識覚を妖すは未言屋店主

[おい、どうなんだよ、これ]

[……ん?]

[あー、バッドエンドか]

[悠さんとわん娘ちゃんは頑張ったのにつらいだろうな…]

[↑どうしたの?]

[くっそー、あと一歩だったのになー]

[お? なんだ? なんか気づいたんか?]

[いや、あれに巻き込まれて、かしこは平気なんだなと思って。この映像、あのにゃんこの視点だからさ]

[お?]

[あれ?]

[かしこー、生きてるー?]

「ああ、何もかも・・・・無事だ」

 私はユウに現状を有りの侭伝える。

「ふはははは! 絶望に沈んだアーキタイプからは、いいフルールが回収できるだろう、楽しみだ!」

「かーさまー、やっぱこいつ、あの時のリスねー」

「は?」

 結果を確認しもしないで思い込みで馬鹿笑いを上げている愚かな畜生が、あの時、クー・シーをけしかけた栗鼠だと妖すが告げた。

 そして、それこそは、ユウの予測通りの真実だった。

[なるほどね。北欧神話にて、世界樹の天辺に住む大鷲と根本に住む毒蛇へお互いの憎悪を伝える悪意ある伝令、オーディンの戦の前触れを布告するもの、走り回る出っ歯]

[お? おおおお!?]

[これ、俺たちの出番だな!]

[よし、遥ちゃん、タイミング合わせるから、いい感じのゴーサインくれ!]

[え、なに? なんなの?]

[あー、あいつかー]

[えー、わかんないよぉ]

[すなわち、その元名は!]

[ラタトスク!]

[ラタトスクだろ!]

[ラタトクス]

[ラタトスクだね]

[ラタトスク]

[ラタストク、だっけか?]

[ラタトスク!!!]

[ラタストク]

[ラタトクス!]

[ラタトクス]

[ラタストク]

[ラタトスク!]

[ラタストク!]

[ラタトスク!]

[Ratatoskr!]

〔〈アート・プレイ・タイプ:推理〉が4レベルになりました〕

 眩い《Collective Intelligence:Audience》の光が迸り、漆黒の靄を払って一匹の栗鼠を露にした。

 《ラタトクス》と言う名の、心に潜む憎悪を罵り煽り、敵対に向ける魔の姿を、明らかにしたのだ。

 そしてその光は辺りを照らし、靄に始めに呑まれて確かに呪われた筈の空間までも、傷一つなく其処に存在している事を知らしめた。

 《ラタトクス》が今更に私がいるのに気付き、憤怒に表情を歪める。

「貴様、管理者かぁっ!」

「吠えるな。管理権限を使っていないのに、敵意を向けられる謂れはない」

「あと、隙がありすぎですよ」

「ッ――!?」

 これは、たった今、私に意識を固定したせいで悠の刀に斬られた事まで含めて、ユウと悠と巧と、そして《ラタトクス》自身の愚かしさが引き起こした現実だ。

 私は、ユウの《ブレス》としての機能以外の事は何もしていない。

 だが、相手も腐ってもアーキタイプだ。

 悠に斬られた傷から化けの皮を剥がし、ずるりと内側から本性を見せる。

「大蛇、知っているか。あんな小さい相手も倒せない半端者と大鷲が言っていたぞ」

 額から角を生やし、獰猛に牙を剥く《ラタトクス》が、地面をなじった。

 地面が割れて、大蛇が――先程悠が倒した者を更に越えて、這い出した頭だけで象と同じだけの大きさを持った大蛇が、大口を開けて奈落のような喉を見せ付ける。

[ぐぁっ。ラタトクスってことは、こいつニドヘグかよ]

[ラグナロク生き延びる特大級の厄災じゃねぇか]

[んー、でも、あれもまだ劣化コピーかな]

[あれでかよ!?]

 多少劣化していようが、頭しか地面から出せなかろうが、それで悠や巧をデスペナルティにするには十分だ。

 現に、巨蛇の牙を切り結んだ悠は、刹那も保たずに吹き飛ばされてしまった。

 【気絶】した刀奏を置いて、巨蛇はその滑った瞳を巧に向ける。

 彼女は恐怖も余り、声も出せずにいた。

「おっと、動くなよ、よくわかんねぇ非常識。このチビ共は用済みだから、何時殺してもいいんだぞ?」

「……さいってー」

 何時の間にか《ラタトクス》の背後に回っていた妖すも、猫の王子と犬の姫を人質に取られて動きを止められてしまった。

「さぁ、そのクソ犬を噛み殺せ、ニーズヘッグ!」

 巨蛇が顎門あぎとを開き、喉の奈落を巧に見せた。

 万事休す、か。

 それも、此処にユウがいなければだが。

《をさなごは

 いづこにをるや

 またたきのすきを妖し

 ことよにわたる》

〔〈アート・プレイ・タイプ:未言〉が33レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:短歌〉が25レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:妖怪伝承〉が5レベルになりました〕

〔《ブレス:妖す》を取得しました〕

〔《ブレス:未言みこと衒相げんそう》が解放されました〕

 巨蛇が、巧の消えた虚空を噛み締めた。ガチリと、鋼がぶつかるような音が耳を叩く。

「太夫、そっちはお願いね」

「はいなー」

 牙を噛み合わせて口を閉じた巨蛇を、上から双緒太夫が踏み付け、大地に叩き付ける。まるで強制的に土下座をさせているかのような格好だ。

「なっ、お前ら、何処から出てきた!? こいつらの命が、いら――いねぇ!?」

 瞬き程の間だけ目を離した隙に、人質だった二匹を妖された《ラタトクス》が悲痛な叫びを上げた。

 その愚かで可哀想なフルールから十分に距離を取った所に、巧が地面に降ろされ。

 風虫と同じ顔で、同じように口許に人差し指を当てながら、しかし風虫と違ってにやにやと笑う妖すが、七歳程の子供と同じ大きさになって現れ、目の前に悠を横たえて出現させ。

 そしてユウが重たそうに抱き上げた猫の王子と犬の姫を巧の膝の上に託した。

 小児サイズのユウでは、仔猫と仔犬でも抱えきれなかったのだ。

 ぽかんと巧と悠が、見開いた目で《ラタトクス》が、ユウを唯々見詰める。

「どうしたの? みんなして、妖されたような顔をして」

 悪戯っぽく笑って、ユウは人差し指を唇に当てた。

[魔女の恋人キタ━(゚∀゚)━!]

[紡岐さんのお成りだぜ!]

[ラタトクスに同情するわ(笑) ほんとにどっから現れた(笑)]

[おいしいとこをいただきにいらっしゃったよwww]

[ヒロインは遅れてやってくるんだね]

[よっしゃ、やったれ、紡岐さん!]

[遥ちゃんのいいとこ見てみたい!]

 ユウの登場に、《ラタトクス》は歯軋りを軋ませ、しかしやがて嘲りを顔に浮かべた。

「はん、なんだ結局、犬と猫は見捨てたのか? あいつらが殺し合えば、俺はなんだってかまわないんだせ?」

 《ラタトクス》は、ユウが此の場にいる意味を推測して意趣返しをするが。

 それはくすくすと笑う猫の王に否定された。

「あらあら。わたくしたち、真実を知っても諍い続ける愚か者と思われてるようよ?」

「……謝罪するので、どうかご容赦くださいませんか、猫の王よ」

 再び、《ラタトクス》の目が見開かれる。

 空中を歪ませた〈猫の道〉を通って、猫の王が毛並みをふさりと鳴らして、大柄なブラックドッグが尾を丸めて、伴って現れたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る