ポイ捨て
ユウは、多くのプレイヤーにとって始まりの町となる『プロト』近空にやって来ていた。今日が初プレイの生糸がいる事から、エネミーレベルの低い地域を選んだのと、ユウにとって訪れた地域で最も南であるのが、この周辺であった。
この地域から、ユウ達は北へ北へと進んでいるのだ。
「おや、町がだいぶ直ってらっしゃる」
デミ・リヴァイアサンとの攻防戦により、町中も町を覆う外壁も崩壊が目立っていた『プロト』も、上空から俯瞰しても粗が見付からない程度には復興していた。とは言え、所々はまだ建築途中で足代が組まれて本体が見えない家屋もある。
ユウはゆるゆると下降しながら、『プロト』の入り口に向かった。
この辺りで配信を始めるか。
[お、はじまた、はじまた]
[プロト? 遥ちゃんが一般人の来る場所に来るだなんて!?]
配信始まって早々、通常の攻略エリアを無視して活動しているユウが、初心者の町にいる事に驚かれている。
『プロト』どころか、他の町にも一切立ち寄らないからな。
人間が苦手なユウは、こちらのNPCにも苦手意識を持っていて、情報収集等は積極的に回避しているのだ。
「お、つむむ。やっと腹くくって人と話す気になったか」
「みゃん!?」
そしてユウがやらないからと情報収集をやらされているのがセムであり、そこそこ腹に据えかねていたらしい。
ユウがログインして来た事に気付くよりも早く、もふっとしたライオンの着ぐるみの手だけ着けましたみたいなグローブが、ユウの頭を捕らえた。
「さーて、楽しい情報収集だぞー」
「やー! 人間と話すのいやー!」
喧しく絶叫するユウがずるずるとセムに引き摺られて町の門へと向かう。憐れ。
[シャンプー嫌がるネコみたいだな]
[どんだけ人と話すのいやなんだよ]
[セム、容赦ねぇw]
ユウの抵抗ががりがりと地面を削るが、セムは平然としていた。ユウのSTRはそんなに伸びていないからな。
「だいたい、蜜蜂の巣見つけんのはお前さんの仕事やろ」
「さーがーしーてーるーもーんー」
探しているとは言っても、手当たり次第だがな。
あと少しでセムがユウを引き摺って門を潜ろうとしたところで、門の前にログインの光が灯った。
その輪郭はずんぐりと丸く、パンダの形になって現れた。
「……ぱんだ?」
セムが目の前に登場したパンダそのままのアヴァターに呆気に取られて動きを止めている。
その前で、パンダの姿をした生糸も、セムの上から下まで統一感があるようで更々無いネコ科っぽい衣装を、視線を上下させて見ていた。
そして、生糸はハッと意識を取り戻し、挨拶の文言を書いて、名刺のようにセムに差し出した。
『どうも、うえののぱんだです。セムさんの勇姿はかねがね見させていただいてます』
「あっ、ご丁寧にありがとうございますー。つむー、この人、おまいの知り合いか? あと逃げようとすんな」
「みぃっ!? そんな絶好の機会だったのにー! 生糸さんは短歌のお知り合いだよー」
二人がお互いの姿に衝撃を受けている隙に、セムの手から逃れてこそこそ門から離れようとしていたユウだが、全く無駄な努力だった。
[今度はパンダかい。遥ちゃんのリア友はどうなってるんだ]
[まじめとコメディが相変わらずシームレス]
[すっげぇリアルな見た目のパンダアヴァだな。実在の個体モデルにしてるのか?]
[お、ポーズ取った]
[スクショ、スクショ]
ユウが即座にセムによって再捕獲されている横で、コメントに気を良くした生糸がカンフーの真似をしたポーズで見得を切っている。
「さっきの文字、ぱんださんは魔道士か」
『お、流石ですね。その通りです』
「待って。二人とも話すなら立ち止まって話そうよ、なんでわたしを町に連れてくの、生糸さん助けてー!」
セムはユウの訴え等完全に無視して、また門へと引き摺って行く。
生糸はちらりとユウを見て、それからセムに視線を向けた。
セムと生糸の視線が合わさり、無言で頷き合った。
ユウで片手が塞がったセムの為に、生糸が『プロト』の門を開ける。
「きっ、生糸さーん!?」
「諦めろ。お前のためだ」
まさか何も起こらずに見捨てられるとは思っていなかったユウが、絶望の雄叫びを上げる。
生糸は悲しそうに首を振った。現実って厳しいよね、と言ったところか。
セムが容赦なく『プロト』の中へとユウを放り投げ、ユウは大袈裟に蹴躓いて、顔から地面にダイブした。
「あ。だいじょうぶか?」
一応、怪我がないか気遣うセムだが、ユウの方に近付く前にしっかりと門を閉めて逃げ道を塞いでいる。
「いひゃい……」
ユウは地面に転がったまま自分で起きる様子を見せなかった。
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