離別

 ユウは思考も働かせないで、咄嗟に魔女の胸に手を伸ばして押し退け、ぶつかるように扉を開けて飛び出した。

 もちろん、転がる魔女などそのままにして、私もユウの後を追う。

[ヤンデレ、怖ええええ!!??]

[恋愛シミュレーションでヒロインヤンデレって、アウトじゃん]

[やっべ、これ紡岐さんのストライクじゃん]

[ヤンデレが!?]

[ヤンデレが!?]

[ヤンデレが!?]

[あ、ごめん、言い間違えた]

[ほっ]

[そうだよな、そうだよ]

[紡岐さんのドストライクだ]

[まじかよおおおおお!!??]

「ねーやん、人の性癖拡散しないでくれるかな!?」

[ごめーw でも、おれはウソツイテナイ]

「そうだけども!」

[あ、本人が認めた……]

[なんてことだ……]

[オレらに希望はなかった……]

 ユウは森を走りながら、コメントにツッコミが出来るくらいには正気を取り戻したようだ。

「遥は鬼ごっこがしたいのね? いいわ。何処に行っても捕まえてあげるし、何処に隠れても見付けてあげる」

 しかし、魔女を振り切れていない。【バーサス・プレイ・タイプ】の一つも取得していればまだやりようはあったかもしれないが、無い物ねだりは出来ない。

 必死に走るユウと、悠然と歩く魔女、それなのに二人の距離は少しずつ縮まっている。

「ちゃんと帰って来るから行かせて!」

「いやよ。わたくしは片時も離れたくないの」

 自分本意もここまで貫かれるといっそ清々しい。

「ほら、足下に気を付けないと転ぶわよ?」

「ふぁっ!?」

 前触れなく隆起した木の根が、ユウの足を引っ掻けた。幸い、ユウは転び掛けながらも体勢を持ち直したが、これを繰り返されたら何時かは転ぶだろう。

 森から逃れられなければ、魔女の掌で踊っているようなものだ。

「あー、うー、《眞森》っ!」

 ユウが偏頭痛の滲む頭を手で押さえて唸りながら、《ブレス》を発動させた。

「あら?」

 森の地面が小さく口を開け、魔女の足をくわえる。魔女が森の制御を奪い、足を引き抜くのには、数秒の間が空いた。

 そして、その間こそ、ユウが作り出したかったものだ。

《ちかひをば

 眞森とどけよ

 とどかせよ

 千々のいのりをちぎる眞森よ》

 ユウの短歌が森に染み渡る。

〔〈アート・プレイ・タイプ:造語〉が12レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:短歌〉が5レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:詩〉が4レベルになりました〕

 システムメッセージが流れる間に、ユウの祈りは森を満たした。

「《眞森》、ニクェをわたしに近付けさせないで!」

 森が叫んだ。それは急激に成長した木々が身を軋ませる音であり、葉が空気を裂く音であり、根が土を砕き割る音だった。

 魔女の周囲の木々は捻れ、絡み、癒着して一つの球となる。

 魔女がユウの《ブレス》によって封印された。

[やったか!?]

[オイ、フラグ立てんな、バカ]

 全くだ。魔女を封じ込めて成長を止めた木の塊が、内側から弾かれて外壁を屑と散らす。

「さ、流石にあれはこわい……」

「言ってる場合か! 逃げろ!」

 閉じ込めるのは無理でも時間は稼げる。それを無駄にする道理はない。

[【急展開】逃げろ! 魔女の森! 【恋愛シミュレーションじゃなくてパニックホラーだった】]

[ジャンルがコロコロ変わるな]

[見てて面白いな。あ、死ね、ウサギぃ!]

[せむさん、コメントに殺意が流れ込んでます]

[そっちはそっちでなにやってんの?]

 あのベータテスター達は配信見ながら狩りをしているのか。此方は今にも死にそうな恐怖と相対しているのに、気楽なものだ。

「やー、もー、即詠は頭痛くなるよぉっ」

 時間を取らずに短歌を詠み上げたユウは、痛む頭を掴み揉み解しながらも、足を懸命に回しながら、マップを開く。

「この青い点がニクェかなっ!」

 走りながら喋るから、どうしても叫び調子になる。

 青は味方を示すマーカーだが、間違いないだろう。 

 ゆっくりと、時折停止しながらではあるが、魔女はユウに向かって来ている。

「ふぁあああっ!? 告白して付き合ってすぐ痴話喧嘩とか、笑えないよっ!」

 告白から付き合った時点で私は頭が痛くなったが、同感だ。

 何だってこんな酷い展開になった。マップ担当のあの馬め、後で文句言ってやる。

「みぎゃ!?」

 私が同僚への怒りへ意識を反らしていたら、ユウが盛大に目の前の幹にぶつかっていた。

 額を両手で押さえ、痛みに耐えている。

 先程はなかった筈の木だ。

「まさか、《眞森》が破られたのか?」

 もう魔女が対処してきたとすると、非常に不味い。

 しかし、ユウは首を振って私の意見を否定した。

「ううん、眞森はニクェの足止めをしてる。これ、眞森にとってわたしを外に出さないこととニクェをわたしに近付けないのが、全然矛盾してないんだ」

 成る程。森の意識がどんなものかは情報にないが、人間とは違う精神構造なのか。片方に味方する事が、他方へ敵対する事と繋がってない。

 健気と言うか、それこそ矛盾と言うか、どちらにせよ厄介な話だ。

[ニクェの制御を奪ったりは出来ないの?]

「……わたしが、ニクェを足止めするのとニクェの命令を取り消すのを両方やろうとすると、たぶんニクェに押しきられて足止めもできなくなっちゃう。だから」

 木にぶつかって横転した後、上半身だけ起こして腰を降ろしたままのユウは自分の足を撫でる。

「《眞森》以外の《ブレス》を使うしかない」

[でも、他に使えるブレスありませんよね?]

 ユウが保持する《ブレス》は三つ。《肩目》は私自身が干渉の余地を持っておらず、《眞森》はもう使えない。《未言幻創》は使用基準もよく分からない。

 だから、ユウが実行するのは、それらではないもの。

「だいじょうぶ。眞森を歩くのは、もう慣れた」

 ユウが自分に言い聞かせ、自分の足を励ますように優しく撫でる。

 まだ、魔女は遠い。

 ユウが深呼吸一つして、気持ちを高める。

《慣れ足よ

 わたしをともにみちびいて

 かけがえのないきずなたぐりて》

 世界からユウの足へ、祝福が注ぎ込まれていく。

 慣れ足とは、何も考えず慣れた道を選んで通る事。

 悩んでしまうと出れなくなる迷いの中でも、考えなければ自然と抜けられるもの。

〔〈アート・プレイ・タイプ:造語〉が14レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:短歌〉が7レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:宣言〉を1レベルで取得しました〕

〔《ブレス:慣れ足》を取得しました〕

 こんなにも迷いなく、けれど臆病に、素直に《ブレス》を手にする者は聞いた事がない。

 そもそも、自分から《ブレス》を取得しようとするプレイヤーなんて、ベータテスターの中にはいなかったと記録されている。

 祝福は与えられるものだ。けれど、ユウはその祝福を求めてもがき、望みを未言に委ねる。

 そんな彼女だから、奇跡を呼ぶのだろう。

 ユウの胎に光が宿り、それが解き放たれる。蛍のような淡い光の粒は、やがて一人の女性の姿となった。

「よっ、と。とりあえず、眞森の外へ行ければいいのね、母さん」

 現実で言うところのOLみたいに、レディーススーツに着られたうら若い女性だ。

「うん、よろしく、慣れ足」

 ユウは平然と自分の体と心から産み落とした者を受け入れる。

[慣れ足さん! 慣れ足の未言巫女さんだ!]

[未言巫女?]

[紡岐さんの未言を擬人化した存在です。慣れ足さんは迷子救済者ですね!]

 未言巫女というユウの空想は知っている。未言を、いや、世界の物事全てを命と捉える彼女が、それから産み出した未言を逆にキャラクター化するのは、さして突飛な話ではない。

 それが未言巫女と言われるのは、周囲の発想も多分に絡んだらしいが、そう発想させたのも、そもそも未言そのものか。

 そして、これが魔女が押し付けた《未言幻創》の効果だろう。

 未言を命として産み落とす《ブレス》。魔女とは、キリスト教に悪魔と貶められた自然霊をその子宮に孕んだ者であるとの逸話に由来する呪い染みた祝福だ。

「まっかせて。さ、行こう」

 意気揚々と歩き出す《慣れ足》に、ユウと私は着いていく。

 今までの放浪が嘘みたいに、するすると進む。

 《慣れ足》が現れる前までは、ユウは体を縮めたり横にしたり通った木々の隙間が、今はユウの体躯よりも一回りも広い。生える木は後ろに、前にある木は失われ、道は拓けるばかり。

 繁る木立を突き破り、外界の光が私達に射し込める。

 その光へ突き進んだ《慣れ足》が、役目は終えたとばかりにふっと消えた。

 ユウが木々の途切れた先に足を踏み出して。

 目の前に立っていた人形が振りかぶった剣に斬り付けられた。

「ぎっ!?」

 ユウが額から血を流し、地面に倒れる。

 森を出た其処には、フリルを何重にも重ねた動きにくそうなゴシックドレスを着こんだ人間大のビスクドールが三体、生気のない整った顔立ちを此方に向けている。手にはそれぞれ、剣を、戦斧を、鎚を握っている。

[なにこいつら?]

[魔女の手下?]

 違う。この人形達は、魔女の物ではない。むしろ、魔女を狙ってきた侵略者だ。

 なんて、間の悪い話だ。

 ユウは叫ぶ余裕もないのか、また振り上げられた剣を転がって避ける。

 あれだけ予備動作が大仰なら、ユウは高いSENで動きを見極められる。

 二度、三度と無様に土まみれになって避け続けるユウに焦れたのか、人形は剣を棄てた。

 腕を伸ばし、逃げるユウのローブの弛みを掴んで引き寄せて、その無抵抗の体を殴った。

 腹を殴られたユウが唾液と息を飛ばす。HPがその拳一つで赤に達した。

 人形が止めとばかりに拳を振り上げ、ユウが目を閉じ。

「わたくしの恋人に何をしているの、この木偶」

 魔女が握力だけで人形の腕を捻り潰した。

「ニ、クェ」

「ええ、貴女の恋人が助けに来たわ」

 魔女はユウに乗り掛かっていた人形を投げ棄て、迫っていた他の二体にぶつけた。

 ユウを抱き上げ、優雅とも言える動きで後ろに跳び、ふわりとローブの裾を膨らませて距離を取った。

「わたくしより先に、遥に乗り掛かって拳を振るうなんて、なんて羨ましいことを」

[オイ、魔女]

[オイ、キチガイ]

[オイ、ヤンデレ]

 人形が現れてから息を飲んだように押し黙っていたコメントがまた流れ始める。現金な奴等だ。

「すぐに治してあげるわ」

 魔女はユウの腹を擦り、血を溢れさせる額の傷に唇で触れて吸った。

 魔法のように、秒も掛けずにユウの傷が消えて、HPが全快した。

「ありがとう」

 ユウは湿った声で礼を告げた。余程怖かったのだろう。

 仮想を実相と同じく認識するユウが、あの暴行で死の恐怖を目の当たりにしたとしても、不思議ではない。

 魔女はユウを強く抱き締め、髪を梳くように指を絡めて撫でる。

「わたくしが来たからもう平気よ、遥」

 魔女は徐に腕を真っ直ぐ伸ばし、人指し指と親指を直角に立てる。子供が銃の真似をするあの手の形を作ったのだ。

「それから、わたくしが遥を愛でてるのだから、控えなさい」

 魔女が銃を撃つ仕草をすると、指から放たれた衝撃が近付いていた人形の頭を吹き飛ばした。フィンの一撃と呼ばれる呪いだ。

 通常なら体調を崩させる程度を効果とするその呪いが、物理的に殺傷力を持つのは到底信じられないが。

 魔女はユウを抱きすくめて、深くその香りを吸い込んでから離した。

「うん、これで八分間離れてた分の遥成分が補充されたわ」

[ひどい依存だ]

[最早中毒じゃねえか]

[もう二人で幸せになれよ]

 魔女が髪を掻き上げ、何処からともなく出した指揮棒程の長さの杖を手の中で回す。

 その魔力を感じて、三体の人形がたじろいだ。

 魔女がニヤリと歪みきった笑みを浮かべる。

「焼き葬ってあげる」

 人形が燃えた。煌々と火が焚かれ、もうもうと煙が昇る。紅蓮は躍り狂い、ばらばらの松明は焼かれる衝撃と熱気でふらつき、やがて一つとなって、空も染める程に膨れ上がる。

 暴れ回る炎の舌は、しかし人形以外には何も焼かず、足下の草も瑞々しい。しかし、人形と縁する者はそうはいかない。

 揺れる炎が時折、不自然にその一部を失っていく。いや、この表現は正確ではない。その一部を別の場所へ送っているのだ。

 そう、この人形達の主の体を焼き焦がし、肺を炙って苦しめるために。

 かつて七つの国を一晩で焼き滅ぼした禁忌の火焔を、今は唯一人への愛のために、唯一人の敵を焼き葬るために焚いている。

 たっぷりと時間を掛けて人形と主を揮発させた炎は、その存在が幻だったと嘯くように消え去り、熱の一つも残さなかった。

「ほら遥。外は危ないのだから、家へ帰りましょう」

 自分の起こした惨劇も何処吹く風と、振り返った魔女はふわりと笑う。

「うぅー」

 ユウは反論も出来ずに、現実と感情の板挟みになって唸っている。

 魔女もその態度には手を焼くのか、溜め息を吐いた。

「もう、聞き分けのない子ね」

 魔女が呟くと同時に、私の視界が崩れ落ちた。足に力が入らない。

「かしこ!?」

「何、を、した……?」

 アヴァターの心拍数が落ち、制御が効かなくなった。意識だけ保って、神経を体から切り離された感じがする。

「いい加減、邪魔されたくないのよ。遥の初めてはみんな欲しいわ。愛も唇も、それから死も」

 本気で何を言っているのだ、この魔女は。

 魔女はユウの体を引き寄せ、腋に手を差し込んで持ち上げる。

「ふ、あっ?」

 ユウが地面から離れた足をばたつかせた。

 ユウが体を揺するのなど、何の抵抗ともせずに、魔女は彼女をお尻から地面に降ろして、そのまましなだれ掛かる。

 魔女の両手がユウ体を伝い、肩から鎖骨を撫でて、首に行き着いた。

 じわりと力が込められる。

「かはっ!?」

 ユウの喉から空気が押し出された。

 やばい、やばいやばいやばい。くそ、体が動かない。データから魔女の動きを止めようにも、相手の干渉が強くて弾かれる。

[マジかよ、見てらんねぇ]

[店主様ぁ……]

[あ、これデスペナるか?]

 ユウが空気を求めて浅く呼吸するのを、魔女が唇で何度も塞ぐ。

「貴女達は死んでもまた甦るものね。一度死んで素直になってくれるかしら? なってくれないかしら」

 魔女は自分本意な譫言を繰り返す。

 さも、自分は何でも叶えられると告げるように。

「何度でもわたくしの所へ喚んであげる。ただの一度だって他人の元へやるものですか」

 愛しい。寂しい。狂おしい。欲しい。足りない。

 魔女は感情をそのまま掌と言葉を通して、ユウに注ぎ込む。

 ユウは魔女の想いに呑み込まれて、ぽろぽろと泣いた。

「た、すけ」

 ユウが懇願する。願い望み求める。救いを。

「ニクェ…………た、けて」

 祈りは向かう。ユウが拠り所とするものへ。

「たす……おねが……《眞森》、にぃ……ちゃん」

〔〈アート・プレイ・タイプ:造語〉が17レベルになりました〕

 魔女が目を見開いた。

 ユウの顔に血が滴り落ちる。

 血は刀の切っ先から零れ、その血は魔女の胸を源にしている。

 魔女が瞳を閉じて、それから後ろを振り返った。

 そこにはユウに似た顔立ちの、しかし著しく大人びた顔の造りを無感情に固めた者がいた。それが手にした刀が魔女の致命を貫いている。

 魔女が緊張を緩めて、素の微笑みを浮かべた。春の芽吹きを想わせる柔らかな表情だ。

「ありがとう」

 魔女がそう言うと、背中から突き刺した刃ごと、《眞森》の未言巫女は光の揺らぎと消えた。

「ニクェ……」

 それまで信じられないと息を止めていたユウが、魔女の名を呼んだ。

 魔女はユウの頬に乾き始めた自分の血を啄んで拭う。

「遥、愛しているわ。これで、わたくしはわたくしの全てを貴女に捧げられる。命も祈りも亡骸も役割も。家も好きに使いなさい」

 魔女は段々と力を失い、ユウに身を委ねる。

 ユウは魔女を抱きすくめて、駄々を捏ねるように壊れそうな程、首を振っている。

 魔女がユウの首に手を寄せて、動きを止めさせた。腕を震わせながら、ユウの耳に口を持っていく。

「わたくしを、受け取って。ねぇ、遥」

 和聲は今にも消えそうで。

 ユウは魔女の耳に口付けして、和聲を返す。

《なきひとは

 まづはこゑよりゆくなると

 みみにやどりしにこゑきゆまじ》

 大切な人を失った時に最初に忘れるのは声だという。

 なら逆を言えば、声を耳に遺す限りは、その人を忘れないのだろうか。

 願いは忘却を越えるのか。

 その疑問を、ユウは成り行きに任せはしない。

 願いを誓い、叶えると決意する。

 魔女は満面の笑みで、ユウの中へ染み込んでいき、亡骸は一本の箒となった。

〔〈アート・プレイ・タイプ:造語〉が20レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:未言〉を10レベルで取得しました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:短歌〉が10レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:鎮魂〉を1レベルで取得しました〕

〔《ブレス:にこゑ》が《魔女ニクェ》から与えれました〕

〔《バーサス・プレイ・タイプ:魔女》を1レベルで取得しました〕

〔【種族】が【魔女】に変更されました〕

〔〈スキル:魔女術〉を取得しました〕

〔〈スキル:魔女の瞳〉を取得しました〕

〔〈スキル:領域支配〉を取得しました〕

〔《レリック:異端魔箒ニクェ》を取得しました〕

〔『魔女の家』がホームと認定されました〕

 システムメッセージを聞き流して、ユウは魔女の亡骸である楡の柄を持つ箒を抱き締めて、呆然としている。

「ユウ……」

「かしこ、つかれた」

 ユウの名を呼んで返ってきたのは生気のない声だった。

 いたたまれない。

「それなら、家に帰って寝たらどうだろう?」

 ユウを少しでも休ませないといけない。

 ユウの虚ろな目が私を見詰めた。

「帰る、家……」

 ふらふらとユウは立ち上がり、歩き始める。

 眞森にも遮られず。慣れ足のままに歩み。

 着いたのは、魔女の家。ユウの握る箒が、独りでに扉を開ければ、家は今の主を招き入れる。

 ユウは家に一歩踏み入れると、立ち止まった。

「ただいま」

 ユウが自然に和聲を紡ぐ。風がカーテンを鳴らした。

 ユウはそのまま自然な足取りで家の奥にあった寝室へ入る。

 その中のベッドへ、ユウは箒を抱き締めながら沈んだ。

 うとうとと、ユウは舟を漕ぐ。

「おやすみ」

 それが誰に向けた言葉なのか、問う気はない。

「おやすみ、ユウ」

 けれど、その言葉は一区切りには丁度いい。

 ユウが寝息を溢すのを待って、私は配信を終了させた。


ファーストプレイ エンド

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