第41話 科学部、神話を語る!

 本日、ご機嫌な二号は鼻歌など歌っている。


「珍しいですね、二号先輩が鼻歌なんて」

「そうね。さっきのメソサウルスがよっぽど嬉しかったんじゃないの?」


 珍しく海に潜った二号が、なんとなんとメソサウルスに遭遇したらしいのだ。小型の個体で50cm程度だったため捕獲しようとしたが、残念ながら逃げられてしまったようである。金太だったら確実に捕獲したと思われるが。


「ふんふ ふんふ ふ~ん♪ ふんふ ふんふ ふ~ん♪」

「二号先輩、それ、ホルストの組曲『惑星』すか?」

「よく知ってるねー。これは天王星だよー」


 ベッド用のプサロニウスの葉っぱを砂浜に広げながら、二号の上機嫌は止まらない。


「組曲『惑星』が作曲された当時って、まだ冥王星が発見されてなかったから『海王星』までしかないんすよね」

「そだねー。これが作曲されたのが1916年、冥王星が発見されたのが1930年だからねー」

「へー、金太がそっち詳しいとは思わなかったわ」

「ほら俺、神話マニアっすから」

「なんで神話と関係があるの?」

「惑星にはそれぞれ神話の神々の名がついてるんです。軌道速度の最も速い水星には『俊足の神メルクリウス』英語ではマーキュリーでしょうか」


 天文分野になると、俄然教授が生き生きしてくる。神話オタクの金太と会話が盛り上がるのはこの分野だけではなかろうか。


「金星は美の女神アフロディーテ、木星はゼウス、土星はクロノス、天王星がウラノスで海王星がポセイドンっすね」

「でもこれー、曲名は金星がヴィーナス、木星がジュピター、土星がサターン、海王星はネプチューンだよー?」


 不敵にニヤリと笑った金太、二号をそれはそれは嬉しそうに振り返って、すらすらと川の流れのように喋り出した。


「ローマ神話では金星はウェヌス、木星はユピテル、土星がサトゥルヌス、海王星がネプトゥーヌス、これが英語になったんすね」


 おお~っ、と三人の声が響く。金太がこんなふうに語るのは恐らく神話くらいのものであろうが、それでも彼らにはかなり新鮮である。


「それに大神ゼウスは色ボケジジイで、奥さんいるのに自分の姉ちゃんに手ぇ出して、嫁にしたんすよ」

「信じらんない、サイテー!」


 神様つかまえて『色ボケジジイ』呼ばわり。

 流石、紀貫之つかまえてネカマ呼ばわりした連中である。


「それだけじゃ飽き足らず、あちこちで可愛い姉ちゃん見つけちゃ片っ端から手ぇ出しまくって、ブチギレた嫁が……つっても姉だけど……愛人たちをいじめ倒して、もうドロドロの悲惨な状態すよ。ギリシャ神話考えた奴どうかしてるし」


 渡る世間は神ばかり……。


「だけど、なんとかしてゼウスと結び付けなければならない関係上、どうしてもゼウスをエロジジイにする必要があったのかもしれないっすよね」


 とは言っても、関係を持った女性(女神?)たちのうち、合意の上だった相手があまりにも少ない……なんてことはツッコまないでおこう。これは良い子の科学読み物であって、青少年の奔放な性生活を推奨するものではありません!


「エロはゼウスのパパの遺伝じゃないの?」

「ゼウスのパパは農耕神クロノスっすけど」

「じゃあ、隔世遺伝? ゼウスのグランパは?」

「ゼウスのグランパは天空神ウラノスっすけど」

「絶倫?」


 そういう言葉を花も恥じらう女子高生に口にして欲しくない。


「いや……でも、クロノスはママ・ガイアの言いつけでパパ・ウラノスを去勢してますね」

「え……去勢って?」

「鎌で男性器をザックリ」

「ぎゃああああ!」


 なぜか二号と教授が前を押さえて絶叫……リアルに想像しすぎだろう。


「当のクロノスは息子のゼウスに殺されてる。しかもウラノスはガイアの息子なんすけど、ママを嫁にしてるんすよ。そのママはと言えば、宇宙の混沌から一人で生まれたって……やっぱ、ギリシャ神話、めちゃくちゃっすよ」


 日本の神話の方がまだマシなのであろうか?


「日本はやめといた方がいいっす、『なんかもういろいろすいません』な世界っす」


 どんな世界なんだか……。


「とにかく、イザナギとイザナミがメチャクチャっす。天浮橋あめのうきはしに立って、混沌とした大地を天沼矛あめのぬぼこでかき混ぜるんすよ。そうすると矛からぽたぽた垂れた奴が積もって淤能碁呂島おのごろじまができたっつーんすよ。そこまではいい、まだいい」

「そんなこと言われたら続きが気になるじゃないのよ」

「俺が言うんすか?」


 他に誰が?


「イザナギが『なぁ、イザナミ。お前の体どーなっとんねん?』って訊くんすよ。そんでイザナミが『うち、できそこなったとこのあるとよ』って、そんでイザナギが『俺、成長しすぎてもーたとこあんねんけど、それお前のできそこなったとこに刺して国を生もう思うねん。どや?』って言う訳っすよ」

「それ、地味にセッ――」

「あーあーあー姐御ー、これは良い子の科学読み物だからねー」

「それ以前にこの二人、兄妹っすよ」

「それって地味に近親――」

「あーあーあー姐御ー、これは良い子の科学読み物だからねー」

「それより、成長しすぎたところをできそこなったところに刺そうって発想がどうして出てくんのよ。それこそ鎌でチョン切ってできそこないのところに付けたらいいじゃない」

「姐御先輩、想像するだけで痛いので鎌はやめてください」

「つーかイザナギもイザナミも、あんたたちの生殖活動でなんで国土ができるんだよ。それおかしいだろ。イザナミも『うん、うちもそいが良かち思う』って納得しちゃうんすよ。おかしいよ、この人たち」


 てか、何故イザナギが関西弁でイザナミが九州弁なんだよ?


「それ、本当にそんなこと言ったの?」

「於是問其妹伊邪那美命曰。汝身者如何成。答曰吾身者成成不成合處一處在。爾伊邪那岐命詔。我身者。成成而成餘處一處在。故以此吾身成餘處。刺塞汝身不成合處而。以爲生成國土生奈何。伊邪那美命答曰然善。by古事記!」

「…………」


 思いの外、神話の世界はカオスであった。

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