ぐだぐだなにらめっこ

 何もしなくとも時間は過ぎる。この『コミュト』で朝日が登り切って大空と大地とが眩く照らされる時刻は、現実では夜となり、プレイヤー達が順々にログインし始める頃合いだ。

 ユウは、羆と共に、自らが強化して復元した《聖域》の結界の、その外側に立っていた。

「いいのか?」

 羆がユウに確認を取る。

 ユウは呆気なく頭を振った。

「わかんない」

「……いいのか?」

「うん……いいのかどうかはわかんないけど、ここに立ちたい。出来れば――」

 ユウが今の心情を語る途中で、ユウを囲むように幾つかの光が結集し、ログインしてくるプレイヤーの姿を取る。

「戦わないで、引き返してほしいけどね」

「そりゃ無理だんべよ。向こうさんだってここまでやって来た苦労を、なんもせずに水の泡にできんさ」

 セムが呑気な声で肩を竦めていた。

「でもでも、紡岐さんがしたいこと、すればいいんじゃないですか。てか、紡岐さんはいつも人のこと気にしすぎなんですよー」

 キャロがにこやかに笑い掛けて来た。

「紡岐さんらしいな、とは思いますけどね」

 悠が腰に差した刀の位置を調整している。

「店主様、こんばんはー」

 巧がまずは何時も通りの挨拶をして来る。

『ゲームですし、PvPだっていいんじゃないですかね』

 生糸がさらさらと書いた文字をユウに手渡した。

 ユウがくすりと笑う。

「えと、みんな、ありがとう?」

「気にすんな、めんどくなったら見捨てるから」

[見捨てるんかい]

[セムったらひどい]

[とか言いながら、このおねーさんは面倒見いいタイプと信じたい]

[やるだけやったれ、紡岐さん]

[魔女の恋人が暴れるというだけで、相手が哀れ]

[ボクなら、目の前に魔王がいたら逃げます]

[それな]

「皆さん、紡岐さんはいい子ですよっ!」

 立ち並んだコメントに、心外だとユウが何時もの雄叫びを上げて。

 ほんの一息の間、誰もが言葉を発せず。

 コメント欄も流れを止めて。

 それら全ての人物がユウに目を向けた。

「はいはい」

「はいはい」

「えっ」

「ですね!」

『はいはい』

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

[はいはい]

「みんなが、ひどい!?」

 一人だけ味方がいただろうが、それで満足しろ。

 全く、緊張感が無さすぎて、溜息が出てしまう。

「よう」

 そんなところで、昨日の攻略プレイヤー達が、山を登ってやって来た。

 リーダーの男が、手を上げて、軽く挨拶をして来る。

「なぁ、俺達が潰した結界が修復してんだけどよ、これ、お前の仕業か?」

 リーダーは辺りを見回しながら、ユウに問い掛けた。

 それに、ユウは黙って、小さく頷く。

「おー、さすがは魔女の恋人」

「前より強度上がってるねー、これやられるだけでも、うちらの攻略不可能じゃない?」

「なー」

「……お前ら、もちっと緊迫感出せ、緊迫感! ピクニックじゃねぇぞ!」

 向こうも向こうで、呑気なメンバーが多くて大変だな。なまじ、此方と違って纏め役がしっかりしている分、苦労が圧縮して伸し掛かっているな。

「相変わらず、規格外だね」

「あ、えと……」

 そして、のんびりと歩いてやっと合流した槍と盾を携えたあの彼に、にこやかに話し掛けられて、ユウはほんのりと頬を染めてローブを深く被り直した。

「ったく。……さて、お前らは、俺らの邪魔するってことでいいのか?」

 気を取り直して、リーダーがユウ達に向かって最後の確認を取る。

 ユウはちらりとセムの顔を伺うが、セムは虎にはとても見えない毛皮が乗った肩を竦めるだけだった。

 言葉に変換すれば、お前さんが決めろ、くらいの意味か。

 それに対して、ユウは不満そうに眉を寄せて、じっとセムを見る。

 セムも、ふざけた真顔で、ユウを見返した。

 暫く、意味の無い睨めっこが続く。

「いや、おい、こっちに答えてくれよ」

 待たされるリーダーが焦れて、呆れつつ返事を要求した。

 それでも視線をセムから動かさないユウに、セムは首を振ってリーダーを顎で差した。

 最後に目を細めて、ユウは渋々とリーダーに視線を戻す。

「勝った」

 その瞬間に、セムがぼそりと言うと、ユウが勢い良くぐりんと首を捻って、セムに視線を引き返す。

 そんなにこんな下らない事に負けたのか不満なのか。そもそも何が勝ち負けなのかすら、周りには意味不明なんだが。

[いいから返事したれ(笑)]

[遥ちゃん、セム好きすぎでしょw]

[話が進まないwww]

[いや、そうか、わかったぞ。これは敵対行動を遅らせるための高度な策略なんだ!]

[な、なんだってー!]

 そんな訳はないが、フォローありがとう。

 やっとの事で、ユウは嫌そうに緩慢に、リーダーへ向かい視線を合わせた。

 そして、小さく、それこそローブの弛みで見えないような仕草で、頷いた。

「いや、喋れ」

「うみゃん!?」

 いい加減我慢が出来ず、私はユウの頭に飛び掛かった。

 その拍子にユウの首はがくんと倒れて、期をせず、首肯するのと同じ動作になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る