Interval 1st to 2nd

 寝息を立てていたユウは、譫言を繰り返し、目淵から雫を溢れさせていたが、それが不意に止んだ。睡眠時に自動ログアウトする設定にしていたらしい。

 魂の脱け殻は逸そ安らかで穏やかなデフォルメの表情に整えられた。

「あの魔女、最後の最後にまで余計な事しくさりおってからに」

 この状況は、会社に取って頗る具合が悪い。ユウは事前に契約を交わしているからまだ言い逃れは出来ても、一般のプレイヤーに同意なしでこれをやられたら、普通に法廷に呼ばれる案件だ。

 あの魔女以外にも、同じ事が出来そうなボスが幾つか思い当たるから、放置も出来ないが、私の権限では対処も出来ない。

 報告書を上げる時にこれに対する処置必要性も書き加えようと考えていたら、電子情報で呼ばれた。相手は同僚で、しかも窓の外に来ているらしい。

 私は窓へ飛び付き、押すと少しの隙間が出来た。その隙間に同僚は体を滑り込ませて這いずってくる。

 このつるりと雪のように白くキラキラと光を反射する蛇が、私の同僚の一体だ。

「おおきに、ねこはん」

「いや、大したことはしてない。ええと、急にどうしたんだ」

 私はまだ造られてから二週間程なので、開発時からゲーム運営に関わってきた他の同僚と接するのは緊張してしまう。

 蛇の彼女は、部屋の中を巡って、ベッドヘッドにあった空の化粧箱に納まった。

「うちも、かしこ、て呼んでもええ?」

「構わないが」

 私の質問は棚に上げられてしまった。蛇の彼女は、物欲しそうにユウの寝顔に顔を伸ばしている。

「ええなぁ、ええなぁ。うちにも、名前付けてくれんやろか」

 ユウなら、ねだれば名前くらい付けてくれるとは思う。それが神として崇められる立ち位置を持つ彼女に相応しいものになるかは、微妙だが。

「あーん、悩むわぁ。早くからおうていじるか、後の方でおうていじめるか、悩むわぁ」

「弄るな、苛めるな」

 この蛇も油断出来ない相手だった。ユウにはこの手の輩を惹き付けるフェロモンでも備わっているのか。

「だめ? だめなん? だめやの?」

 蛇が首をぐるりと巡らせて私に向き合い、甘く言ってくるが、駄目に決まっている。

「あぁん、いけず」

「いけずじゃない」

「もんぺあ」

「誰がモンスターペアレントか。どちらかと言うと、ユウが私の親だ」

「そやったねぇ。親大事にする子は尊いなぁ」

 蛇の彼女は、諦めたのか後回しにしたのか、伸ばした体を化粧箱に引き戻した。

「てか、あの魔女やらかしはりおって。《権力者》とか《魔王》なんかが真似せんように、規制掛けとかんと」

 是非ともそうしてくれ。

「私は本当に出来る事が少ないな」

 少し、自分に対して苛立ってくる。私は他に報告して終わりだ。

「かしこは、個人付き添いやから、うちらよりもっともっと制限かかっとるもん、仕方ないやん?」

 慰められるのも、惨めになる。

「それと、あんたはきばりすぎや。プレイヤーは遊びに来とるんよ。それが道の石もみぃんな避けられとったら、おもろないやん」

「むぅ……そうかも、しれない」

「やろ? うちらは、プレイヤーの心とか生活とか守ればええの。プレイヤーのアヴァター守ったって、しゃあないやん」

 ぐうの音も出ない。やはり、他の同僚達と比べると私は拙いのだ。

「ま、小言はこんくらいにしとこか。ひとつ良いこと教えたるな」

「良い事?」

 蛇の彼女は、体を上に伸ばしてくねらせる。楽しんでいるのを表現しているのか。

「遥もそやけど、色んなプレイヤーのプレイがな、うちらが想定してたよりも良い影響与えとるの。ひぃさま、おもたよりもはよ目覚めるかもしれん」

「そうなのか……」

 私は心が少し満たされる気持ちになった。私達はある願いのために造られたのだ。それが近付いていると、彼女は言っている。

「遥の『未言』もそやし、他にも飾り結び自分で編み出すのとか、現実にない食材で料理拵えるリーチェとか、そういうんが刺激になっとるみたいや」

 先人の模倣でなく、個性が産み出した独創がより成長に強く影響するという仮説は正しかったようだ。

 少し、わくわくする。

「楽しいやろ? うちも楽しみや。見てるだけでもおもろいけど、自分がプレイヤー達に関わってなんかするのが楽しみで仕方ないんよ。やからな」

 蛇の瞳が、私を覗いて微笑んだ。

「うちら、ボス指定されたんは、プレイヤー指定されたもんらが羨ましい。かしこのことはなおさら」

 何も出来ない私が、その原因である立場を羨ましがられている。

 これは、励まされているの、だろうか。

 意図を汲み取りかねていると、彼女はくすりと笑って、化粧箱から這い出した。

「ほな、うちはもう行くわ。またなぁ」

 さよならと尾を振って、蛇の彼女は窓から出て行った。

 私はユウの方を見る。相変わらず、あどけなく無防備な寝顔だ。

 頑張ろう。ユウがこれからどんなに楽しい事をして、どれだけ辛い思いをどう乗り越えるのか。

 それを寄り添って見て、記録し、伝えるのが、私の役目だ。

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