暗き腹の中
そして、全員揃って鯉の池にやってきた。
妖精は逃げられないように、キャロが手に握り拘束している。
「はなせ、キャロー!」
「ダメだよ。あなたの大切な女神様を救済するためなんだから」
妖精が暴れようが訴えようが、キャロは意に介さない。
この娘もこんな強引になれたのか。
「キャロさん、わたし相手だと強気にならないから、こういう状況見てると少しどきどきする」
「やめとけ。ファンニコロサレルゾ」
「そういう意味じゃなくってよ、ねーやん!?」
「やー、紡岐さんが言うとそういう意味にしか聞こえませんよ?」
セムだけでなく、悠にまで、ユウが白い目を向けられている。
悠もなんだかんだ気軽に物を言うようになっているな。
分かりきっていた事だが、この四人が企てたのは、妖精を餌にしてカーパックの内部へ侵入する事だ。
あのアーキタイプは、出力の殆どを内部空間の容量と、内部空間に収納した物からの〈スキル〉吸収に費やしている為、思考能力は著しく低い。
単純で見え透いた手でも、そのまま食い付いて来るだろう。
「じゃー、みんな固まって。砲撃でアレ呼び出すよー」
ユウが右手に魔力を集束させながら声を掛けると、彼女を一番前にして他のメンバーが肩が付く位に近寄る。
[なぁなぁ、この魔女の恋人、レリックのスキル使わないで砲撃魔法とか発動させてんだけど]
[もう諦めろ。ラスボスはプレイヤーキャラとスペック違うんだよ]
[【魔法兵器カノジョ】いずれ空から隕石を降らせてきても驚けないな【広域殲滅】]
「だれがラスボスですか、風評やめてください!?」
「諦めろ、つむむ。事実だ」
「なぁん!?」
これだけ会話に気を散らしながら、ユウが集束する魔力は少しもぶれていない。
その一点だけでも、ラスボス論の裏付けになるな。流石、ラストコンテンツの一つだった《魔女》から《ブレス》と《レリック》と【バーサス・プレイ・タイプ】を受け取ったチートは格が違う。本来なら、それらが一つ一つ別プレイヤーに配付される筈だったんだがな。
本当にあの《魔女》は運営の予定をとことん狂わせてくれたものだ。
「いっ……けーっ!」
自身の魔力を一割使い、〈エーテル吸収〉で大気から得た魔力も足して、掌で循環圧縮加速させたユウの砲撃が、《丸呑み》カーパックの潜む沼へ錐揉み、穿つ。
収束魔力と同じ直径二センチメートルの幅で、沼の水が蒸発を通り越して消滅した。
四秒の照射の後、さらに二秒の放熱時間を待って、やっと残された沼の水が蝕まれた空間を補修する。
辺りは静寂に包まれた。
「おい、おまいさんの一撃であのアーキタイプ死んだんと違うんか」
「おいぃぃいいっ!? クロリス様どうなった!」
「え、あ、いや、え、うそっ!?」
まさかのアーキタイプの沈黙に、妖精が顔面蒼白になっている。
無言でキャロは頭を振り、悠は額を掌で抑えている。
[やったか!?]
[よし、今回は許すもっとフラグ立てろ]
[やったかっていうか、やっちゃったかぁ、だよねー]
[おいおい、もちつけよ。あんだけ苦戦させられたボスがたった一撃で倒せる訳ないだろ? ないよな? ないって言ってくれよ、にゃんこ!?]
[あーあ。クエスト失敗かぁ]
[諦めんなよぉ! フラグ立てようぜ、やったか!?]
[がんばれば蘇るぜ、やったか!?]
[オレたちのフラグ構築なめんなよ、やったか!?]
コメントも丸っきり諦めと意地で埋め付くされている。
それでも沼から反応はなく、妖精はさめざめと泣き始め、キャロがその頭を撫でて慰める。
「あ、まって! まってまって! あそこ!
やらかしたと焦って沼をガン見していたユウが、その変化を見付けて、必死に指差した。
確かに、泡が沼の中から僅かに浮かび上がって弾けている。
そうして、【気絶】からやっと復活したカーパックは、他のメンバーが確認を取るよりも早く沼から飛び出し、大口を開けて、地面ごと私達を《丸呑み》にした。
あの濁って虚ろだった目が、怒りで燃え滾っているように見えたのは、気のせいだろうか。
ともあれ。アーキタイプの固有能力により、口に入る瞬間から全員が体を縮小され、相対に巨大化した喉の暗闇へ放り込まれ、そのまま落下による無重力に放り出されて、無限に広がる《丸呑み》カーパックの内部へと侵入を果たした。
落ちる、落ちる。
水へ沈むように落ちる。水には浮力があるが、残念ながらカーパックの内部は普通に息が出来るだけの空気が充満していた。
やるまでもなく、手足で掻いても、浮かべないし泳げない。
最早とっくに宙に放り出されるのにも、自分から宙へ飛び出すのにも慣れたユウは、すぐに視線を巡らせて、仲間の位置と状況を把握する。
まずは一番近場にいた私を腕で抱くように引き寄せて胸に置く。空いていた左手は既に魔女の箒を取り出していた。
ユウは体を捻り、下を向く。
一番ゲームにも落下にも慣れていない悠が、手を伸ばして助けを求めていた。
「つむ、ぎ、さっ」
「ん」
ユウは喉を鳴らすだけの、相手にとても届かない返事をして闇を滑る。
悠の伸ばした腕の手首を、右手で掴み、《異端魔箒》の〈無限飛翔〉の効果圏内に悠が認識されるよう、魔力で彼女の爪先まで包み込む。
その途端に、悠を引き摺り降ろそうとしていた重力が和らぐ。
「た、助かった……」
「うん。そこ、たぶん足が着きます」
腕を引く高度を保っているユウに言われるまま、悠はプールの深さを確かめるようにゆくりと足を伸ばした。
上とも横とも全く変わらない闇でしかなかったが、確かに悠の足は底に着地した。
するりとユウが手を離すと、重力はしっかりと足を通して悠の体重を地面に引き寄せる。
悠の顔がほんのりと色付いているのは、恐怖のせいか、何処かの魔女の呪いのせいか。
それを解消するつもりもなく、ユウはさっさと次へと目を向ける。
跨がっていた楡の箒の柄に両足で直立し、それがまるでエレベーターであるかのように上へ昇る。
空いた両腕に、落ちてきたキャロの腋がすとんと納まり、ユウに抱えられた。
「キャロさん、この高さなら降りれる?」
「このままでもいいですよっ」
「降りなさい」
口振りとは反対に、ユウは壊れ物を扱うように、放した掌から魔力を注いで、キャロの体を悠の横へと降ろした。
そして、ユウはひょいと一歩分だけ横にずれた。
寸前までユウがいた位置を踏み抜いて、ネコ科もどきの仮装が、新体操よろしく地面に綺麗な着地をして奇怪なポーズを決める。
「ねーやん、今、わたしのこと踏もうとしたよね!?」
「おい、つむむー、なんでおれだけ助けないんだよ、いじめかー」
「踏もうとしたよね、あんた!?」
「ちょうどいい足場だと思ったんだがなぁ」
後輩を足場にしようとするな。
「こいつら、ここが化けもんの腹ん中だってわかってんのか……?」
遅れて、羽根を使って浮遊してきた妖精が、ユウとセムのじゃれ合いを見て、不安を露にする。
「ったくよぉ、ボクまでまきこみやがって。いくら外に出られるからってよぉ」
「え、出られんの?」
妖精の何気ない発言に、ユウが疑問符を浮かべた。
ユウへ顔を向けて、妖精はしばし停止する。
「え、おい、まさか出れる保障がないのに、ここに入ってきたのか?」
「いや、入ったらなんとかなるかと思って」
「最悪、腹ぶち破ればいーしなー」
「セムさんと紡岐さんなら、なんだってなんとかしてくれます! だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「……ごめんなさい、てっきり皆さんに何か考えがあると任せきりにしていました」
殊勝なのは悠だけで、残りの能天気トリオは、まぁ、予想通りの行き当たりばったり加減だ。
それでいて、何か問題でもあるのかと軽く笑って済ませている辺り、この能天気トリオは始末に悪い。
[遥ちゃんの自信はどこから……あぁ、未言からか]
[それなら、白の未言ブレス]
[あなたーの、課題に狙いをつけーてっ]
[セムが脳筋すぎてワロタ]
[人間、なまけるとここまで思考を放棄できるのか……あ、こいつ人間じゃなくてネコ科モドキか]
[クイーンの人任せっぷり、マジクイーン]
[それでも貴女に着いていきます]
コメント寄せてるお前達よ、洗脳されかかっているから、今すぐ引き返せ。
「でも、戻る方法はあるんでしょ?」
ユウはこれでも、出て来た情報は逃さない目端の良さがある。幾ら話が逸れて行こうとも、自分に必要な情報だけははっきりと問い詰めて聞き出すのだ。
妖精の方も、はぐらかすつもりはなく、その概要を伝えてくる。
「それなりに昔に、おれの仲間が一人、ここにきて帰ってきた。あの上に見える光、あれが出口だ。ひたすらあれを目指して飛べば帰れる」
ユウは妖精の指差した上を見た。
確かに、太陽のような光が、しかして太陽と違い此処まで光を届かせない程に遠くに存在している。
この遠さは、距離ではなく次元の話になるが。
「じゃ、飛べないとダメなのねー。まぁ、なんでか重力もあるしなぁ」
自分は魔女の箒を使えば何時でも帰れるのが発覚して、ユウは呑気だ。
そろそろ、出来るという事は押し付けられるという事だと自覚を持った方がいい。
「じゃ、帰る時はつむむが一人一人乗せてってくれるんだな」
「ですね」
「紡岐さん、よろしくお願いします」
「えっ!?」
何を驚いているのか、こやつは。
これまでの流れを見れば、こうなるのは当たり前だろう。
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