フィフスプレイ 蜜蜂放浪紀

知られざる《ブレス》

 《魔女》の家にある、普通に家庭にもある方の竃の前で、ユウは物思いに耽りながら、背中に掛かる黒髪を手早く三つ編みに結っている。

「むー。……ルル」

 家にいるので、ユウは〈森想森理のローブ〉は羽織っておらず、白いブラウス姿だ。その白に、ユウの足元から『影』が袴の裾から潜り、り上がって纏わり付いた。

 そして陰影を揺らし、割烹着の形を取ったところで落ち着く。

 《流転する影衣かげえナゼラ・ルル》が持つ唯一のスキル〈変幻自在〉――《ナゼラ・ルル》の元となったアーキタイプが実は《変幻自在》であるのだが――は、その名称の如く姿形を変えるものだ。その形状と『影』の濃度によって、ステータス補正の種類と値も変化するのだが……《レリック》をエプロン代わりにするなと声を大にして言いたい。

「こら、仮にも《レリック》をエプロン代わりにするな」

「え、あー、ルル喜んでるからいいんじゃない?」

 ユウの言葉を肯定して、《ナゼラ・ルル》がユウの首元に触れた部分をネコの姿にして、甘えるように顔を擦り付けた。

「ほら」

 もう、何も言うまい。全く。

[新しいレリック、ユウちゃんになついてるなー]

[ずっと生んで欲しがってたみたいだし、産みの親と思ってるんじゃない?]

[一回体ん中入って、出てきたからな。あれ、懐妊と出産だったんか]

[【仮想出産】つまり、《流転する影衣》は未言達の姉妹になるのか、ようわからん【異次元過ぎて理解不能】]

 ユウは目の前に置いたまな板の上に一塊の肉を【ストレージ】から取り出した。

[お? なに肉?]

「こないだ狩った猪ですよー。獣肉ししにく、獣肉」

 脂の乗りも良く、野生の獣特有の臭みが放たれる。

 その香りを吸い込んで、ユウはご満悦だ。元からジビエの癖のある旨味が好きなのである。

「ルル、包丁」

 ユウの意に従って、影衣は手元の袖を伸ばし、ユウの掌で刃を成した。

[便利だな]

[遥ちゃんの《レリック》は万能系多いねー]

[ぶ、武器の真価は攻撃力だし!]

[はいはい、脳筋は黙ってよーかー?]

 《レリック》は、保持者に適合した形と性能になるから、千差万別だ。それなのに、取得しても性能を見る前に自ら破壊する奴がいるがな。

 何故、公式プレイ動画だと言うのに、常識的でないプレイばかりが横行するんだ、全く。

「な、なんだろう、かしこさんからそこはかとなく不機嫌なオーラを感じますよ……?」

 おっと。知らず知らず、思考が態度に出ていたらしい。いけないな。

「気にするな。不測ばかり起こるのを憂えただけだ」

「あー。確かに訳分かんないことばっかり起こるよねー」

「主にキミやキミの周りが引き起こしているんだがな」

「なぁん!?」

[管理AIに非常識認定されたよ]

[よかった…この動画の内容はやっぱおかしいんだよな…あんなことできねぇよ…]

[でも、この非常識ちゃん達がトッププレイヤーよ?]

[このレベルにならないとランカーなれないとか、鬼畜か]

 ユウが影の刃で小さく切り分けた猪肉が、パチパチと脂を爆ぜさせながら焼けていく。

 一摘みの塩に、躊躇いない胡椒を浴びせて、じっくりと焼く。

 フルールのドロップ品であっても、野生の肉は野生の肉。寄生虫や病原菌の危険は付き纏うので、加熱は十分にしなければならない。

 ユウが肉の焼けるのを待っている間に、リビングに光の粒が湧き出した。その中から、ログインした巧が尻尾を振って現れる。

「店主様っ、おはようございますっ! む、むむ。くんくん、なんだか不思議な匂いがしますー」

「二条、ふおめー」

 犬らしく、鼻をひくつかせて猪が焼ける匂いを嗅ぎ取った巧は、その慣れない匂いに落ち着きなく耳をぱたぱたと揺らす。

「はい、二条、あーん」

「ふぇ? あ、あーんっ」

 ユウが口をお開けと促すと、巧は戸惑いながらも嬉しそうに頼りない犬歯を見せた。

 犬の化生なのに、牙が申し訳程度しか発達していないのはどうなんだ。

 その巧の口へ、ユウの手が影衣を串の代わりして、焼き上がった肉を差し入れる。

「ささっ。さー♪」

 ユウの手の甲には、未言未子が一人乗って、楽しげに鳴いていた。

「あふっ、あふっ、んー。不思議な味がします。豚肉ですか、店主様?」

 もにゅもにゅと肉を咀嚼した巧が、くりくりとした目をユウに向けた。

「猪肉だよー」

「猪肉、はじめて食べました」

「ほいほい」

「さっ。ささ」

「あっ、あーんっ」

 肉質を見る為に試しで焼いていた猪肉だが、それなりの量があった。

 ユウと未言未子は、息吐く暇もなく巧の口にまた焼けた肉を放り込む。

 それからユウは未言未子にも、焼ける途中で崩れた肉片を与え、自分も塊を一つ口にした。

「ささー♪」

「んー、この野生臭い肉の味、やっぱり好きぃ♪」

「ふにゅ、きらいじゃ、ないです。でも、変な感じがしますぅ」

 ユウと未言未子はご満悦で、巧は戸惑い勝ちに、その独特な風味を楽しんでいる。

[もしかしなくても、捧餉ささげちゃんです?]

 そこへ、未言未子鑑定士のコメントが《Intelligence Collective:Audience》を起動させた。

 未言未子の名が光を放ってコメント欄から飛び出し、彼女を包む。

〔〈アート・プレイ・タイプ:未言〉が34レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:料理〉を3レベルで取得しました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:養育〉を1レベルで取得しました〕

〔《ブレス:捧餉》を取得しました〕

[おい、遂に子育て認定されたぞ、この関係]

[捧餉? どんな効果なんだろ?]

[捧餉ちゃんかわいい。紡岐さんぐっじょぶ]

「んー? えへへ♪」

 幼稚園児のような体躯にまで成長した《捧餉》の未言未子は、エプロンを掛けたスカートを揺らして、はにかんだ。

「お母さん、捧餉も、捧餉するー」

「はいはい。ルル、お願いね」

 捧餉にぐいぐいと腕を引き揺さぶられて、ユウは影衣の一部をしゅるりと解き、漆黒のフォークを分離させる。

 そして、背の足りない捧餉を腰から抱っこして、フライパンに乗った猪肉を取れるようにしてやった。

 ぐさり、と勢い良く猪肉をフォークに突き刺した捧餉は、床に降ろしてもらって、貫いた先端が見えたフォークを巧に向けて、明るく声を上げた。

「はい、あーんっ♪」

「み、未言巫女にあーんしてもらえるなんてっ。ぼ、ぼくは幸せ者ですっ!」

 やたらと感激しながら、巧がその捧餉を受けた。

 いたく味わって、巧が捧餉から口に入れてもらった肉を噛み締める。

[で、このブレスの効果はなんぞ?]

「ちょっと待ってくださいねー」

 ユウがシステムメニューを弄り、《捧餉》を探して空中をスクロールする。

 一覧にして見ると、数の多さが際立つ《ブレス》欄だな。

[わかってたつもりだけど、《ブレス》の数半端ねぇ]

[確実に現プレイヤー最多だよね]

[《捧餉》で、18個目だね]

「え、十九個ありますよ? ほら」

 ユウが《ブレス》一覧の欄外に提示されている総数を指差して、視聴者の勘違いを指摘した。

 刹那。コメント欄が凍り付き。

[ちょっと待てぇぇぇええいっ!?]

[解析班! 解析君!? 勘違いだって言ってくれよ!]

[配信動画確認してきます!]

 コメント欄で、教室に蜂が飛び込んで来たような騒ぎが起こり、解析を自主的に担当している視聴者達が、数分をかけて確認作業をこなして報告を上げた。

[《肩目》《眞森》《未言幻創》《慣れ足》《にこゑ》]

[第一配信相違なし!]

[《夢波》《夢海》《恋積もる》]

[デミ・リヴァイアサン攻略までクリア]

[《未水》]

[《風虫》《滴合ふ》《未世》]

[《羽成す》]

[カーパック撃退まで誤差なし!!]

[《葉踏み鹿》《未言衒相:バグ》]

[《針鼓》《妖す》《未言衒相:バグ解除》]

[ケット・シー、クー・シー救出までオーケー]

[《捧餉》]

[現時刻まで査定良し! 総数報告!]

[18]

[十八]

[イチハチ、です、サー!]

[18]

[十八……だよな?]

[十八個しかないよ~(泣)]

 再び、コメント欄が沈黙する。

 巧は指折り、コメントに上がったユウの《ブレス》を数えようとして、何度も間違えていて。

 捧餉はユウの口へと、最後の猪肉の一切れを食べさせて。

 ユウは嬉しそうにその肉を愛娘から頬張った。

[このラスボス、なんか奥の手隠してやがる!?]

[黒いっ! 黒いよ、遥ちゃん!]

[【未だ見ぬ恐怖】あれか、配信してないプレイ中に《ブレス》を取得したのか【ラスボスの隠しデータ】]

[おい、にゃんこー! ちゃんと配信しろよぉっ!]

[ひぃぃぃっ! 分かってるブレスだけでも攻略ムズいのに、不明ブレスとかやめろよー!]

「いや、なんで皆さん、わたしを倒すの前提なんです? 紡岐さんは、優しいいい子でしてよ?」

 ユウは、心外なと、ちょっぴり頬を膨らませて拗ねる態度を見せる。

[ダウト。おまいさん、人間嫌いじゃねぇか]

[紡岐さん、厳しいところありますもんね]

[愛娘に手を出したら、発狂すると思います、紡岐さんは]

「ちょ、みんな、信じてよっ!?」

 パーティーメンバーから容赦無い集中砲火を受けて、ユウが叫んだ。

「店主様っ! ぼくは店主様が皆さんの敵になっても、味方でいますから!」

「わたしは! プレイヤーの敵に! なる気は! ないっ!」

「店主様、いひゃいでふ~」

 斜め下な擁護をしてきたわん娘の頬を、ユウが抓る。

 まぁ、力もそんなに入っていないような甘噛みみたいなものだから、痛いと言っているが痛みはないだろう。

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