慣れ足のモデル
早朝の腹ごなしを終えて、皿洗いをしていたユウがふらりと振り返った。
その視界に納まる生糸と慣れ足の未言巫女が並んで座っている姿をまじまじと見ている。
『どうしました、紡岐さん?』
生糸が鋭い爪で自分の筆跡を小突いて引っ繰り返した。
「いやぁ、生糸さんが慣れ足と並んでると感慨深いなぁと思いまして」
パンダと未言巫女が揃って首を傾げる。
ゆらはちらりと二人を見上げ、やはりユウの台詞の意図が分からず首を傾げた。
「どゆこと?」
「だって、慣れ足の未言巫女のモデル、生糸さんですからね」
さらりとユウがそんな言を宣うと、生糸は驚きから椅子を蹴飛ばして立ち上がり仰け反るポーズを決めた。
それから生糸は、慌てて文字を書き上げ、ユウに押し付けるように反転させた。
『初耳ですよ、紡岐さん!?』
「あれ? 言ってませんでした?」
「母さん、その言ったつもりになる癖止めよ? いっつも頭の中で相手に答えて話した気になるんだから、もう」
生糸の隣で慣れ足が親の悪癖に苦言を呈する。
それでもユウはこてと小首を傾けて、笑って誤魔化している。
「歌会の後に、飲み会のお店へ移動する時、誰も彼も方向音痴発揮してる中で颯爽とみんなを先導する生糸さんの後ろ姿がかっこよくて……今、思い出してももう、憧れちゃいます」
ユウは照れて赤くなった頬を掌で隠しながら、思い出を語る。多分に美化して見ていたのだろうけども、主催者も道程に疎くて戸惑ってる中で、近道を指差して皆を導いた生糸の姿は、それはそれは印象深かったようだ。
ユウに熱っぽく語られて、生糸も当てられて頭を掻いている。
『いや、私も本当は方向音痴なんですけどね。みんなが道わからない時だけです、ああなるのは』
何故か、短歌をやっている人は高確率で方向音痴らしいからな、ユウの見聞きした範囲では。或いは、ユウという極度の方向音痴が、類が友を呼ぶを体現しているというのも考えられるが。
「ま、わたしとか帰り道に同じところを歩くだけで、迷子を連れて歩く要素は言葉としてはないしねー」
慣れ足も、自分の特徴が語意からではなくて、生糸からのモデリングだと沁々と頷いている。
『いやー、気恥ずかしいやら光栄やら、反応に困りますね』
生糸はそう綴ってから、本当にむず痒そうに頬を掻いた。
自分への羨望が、思いも寄らないところで明らかになって、平静でいられないらしい。
「他にも誰かがモデルになっとる未言巫女はいるん?」
「いますよー」
「いるんか!?」
ゆらはあったら嫌だなという感じでの問い掛けに、あっさりとユウから肯定を受けて、愕然とした。
それから、ゆらは恐る恐るユウに更なる問いを向ける。
「うちがモデルの巫女とかは……」
「あー、ちゃんと決まってる訳ではないですけど、
未言の中には、『誰か』をイメージして作られたものがある。ユウがそのようにして未言を作ると企画したのもあり、少なくはない。
踊喇もその一つであるし、花晴れは巧をイメージしたものである。それ以外にも、慣れ足のように、既にある未言を特定個人に相応しいと、ユウの脳内で結び付けているものもある。
『さすが、紡岐さんの未言ワールド。世界の見方が他の人と違う。素敵ですね』
「そ、そうですか?」
生糸に褒められて、ユウは照れて赤くなった頬を両手で覆った。相変わらず、称賛に弱い子だな。
「そ、それはともかくですね。今日も張り切って探索を始めましょうか」
ユウは《異端魔箒》を取り出しながら、外へ出る。
生糸もゆらも、それを黙って見送った。一匹は冒険に出る気が欠片もなく、一頭はこれまでの配信を見ているから、後から再ログインすればいいと把握しているのだ。
魔女が箒に乗って空へ浮かぶ。
さぁ、今日もやっと冒険が始まるようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます