撫ぜらるるもの
[《花晴れ》って、レベルカンストさせる《ブレス》かよ!?]
[しかも、レベル上限を突き破ってますね]
[おい、つむむ、ズルいぞ、おれにも寄越せ]
[はいはい、セムはまた今度ね]
データ把握が早いベータテスター達が、即座に食い付いた。
だが、まぁ、巧の《花晴れ》が伴っている致命的な反動を知れば、誰もが実行されるのを躊躇うのだろうが。
靄が、刹那に消えた。太陽が昇り、霧が晴れるように。
桜吹雪の渦に包まれて、まだ女性としても背が低いものの、なんとか中学生には見れる身長を取り戻したユウが、優雅に尾を撓らせて、大人の雰囲気を醸し出した。
猫っ毛の跳ねた髪から立てた黒い猫耳が、ぴくりと動く。
「ありがと、二条」
ユウが閉じた瞼を開けば、黄金満月をそのまま嵌めたような瞳が爛々と獲物たる栗鼠を見定めて光る。
「チッ、冗談じゃねぇ!?」
《ラタトクス》はユウの脅威を直ぐに正しく計り、後ろへ跳ぼうとするが。
「逃がさなくってよ?」
ユウの〈猫の瞳〉は狩猟者の眼力で以て、獲物の恐怖心を掻き立てて動きを取れなくさせる。
細かに体を震わせて、《ラタトクス》は枝に縫い付けられた。
「くそ、オレがいなくなったら、お前は生まれて来れねぇぞ!」
《ラタトクス》に叱り付けられ、漆黒の靄がびくりと怯えた。
そして、ユウを狙って、錐のように細く尖らせた先端を差し向ける。
「そう、あなたはやっぱり産まれて来たいのね?」
ユウは、硬質な筈の極細の錐を、指に絡めて蔓のように巻き付け、前腕を素早く振り上げて靄を丸ごと自分の元へ引き寄せた。
愛おしそうに、我が子を胎内に迎えるように、ユウは抱き締める。
《未世をさまよひたりし
ひとりこよ
なれはわがてに
なぜらるるもの》
ユウの掌が、産まれる前に現世に呼び付けられ、孤独を嘆いていた命を、優しく撫でる。
生まれる前で誰にも触れなれなかった其れに掌の温度を伝える。
羽籠りの生まれて来る子を慈しみ、愛おしみ、擁き護る。
そして、《妖す》がずっと隠し通して来た《未世》の未言巫女が、姿を現し、漆黒の命に手を添えた。
二つの手に委ねられて、産まれる前の命はユウの中へ招かれ、宿る。
〔《レリック:流転する
〔〈バーサス・プレイ・タイプ:化け猫〉が0レベルになりました〕
《花晴れ》の効果が終了し、ユウの体が再び幼児体型へと戻る。
これが、巧が《花晴れ》を躊躇した理由だ。
過去から培った全てを、未来に開かれた可能性の全てを、この一瞬に費やした後は総てが失われる。
今ある〈バーサス・プレイ・タイプ〉を喪失してそのステータス補正も失ったユウの胸を、《ラタトクス》の角が貫き血を滴らせた。
「油断したなぁ! 仕方ねぇ、お前の命でチャラにしてやるよ!」
《ラタトクス》が勝ち誇り高笑いを上げる。
悠も巧も、言葉を失って口を押さえた。
猫の王は欠伸をして、ブラックドッグが唸りを上げて黒雷を疾らせる。
「油断大敵とはその通りでありんすなぁ」
双緒太夫が憐れみを籠めて、《ラタトクス》の台詞を肯定した時、ユウの胸に開いた穴から、漆黒の『影』が噴火の如く湧き出した。
その『影』はユウを包んで圧縮していき、球体を作り出す。
「な、なんだ、これは? ――ひっ!?」
意図しない変化に戸惑っていた《ラタトクス》が、影の球から伸びた手に喉を掴まれ、短い悲鳴を上げた。
『影』――《流転する影衣ナゼラ・ルル》がしゅるりと翻って、現れた【魔女】の姿のユウの影へと流れ込む。
「魔女、だと!?」
「やほー。魔女の恋人紡岐さんだよ。もう逃がさないからね?」
笑顔で握り締めた《ラタトクス》に向けられたユウの目は全く笑っていなかった。
明らかに殺る気に満ちている。
[アンタがこえぇよ]
[遥ちゃんがキレてるね]
[黒岐さんモードか。詰んだな、リス]
[序盤でラスボスが登場したら、それは負けイベントだよな]
《ラタトクス》が何か反抗をするよりも早く。
ユウが掌に、自身の魔力全てを注ぎ込む。
「ルル、みんなを守ってね」
「やめ――」
其処に、林檎の実程の大きさの太陽が出現した。
その閃光と灼熱を、《ナゼラ・ルル》が影の球に包み込んで遮断する。
恐らくあの内側は、太陽の核融合によって生まれたエネルギーが充満し反射し圧縮して、連鎖反応を起こしているだろう。
断末魔すら、溢れて来ない位に、《流転する影衣》の隔離は完璧だった。
「はぁー、すっきりしたぁ」
ユウは使い切った魔力を〈エーテル吸収〉で周囲から補填しながら、地面に転がった。
理不尽に理不尽を重ねられて、回り道に四面楚歌まで味わわされたユウはすっかり疲れてしまったようである。
「あーもー、このまま寝てい?」
『てめえら……』
脱力していたユウだったが、森中に反響した《ラタトクス》の声に、目を細く開き睨みを効かせる。
『くっ……今回はこれくらいにしてやる! 覚えていろよ! 特に魔女の恋人、お前は覚えたからな!』
そんな捨て台詞を残して、フルールの気配は消えた。
[今、明らかに紡岐さんの睨み付けにビビッて逃げたよな?]
[あの核爆発から逃げるとか、がんばったな、ラタ]
[てか、太陽呼び出すなよ、ラスボス]
[太陽召喚に続いて、太陽作成するヤツまで現れたか]
[太陽召喚するのが既にいんのかよ!?]
[いるよ、ベータテスターで]
[またキチガイかっ]
いるんだよな、太陽を呼び出して敵を殲滅するベータテスターが。
とは言っても、幾らユウのMPを全て費やしても、ビー玉程度の大きさでしか太陽を再現出来ない。周囲の影響は当然出るので、確実に《ナゼラ・ルル》で防護壁を形成した上でやってほしいものだ。
「黒幕には逃げられやんしたが、とりあえずお疲れでありんした」
「みー」
「店主様、店主様、店主様っ」
「ちょ、二条、疲れてるんだから飛び付くなー」
ユウは体を捩って転がり、駆け寄って来た巧から逃れようとしたが、それで逃げられる筈もなかった。
巧がユウに抱き着き、顔をユウの体に擦り付ける。
「ま、後はわたくし達で片付けはするわ。息子と友達を助けてくれてありがとう、魔女の恋人さん」
「責任が持って、友好を取り戻すと約束しよう」
猫の王とブラックドッグが神妙な顔でユウに感謝と謝罪を伝えるも、巧になされるがままのユウは小さく頷くだけだった。
それでは相手に見えないだろうが。
「もう、ごめん、寝る……」
ユウはもう体力が限界らしく、小さく呟いて瞼を閉じ、そのまま夢波に意識を委ねて沈んだ。
「なんか締まらない終わりでありんすね」
「それが紡岐さんのいいところでは?」
呆れたような、微笑ましそうな、そんな双緒太夫と悠の会話の横で、ユウはすやすやと寝息を立て始めた。
〔『クエスト:猫犬戦争』をクリアしました。クエストポイントを160ポイント取得しました〕
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