混ぜるな、災害
「めっちゃ気が抜けるわー」
リーダーの方は、この一連のやり取りに脱力して、空を仰いでいた。
しかし、一呼吸の後には、しゃらりと剣を抜き、気迫をその鋭さで迸らせて、ユウに向かって構えた。
「ま、でもいいか。レアモンスターの宝庫、攻略させてもらうぜ」
リーダーに呼応して、盾と槍を持つ彼を含めて、全員が戦闘体勢を直ぐに整えた。
「PvPとか久しぶりやのー」
セムのそんなやる気の感じられない台詞と共に、敵陣のど真ん中が爆発で吹き飛んだ事が、戦闘開始の銅鑼となった。
「……ね、ねーやん」
「あん? やるんだろ? ほれほれ」
セムがユウの非難がましい視線を無視して、ゆらゆらと手足を
しかし、敵もさる者。槍と盾で味方を守り、罠を跳躍し、ダメージを回復魔術で消しながら、セムの不意討ちを突破してくる。
《窓辺の百合に恋す蝶 いつか散るとは知りますか》
キャロの歌が木々の隙間に普ねいて行く。
ユウが咄嗟に、【ストレージ】から直接口の中へと〈アンチテンプ〉を出して、直ぐに噛み砕いて嚥下した。
《はらりひらりと恋す蝶 どこへ行くかは知りません》
リーダーの腕が、味方である盾と槍の彼へと刃を振り下ろされた。彼は脈絡の無かった一撃をいなし、そして彼もまたリーダーへ槍を突き出してしまう。
「く、体が、言うこと聞かねぇ!?」
「これは、まずいな」
《やがてわたしも知りますか 花に恋する蝶のよに》
キャロの《胡蝶恋花》がウィスパーボイスのたおやかさで、プレイヤー達の心を撫で付ける。
何人かは惚けた顔で脱力し、何人かは同士討ちを始め、中には意味もなく何もいない周囲に攻撃をする者もいる。
「ふわぁ~」
そして此方の後方でも、何も出来ないで見ているだけだったわん娘が一匹、歌に【魅了】されて心を蕩かされ、【朦朧】としていた。
「にじょ、早くお薬飲みなさいな」
「はっ! うわわわ」
久しぶりに見たが、目の前で惨状を見るとやはり凶悪な《ブレス》だな。
《庭に咲いたわたしは一人手折られ窓辺に挿されたの
誰より美しく咲いたのよ
誰より甘く香るのよ
そんな孤高のわたくしはされどそれゆえに
今は窓辺に孤独なの――》
Bメロに入り、転調して坂を転げ落ちるような速さへとキャロの歌声のリズムが変わると、相手プレイヤー達の混乱は尚更酷くなった。
足元の覚束無いプレイヤー達は、セムのトラップに簡単に引っ掛かり、吹き飛ばされ、凍り付き、燃え上がり、落とし穴に填まっている。
「しっちゃかめっちゃか」
ユウが何もしなくても良いような状況に、呆然と呟いた。
[セムとキャロの組み合わせ、凶悪すぎない?]
[女王陛下の元へ馳せ参じなければ……]
[混ぜるな、災害]
[混ぜるな、災害]
[混ぜるな、災害]
[クイーンキャロ万歳!]
[コメント欄も大惨事]
[混ぜるな、災害ってメノとの組み合わせの時にも言ってたけどどういう…? いや、この状況のひどさはわかるけど]
[聞きたいのか……?]
[ごくり]
何やらベータテスターが勿体振っているな。まぁ、ベータテストの時に何度となく植え付けられたトラウマだ、語るのも口が重いだろう。
[いいか、まずセムのトラップは無差別に敵味方を攻撃したり回復したり強化したり弱体化したりする。ベータテスト時のプレイヤーのデスペナ原因のトップはこれだ。災害認定待ったなし]
[キャロの《胡蝶恋花》は、歌を聴いたプレイヤーNPC関係なく、【魅了】【朦朧】【酩酊】を与えて、下僕にしたり無力化したりする。ベータテスターの大半が乱戦でこの効果に巻き込まれて同士討ちやらかした。災害確定]
[メノの龍召喚の衝撃は、敵味方判別しないでダメージを与える。しかも大型ボスが一撃で死ぬ威力。巻き添え食らってデスペナでレベル落としたベータテスターは数知れず。災害以外の何物でもない]
[ひでぇ]
[【各自災害】それぞれに違う意味でえげつない【混ぜるなと言いたくもなる】]
[で。ここから本題なんだが]
[まだなんかあんのか!?]
[ある。いいか、まずキャロの《胡蝶恋花》で戦場が大混乱に陥る。敵味方関係無い手当たり次第の攻撃が始まる]
[そこにセムがトラップを配置する。当然、【朦朧】【酩酊】入ってるから、トラップを避けようと言う思考が出来なくて、そこかしこでトラップが連鎖しまくる]
[そうして前線が崩壊するから、後方へ攻撃なんか当然来ない。すると、メノもブレス発動に必要な時間のかかる舞を、余裕で出来る。そして前線へ放つ]
[結論。前線は地形ごと消える]
[混ぜるな、災害]
[混ぜるな、災害]
[混ぜるな、災害]
[災害が噛み合って大災害を引き起こしておる…]
[全員が無差別って、どういうことだよ]
しかも、その惨劇が起きたのは一度や二度では無いらしいからな。まぁ、そんな事をやらかさないと状況打開出来ないような事態にベータテスターを何度も叩き落とした管理AI達の性格がまず最悪なのだが。
私、人間関係に恵まれて無さ過ぎじゃなかろうか。
「な、なに、かしこ、そんな虚ろな目で紡岐さんを見て……」
「諸悪の根源、か」
「なして!? 紡岐さん、今、なにもしてないよ!?」
何もしてなくても、ユウの存在によって類が友を呼ぶを体現して、私の関係者がとんでもない規格外ばかりになっているとしか思えなんだ。
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