「凡才の僕は現代でも異世界でも安定した生活を希望します」
霧
第1話 面接
「次、園城寺龍日―」
教卓に立つ教師、飯島先生から名前を呼ばれ、僕は期末試験の答案を受け取る。
「よくやってるが、もう少し頑張ればトップ狙えるんじゃないか?」
飯島先生から定例の、おほめの言葉と同時のお説教。
「はい、もっと努力します」
僕、妙高高校三年B組園城寺龍日は頭を下げて謝罪し、その場を離れた。
申し訳なさそうな顔をして頭を下げれば、教師はそれで引き下がる。
(クラスで一ケタ台の成績とってるんだから、それでいいだろーがこの説教教師。それ以上なんて才能のない人間には無理だっての)
心の中でだけそう思う。本音は常に押し隠して、表情で感情を見破られないように頭を下げる。
勉強は嫌いだけど努力は怠ってはいない。そこそこの大学には行けるし推薦も狙えるレベルはキープしている。推薦と一般入試の両方を受けられるようにしておけば受験での失敗のリスクを減らせる。
勉強はつまらないけれどサボれば先生や親に怒られる。成績が悪ければいい学校に行って安定した職業に就けない。現代日本では一度レールを踏み外すと再び戻るのはほぼ不可能。ニートやフリーター、就職浪人した人の生活はブログやツイッタ―で色々と見ている。
あんな目に遭うのはごめんだ。だから中学校高大学就職と安定したそこそこの所へ行きたい。
頭が良いわけでもないから、部活や趣味の時間を削って勉強に充ててきた。今も人に自慢できる特技とか趣味がないし、友達もいない。前のクラスに同じような考えの友達が一人だけいたけれど、転校してしまってから連絡も取り合っていない。
でもそれで後悔していない。寂しい人生だとも思わない。安定した生活が送れるようになってから友達を作ればいいのだ。
僕は今日も、つまらない教科書を開きテストで間違った回答の見直しを始めた。
赤蜻蛉が涼しい秋の風に乗って、近くの田んぼからうちのグラウンドに飛んで来るのが見える。赤蜻蛉という名の通り、夕日に溶け込むように赤い。
西日が差し込む教室には、グラウンドで青春の汗を浪費する運動部員たちの景気のいい掛け声が聞こえてくる。
「この学校を選んだ理由は?」
教室で僕と飯島先生が向かい合わせに座っている。僕は前に机もないむき出しの椅子に座らせられ、飯島先生は机に資料やノートを置いてなにかを書き込んでいる。
うちの高校は推薦を受けさせる生徒を決定する前にこうして面接の練習をさせる。
面接の結果が芳しくなかったら、そこで推薦を受けられなくなることもあるため皆必死だ。僕が受ける予定の大学は推薦枠一人に対し二人の希望がある。つまり、一人は推薦の枠から外れるわけだ。気を使わせないためか、もう一人の顔と名前は知らされていない。
「この学校のカリキュラム、卒業生の方々の実績を見るにつけ、私自身の目標と合致していると思ったからです」
「最近、一番関心を持ったニュースは?」
「平和運動についてです」
僕の口から空虚な言葉の羅列がわき出る。
我ながらクサくて嫌な言葉だ。
飯島先生はそんな僕の返答を聞きながら、困ったように頭をポリポリと掻いた。
「園城寺、お前の面接態度からは形通りの言葉をそのまま繰り返しているという印象しか受けない。それでは面接で落とされるぞ」
面接の練習の際、決まって教師から言われる一言だ。こうして面接の練習を受けていても先生の反応は芳しくない。
推薦で合格しなくても一般入試があるが、せっかく猫を被って稼いできた平常点を無駄にすることは避けたい。
何のためにあんなつまらない授業に耐えてきたのかわからない。
「もう少しだけ、待っていただけないでしょうか」
僕の懇願に飯島先生は指を無精ひげの生えた顎にあて、考え込むような素振りを見せた。
「わかった。だがもうあまり時間がない。一般入試重視の勉強に切り替えた方がいいかも知れんぞ」
飯島先生が教室を出ていったのを見て、僕はいら立ちのあまり机を蹴飛ばした。
「くそ……」
机が派手に吹っ飛んで、音を立てて倒れる。僕は見られるとまずいので倒れた机を元の位置に戻そうとした。
すると、机の裏に何か複雑な模様が描かれているのに気がついた。
何か見たことのない文字、いやロシアのキリル文字とかラノベのルーン文字とかに似た文字でごちゃごちゃと書かれている。
「なんだこれ?」
落書きにしてはわざわざ机の裏に書くのがおかしい。そもそも机の裏はスチール製で、ペンでも書きにくいはずだ。気にはなったけれど、面接の方が気になって机を元通りにした。
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