅん」

 ユウが一息吐いて。

《ひたすらに

 ひとりではしる森のなか

 葉踏み鹿からおわれているの》

 歌を一つ、詠み溢した。

 ぱらり、ぽつり、と《葉踏み鹿》が歩き始める。

 敵は走りながら、首を辺りに巡らせた。《葉踏み鹿》の、認識すれば攻撃が発動しないという特性も把握しているらしい。過去配信分もチェック済みなのだろう。

《ほらそこに

 ここにあそこに

 あちこちに

 風虫がちらり

 はらりといるよ》

 ユウが葉擦れのように囁く。

 風がユウを追い越して、梢を撫でて走り去る。

 さらさらと鳴く風虫が、こっちを向いてと呼び掛ける。

 さらにユウも腕を振るって、風に火の粉を乗せて、敵に近付いたタイミングで爆発させる。

「こええよ、おい」

 眼下で並走するリーダーが何か言っているが、ユウは一顧だにせず、攻め続けた。

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