第35話 科学部、目覚める!

 本日は快晴である。ここぞとばかりに金太と教授が海へ向かい、姐御が魚を三枚におろし、二号が干していく。素晴らしいチームプレイだ。


「せんぱーい、また捕ってきたっすよー」


 波打ち際の岩場で魚を捌いていた姐御のところに金太がやってくると、ちょうどいいタイミングで干し終えた二号も次を取りに来る。


「おかえりー。随分大漁だねー」

「教授がなんか目覚めちゃってヤバいんすよ」

「目覚めた?」


 そこへ……銛を片手に握った教授が、肩から海藻を下げてユラリと姿を現した。

 その瞬間、その場の空気が一瞬にして凍り付くような凄まじい殺気に包まれる。


「ですから、僕をヤバい人みたいに書くのやめてくださいって」

「で、何に目覚めたの?」

「銛打ち漁です」


 言い方が爽やかな分、その笑顔が黒くて怖い。


「先程、下顎がグルグルしたような変なサメが居ましてね……ふふふ……いやぁ、あれは仕留めたかったなぁ……ふふふ」


 裏社会的な暗殺者アサシンじゃなくて、ブッシュクラフター的仕事人ヒットマンだったのであろうか。まあ、その方が似合っているからいいか。裏社会は二号に任せておこう。


「ちょっと待ったー! 下顎がグルグルしたよーなサメって言ったー?」

「はい。とても人をコケにしたような容姿でした」

「二号! それ、まさかと思うけど、ヘリコプリオンじゃないの?」

「他に何がいるんだよー、ヘリコプリオンだよー! いいないいなー」

「なんすかそれ?」


 解説しよう。ヘリコプリオンとは古生代石炭紀後期から中生代三畳紀前期まで生息していた軟骨魚類(サメの仲間)で、円盤型電動のこぎりを彷彿とさせる螺旋状に巻いた歯を持つ、ちょっと変なスタイルの魚である。

 見た目は獰猛なサメではあるが、その凶暴な歯が……グルグルしてるもんだから、ほら、なんかちょっと……ぷっ、クスクス。


「ちょっと解説君、笑ってないで仕事しなさいよ」


 新しい歯が生え続け、古い歯は抜けることなくそのまま後ろに追い遣られ、そのうちに巻き込んでグルグル……ぷっ。


「教授、そんなの追っかけちゃダメよ? サメなんだからね! 4mくらいになるんだから、見つけたらすぐに逃げるのよ? こないだのヒボドゥスとは比べ物にならないくらいヤバいんだからね?」


 刃渡り23cmのサバイバルナイフを片手に血まみれで言われても、説得力に欠けるというものだ。


「で、どうだったの? 何か捕れた?」

「いえ、僕は銛打ち漁には向いていないようです。金太が初めてとは思えない華麗な銛捌きで次々に仕留めてくれたので、僕は海藻の方を」


 どうやら教授の水中の機動力にはあまり期待できないようである。その代わりと言うべきかなんと言うべきか、金太は予想以上の働きをしてくれたようだ。


「これ、すっげー良かったっすよ。今まで手掴みだったから逃げられることが多かったんすけど、これだと離れたところからでも狙えるんすよ」


 今まで泳いでいる魚を手掴みで捕っていたのか金太!


「僕が近寄ると逃げられるんだが、何故なんだろうな」

「ガンガン殺気を漲らせて嬉しそうに近づかれたら、魚でなくても逃げるだろ」

「やっぱ、教授は殺し屋には向いてないわね」

「そだねー、死体を捌く手際は素晴らしいんだけどねー」

「ヒボドゥスの時もおとなしく食われそうだったしね」


 つまるところ、やはり教授は狩りには向いていないようだ。アンモナイトと海藻の担当で落ち着きそうである。


「ところでー、ヘリコプリオンどの辺りに居たー?」

「今日は少し沖まで行ってみようかって、どれくらい行ったっけ?」


 教授と金太が沖の方に視線を戻す。だからと言って水平線以外何もないのだが。


「50mくらいだったと思います。結構深くなってまして、そこにグルグルしたのが居ましたね」

「そこで教授が『あれを仕留めよう』とか言い出して、バカ言ってんじゃねーよって、急いで引っ張って逃げて来たんすよ。30mくらいは浅瀬が続いてたんで、あのグルグルザメも来れないっすよ」

「そういえば沖の方からこちらを見たときに、シダ原生林の奥に山が見えましたよ。何も生えていなかったんで、岩肌が見えてました」

「え……」


 教授が持ってきた海藻を洗いながらお喋りをしていた二号が固まった。


「それはー。何色だったかなー?」

「黒ですね」


 二号、誰に言うでもなく、ぼそぼそと何かを呟き始めた。


「玄武岩質……シベリアトラップの噴出にはまだ早いねー……今からちょこちょこあっても不思議じゃないかねー……しかしあれだねー、黒いっていうのは割と最近てことだねー」

「ちょっと、二号?」

「あー、いやいや、大丈夫だよー。早く現代に帰ろうねー」


 それだけ言うと彼は海藻を干しに行ってしまった。

 残された三人は不気味なものを感じつつ、それ以上は敢えて口に出さずにそれぞれの仕事を始めた。

 一通り魚を捌いて全部干し終わると、二号が思いがけないことを言いだした。


「オイラちょっと、山、行って来るー」

「芝刈りっすか?」

「ちょっと二号、一人で行く気?」

「ダメですよ二号先輩、森の奥は危険です。僕も一緒に行きます」

「教授じゃ頼りにならんだろ、俺が行きますよ」

「いっそみんなで行かない? 何か珍しい生き物を発見できるかもしれないし。教授のスマホ持って行こうよ」

「いいですね、そうしましょう」

「うーん……じゃあさー、こうしようかー」


 二号がいつにも増して慎重に何かを考えているようだ。小学生でもこんな顔をすると、ちょっとカッコよく見えたりする。


「コロスよー」

「どうしてもツッコミたいんですね、わかります」

「まず、教授は謎リュックと時計、装着してー」

「了解です。方位磁針が必要なんですね」


 教授がリュックを背負い、時計を装着したのを確認すると、今度は彼の作った銛を持たせる。


「これも持ってねー」

「何に使うんですか?」

「何が出るかわかんないからねー。ディメトロドンとかエリオプスが出てきたら困っちゃうからねー」

「エリオプスって姐御先輩に噛みついた奴っすね」

「それねー。じゃあ、教授はそれで身を守りつつー、撮影と荷物持ちよろしくねー」

「了解しました」

「金太は姐御の事任せたよー」

「おっけーっす!」

「姐御は無理しないでねー」

「いーえ、先日の落とし前はきちんとつけて貰うわ。あの潰れカバエリオプス、ただじゃおかないんだから」

「オイラ一人だったら余裕だと思うんだけどー、ー、各自周りに気を配ってねー」

「え?」

「じゃー、しゅっぱーつ」


 微妙に謎発言の多い二号を先頭に、四人はシダ原生林に入って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る