Interval 3rd to 4th

 花の女神クロリスとその恋人レイティス、ついでに女神の眷属に当たる妖精を眞森に招いてから三日が過ぎた。

 ユウ達は、北を目指したり、時折美味しそうな食材を集めたり、それを眞森に持ち帰って魔女の家で調理したりと、大きな事件もなく『クリエイティブ・プレイ・オンライン』を楽しんでいた。

 ちなみに、ユウのパーティーは全員が魔女の家をホームに設定していた。

 家買わなくてラッキー、とはセムの談である。

 今日も今日とて、『コミュト』で日が南中を間近になりつつある時刻まで、ユウはわざわざログインして眠りこけていた。

 ユウ曰く、ぽかぽか日射し浴びてお昼寝最高との事だ。

 全く以て自堕落な話であるし、最早昼寝ではなく寝坊だ。

 眞森の中で眠っているユウを見守る必要は皆無なので、私は悠とキャロが、魔女の家の庭で演奏しているのを眺めていた。

 悠は色彩綾めくステンドグラスを中骨と扇面にした扇子を開け閉めし、時に振り、音を奏でる。此れこそ悠の心に響く音楽を、謳い鳴らす《曲想を羽成す刻》の通常形態である。

 単純楽器として使用出来る扇型と曲に乗せて様々なステータス上昇効果を発揮するオーディオ形態と、羽成すが元々、羽化と言う変化を表現した未言であるのを良く反映したアイテムタイプの《ブレス》だ。

 悠の奏でる即興に乗って、キャロは体を揺らしステップを踏みながら、歌声を重ねる。歌詞リリックのない発声練習に近いヴォカリーズであるが、これだけでも聴いていて楽しくなってくる。

 音楽という共通の趣味が発覚して以来、この二人は〈アート・プレイ・タイプ〉のレベル上げや自分の技術練習も兼ねて、良くセッションしている。

 ちなみに、セムは今日、此方にはいない。他のベータテスターに誘われて、『バベルの塔』の攻略に出ていて、昨日から一週間別行動を取っている。

 そして、二人の演奏に混ざる者は他にもいた。

 風に揺れて、眞森の梢がリズムを取るように鳴いている。

 その揺れる枝を、現れては消えて、渡っては留まり、風虫の未言巫女が楽しげにストレートに伸ばした黒髪を揺らしていた。

 二人も風虫に気付いていて、悠はその奏でを風虫に合わせたバラードにしている。

 そのゆったりした曲調が心地良いのか、未言巫女の産みの親は、二人を余所に家の壁に凭れて、夢波に肩から抱き着かれ、夢海の頭を膝枕に乗せながら、すやすやと穏やかな表情で熟睡している。

 見ると叩きたくなるから、意識から反らしていたが、やはり叩きたくなるな、こやつ。

「んぅ……?」

 しかし、この場に近付く足音に真っ先に気付いて目を開けたのは、ユウだった。

 地面を微かに伝う草を踏む音に、夢波の未言巫女もうっすらと睫毛を瞬かせる。

「はーい。魔女の家までご案内よー」

「ありがとうございます、慣れ足」

「いいのよー。これってわたしの役目だし」

 午前の日射しに黒髪を照らされた慣れ足の未言巫女が連れてきたのは、レイティスだった。

 この眞森の中では、主以外は誰人も迷い外へ向かわされる。それを回避するには、慣れ足の未言巫女に道案内をしてもらうしかない。

 慣れ足は、ユウの招き人を迎え入れる代行者なのだ。

 レイティスは、自分の来訪で悠が《曲想を羽成す刻》を奏でるのを止めてしまった事に、申し訳なさそうに眉を下げた。

「すみません、折角素晴らしい演奏をしていたのに」

「いえ、キャロさんと違って私はそんなでは……」

「えー? 悠さんの演奏、とても素敵ですよ?」

 謙遜する悠をキャロが持ち上げるから、悠は尚更恐縮して縮こまってしまう。

「もしかして、お家が?」

 照れる悠へちらりと笑みを溢してから、ユウはレイティスに水を向けた。

 彼は、この森で自分が暮らす小屋を建てているのだ。それから、ユウに託された絵画も、小屋が完成してきちんと飾れるようになってから受け取りたいとも申し出ていた。

「はい、その通りです」

 果たして、レイティスはユウの想像を肯定した。

「おお、ついに!」

 誰より先に喜びの声を上げたのはキャロだった。彼女はクロリスとレイティスにより一層心を寄せていたし、それがなくとも、他人の成果を喜び分かち合う性分なのだ。

 付け加えれば、ユウや悠よりも、感情や感激をストレートに言葉と体で表現出来る明るい性格でもある。

「それは、今すぐに見せてもらわないとですね」

 ユウも、夢海夢波を還して立ち上がり、緋袴とローブに着いた草を払う。

 レイティスは、恩人に自分の作品を見せられる嬉しさに、足取り軽く、三人を案内した。

 もっとも、あくまでも先頭は慣れ足なのだけれども。

 NPCとは言え、プライベートなイベントであるから、動画はこのまま配信しないでいいか。

 やがて、眞森の木々が疎らになり、空が開ける。

 その空間に、見覚えのある小屋が建っていた。

「おー。ほんとに小屋があるー」

「ええ、まぁ、あの形ならもう手間取らないね」

 レイティスは、工夫もない小屋をユウが称賛するものだから、照れて鼻を掻いた。

「ようこそ、いらっしゃいました。皆様」

 小屋の中に入れば、正しく花の咲いたような微笑みで花の女神が迎えてくれた。

 クロリスの導きに従って小屋の中を進むと、奥まった部屋の壁にカーテンが掛けられていた。今は開かれた其処には、鋲が一つ突き出ていた。

「魔女の恋人殿、お願いします」

「ん」

 ここまであからさまに準備をされていれば、ユウだって何を求められているのか分かると言うものだ。

 ユウは【ストレージ】から、一枚の絵画を取り出した。

 勿論それは、今はもう亡くなったレイティスの親友が遺した絵画だ。

 ユウは仏壇に本尊を納められるように、丁寧に厳かに絵画を鋲に掛ける。

 左右の傾きを何度か直し、後ろに下がっては確かめる。

「どう?」

 遂には、周りに傾きがないか訊ねる姿に、レイティスは含み笑いを浮かべている。

「ありがとうございます」

 クロリスは、然り気無くレイティスに寄り添い、腕を絡めた。

 その瞳は、一心に絵画に向かっている。

〔『クエスト:絵描きの遺したもの』をクリアしました。クエストポイントを207ポイント取得しました〕

〔《バーサス・プレイ・タイプ:魔女》が13レベルになりました〕

〔〈スキル:言霊〉を取得しました〕

〔〈スキル:自然の寵愛〉が2レベルになりました〕

 これで、やっと絵描きの幽霊が願い遺されたものが果たされた。

 レイティスの目の潤みも、クロリスの頬に伝う光も気付かない振りをして、三人は静かに外へ出る。

「良かったですね、紡岐さん」

「さすが紡岐ティーチャーですね」

「んー?」

 わたしはなにもしてませんとか言い出しそうな態度で、ユウは首を傾げた。

 それを見て、キャロと悠がお互いの顔を見合わせて、くすくす笑っている。

「それじゃ、二人の行く末も見れましたし、わたしはこれでログアウトしますね」

 キャロは満足そうににこにこと笑って、くるりとターンして手を振る。

 ユウがそれに大きく手を振り返した。

「明日っから、しばらくログインできないんだっけ」

「そーなんですよー。ごめんなさい」

「ううん、キャロさんも忙しいもんね」

 むしろ平日に最低三時間ログインを当たり前にしているのは、他にやる事のないユウと、他の事をやる必要がないセムくらいだ。

「がんばるんだよー」

「はい! お疲れ様でーすっ」

 ユウはキャロが分解された光の粒子が全て消えてなくなるまで、手を振り続けた。

「紡岐さん、私も今日はもう寝ますね」

「あや。そですね。わたしも寝ます」

 現実では、そろそろ日が変わる頃だ。寝る前の支度もあるから、十分夜更かしであろう。

 ユウは、悠のログアウトも見送った。

何時も最後まで他のメンバーを見送るのは、ユウの責任感の強さが表れている。

「さて。じゃ、おやすみ、かしこ」

「あぁ、おやすみ」

 ユウもログアウトし、その体がくたりと崩れ落ちる。

 私は、猫の体を組み直して、人型に変わり、ユウの体を受け止める。

「うむ。やはり、自由に人型になれるようになったのは、便利だな」

 人型と言っても、猫のままの耳と尾が残る、所謂猫耳の状態だが、意識のないユウを運ぶのには、手が使えるだけで大分違う。

 私は、呼吸を続けるユウの体を抱えて、何時も通りに魔女の家へ向かう。

 もう目の前に、慣れ足の案内が控えていた。

 やれやれ。その内、この眞森の機能を無効果出来る権限も付けてほしいものだな。

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