地下世界の狙撃手
望永 明
2017年6月:夜21時過ぎ
「アングラって、知ってるすか?」
県庁通りにある勤め先から歩いて十分のコンビニ・イレブンナイン県庁通店。
夜食の買い出しに訪れた
馴染みの若いソフモヒ店員の顔がにじり寄る。
「大学の先輩が言ってたんすよ。ゲームの世界にリアルログインして大金稼ぐ闇のゲームだそっす。怖いっすね。自分が実際にゲームの中入って?魔物狩りするんすよ。ヤバくねすか?ティラノ猟るって」
「ゲームプレイするだけでお金になるなら最高じゃない?」
「そうなるっすよね?でも先輩超マジに言うんすよ。アングラは現実だって。舐めたら死ぬからって。ログインすると、毎晩午前零時に世界がフィールドに変わって、そしたら獲物握って街歩いてティラノ猟るんだそっす。俺マジ強いハンターだとかフカシてるす」
マジっすかねー、と彼がぼやくとタイミング良くチーン、とレンジが加熱終了をお知らせした。
「でも確かに先輩羽振りよくなって奢られまくり。だから俺も招待してほしいっつったら、まだ早いって。三十路からしかログイン出来ないらしんすよ。レトロゲーなんすかねー」
「いや、現実的に考えて実弾でやるサバゲーとかじゃないの?賞金賭けたバトロワみたいな」
「あーなるほど。ティラノは隠語?みたいな」
はーマジだるいっすわ、と溜息混じりのアツアツ弁当を受け取る。
「先輩三十代?」
「バイク屋す。よそじ?」
「四十か。僕より年上だ」
「幾つすか?」
「二十四」
俺二十歳っす、と店員は歯を見せて笑う。あざっしたー、と何となく親しみ感じる社交辞令を背に店を出ると、蒸し暑い湿気がまとわりつく。空は梅雨の曇天が夜空を塞いで忙しなく動く。雲の動きが見えるから、今日は晴れたら満月だったか。温い風を背に、会社へと来た道を戻る。
*
アングラは金に窮した貧乏人がすがりつく最後の都市伝説。
スマホ専用アプリ「アンダーグラウンド」をインストールすると現実と似て非なる別世界に転送され、そこにはMMOよろしくファンタジーの世界が広がり、自身が戦士となり地下世界に蔓延るモンスターを討伐するだけで金稼ぎが出来る。センスが良ければ一晩で何百何千万も稼げるとか。
ただしプレイヤーには条件がある。
三十歳以上である事。
例外は幾つかあるが、基本三十代以上を対象としたゲームであり、未成年は勿論二十代は対象外とされる。この点から「政府が意図的にワープアや低収入の三、四十代にアプリを使わせて淘汰しようとしてる」との陰謀論さえある。
そう、このゲームはプレイ中に「死ぬ」。
普通のゲームと違い、死のリスクがある。
生身で武器持って「自分自身」が闘うのだから当然とも言えるが。
噂の結末は大抵バッドエンドで、大金を得て浮かれたプレイヤーが現実でも地下世界でも破産し地下世界で死亡。地下世界の運営者にデータ化され死ぬ事も出来ないモブキャラにされるのだ。運営者も政府の秘密組織、イルミナティに
県庁通りから一本細道に入った勤務先の自社ビル四階を見上げると、静まった階下をよそに灯りがともる。時計は夜九時過ぎ。残業手当がつくだけマシ。エレベーターが無いため、裏口からカンカンと甲高い音をさせて申し訳程度の手すりがついたボロい非常階段をノロノロ上がっていると、尻ポケットのスマホが唐突に震えた。こんな時にと踊り場まで駆け上がるとスマホを引き抜く。
「何です?買い足しは無理ですよ」
粘る額の汗を拭うと、平たい画面の向こうで鼻先を鳴らすのが聞こえた。
『お使い頼んだ覚えは無いよ?』
「……なんだ、ゴンさんか」
直接連絡とは珍しい。画面の向こうで知り合いが溜息をつく。
『やあハッちゃん。今、外?』
「辛うじて」
『帰る途中?今どこら辺?』
「残業の買い出し帰りですよ。だからまだ市内。で、どしたんです?電話してくるとか」
『だってライムにメッセ入れたのに既読つかないから。これはいよいよ過労死したかと』
「冗談じゃないですよ、生きてる生きてる」
言いつつ、画面を切り替えると無料通話アプリの「ライムトーク」アイコンに赤い吹き出しがついている。マナーモードで気づかなかった。
「すみません、用件は」
『今日、出られる?』
オールになると思うけどと念押しされ、これまた逃げ辛くなる。
「五時上がりでも、いいですか」
『実に結構』
「待ち合わせは」
『駅前なら何処でも』
「承知。一時間前ログインします」
『お願いね。僕ぁ適当にインしてターミナル経由で駅に向かうから、十分くらい見といて』
よろしくね、と弾んだ声で通話が切れると、途端に身体が重くなった気がする。きっと梅雨の湿気のせいだ。そう割り切ってコンビニ袋を持ち上げ直すと階段を登った。
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