第34話 科学部、触媒を理解する!
「金太がどうしてもと言うなら仕方ないな、説明するか」
だから教授、三人がかりで断った筈なんだが。
「何か言ったか、作者?」
あ、いえ、何も。ガクブルガクブル。
「式で書くとこうなる」
教授はプサロニウスの枝で、砂浜に大きく『2H₂O₂→2H₂O+O₂』と書いた。何やら非常に満足げに頷いている。
そこに金太が「あれ?」と割り込む。
「2H₂O₂=2H₂O+₂じゃん。Oどっから出てきたんだよ」
「イコールで結ぶな。右矢印にしろ」
「何が違うんだよ」
「左辺と右辺が等しいことを表しているわけじゃなくて、変化を表してるんだ。先週習っただろうが、授業聞いてなかったな?」
「聞いてたよ!」
聞いていたが理解できなかったのだ。そこをあまり突っ込むのは気の毒だろう。
「矢印の左側、2H₂O₂というのは過酸化水素H₂O₂が2つあるという意味だ。右側2H₂O+O₂というのは水H₂Oが2つと酸素O₂が1つあるという意味だ。つまり、2つの過酸化水素H₂O₂が2つの水H₂Oと1つの酸素O₂に変化することを表している」
「このO₂の小っちゃい2ってなんなんだ?」
「酸素原子が2つで酸素分子ができているという事だ。因みに3つになるとオゾン分子になる」
ますますわからなくなったというオーラを放ちながら、金太が頷く。わからないなら頷くな。
「では2H₂O₂→2H₂O+O₂を説明しよう。この絵を見てくれ」
プサロニウスの枝、今日も大活躍である。だが、彼が張り切っている時は解説君の出番は皆無である。ちょっと寂しい。
「これがH₂O₂だ」と言いながら『H-O-O-H』と書いている。
「そしてH₂O₂が2つで2H₂O₂」と言いながらもう一つ『H-O-O-H』を並べる。
「この『H-O-O-H』から『O』を取る。さあ、何になる?」
「H₂O、水だな!」
二号と姐御から拍手が贈られる。だが、この程度は小学生でも知っている。……という事は今は黙っておくことにしよう。
「さあ、今二つの『H-O-O-H』からそれぞれ『O』を取って『H-O-H』『H-O-H』『O』『O』になったな。つまり水分子H₂Oが2つと、酸素原子Oが2つだ。ところが酸素君は一人では安定しない、寂しがり屋だ。だから二人がくっついて酸素分子O₂になる。結果としてH₂Oが2つとO₂が1つ。2H₂O₂が2H₂O+O₂になっただろう?」
「おおおおお~! すげえ! 手品みたいだ~!」
いや、そのまんまである。
「これが最初に言った過酸化水素が水と酸素になる反応の事だ」
「で、二酸化マンガンはどこ行ったんだよ?」
姐御と二号の顔色が一瞬にして変わる。
「またそうやって教授のスイッチ入れるし~」
「余計なこと言うんじゃないわよ、このチョウセンメクラチビゴミムシは」
「姐御先輩、なんだか差別用語のオンパレードになってますが」
解説しよう。チョウセンメクラチビゴミムシとは、節足動物門昆虫綱鞘翅目オサムシ科チョウセンメクラチビゴミムシ属の総称である。以上!
「だって二酸化マンガンがあるからその反応が促進されるって言ったじゃないすか。それなのに二酸化マンガン出てこないし」
「ふふふふはははははは……」
教授の目がターゲットをロックオンしたかのようなそれになっている。ヤバい、ヤバすぎる。やっぱりコイツ裏稼業(以下略)
「ついて来いよ、金太」
とだけ言うと、眼鏡をクイっと上げて、怒涛の勢いで化学反応式を書き始めた。いやこれはイオン反応式、待て、半反応式か! 作者にはわからない!
一つだけはっきりしていることは、教授が生き生きとしていることだ!
文系の読者の皆さんはここら辺で本を閉じるに違いない。
「二酸化マンガンMnO₂、入れてやるからな」
①MnO₂+4H⁺+2e⁻→Mn²⁺+2H₂O
②H₂O₂→O₂+2H⁺+2e⁻
③H₂O₂+2H⁺+2e⁻→2H₂O
「この①と③は還元反応式、②は酸化反応式だ。今は一旦③は置いておこう。まずは①と②を合わせる。そうするとこうなる」
①+② MnO₂+H₂O₂+4H⁺+2e⁻→Mn²⁺+2H₂O+O₂+2H⁺+2e⁻
「両辺の2H⁺+2e⁻をまとめる」
MnO₂+H₂O₂+2H⁺→Mn²⁺+2H₂O+O₂
「左辺の2H⁺が邪魔なので2OH⁻を両辺につけて2H₂Oを作ってしまおう。そのついでに右辺の2OH⁻は2O⁻+2H⁺+2e⁻にしてしまえばいい」
MnO₂+H₂O₂+2H₂O→Mn²⁺+2O⁻+2H⁺+2e⁻+2H₂O+O₂
「ここで右辺のMn²⁺2O⁻をMnO₂としてしまえばスッキリする」
MnO₂+H₂O₂+2H₂O→MnO₂+2H₂O+2H⁺+2e⁻+O₂
「ここに反応し損ねたH₂O₂を敗者復活戦に投入してやる。勿論両辺にだ」
MnO₂+H₂O₂+2H₂O+H₂O₂→MnO₂+2H₂O+2H⁺+2e⁻+H₂O₂+O₂
「ここで③のH₂O₂+2H⁺+2e⁻→2H₂Oを持って来る。これで右辺がスッキリする」
MnO₂+2H₂O+2H₂O₂→MnO₂+2H₂O+2H₂O+O₂
「ほら、両辺で消せるものが出て来るだろう? まずは2H₂O」
MnO₂+2H₂O₂→MnO₂+2H₂O+O₂
「そして触媒である二酸化マンガンMnO₂が消える」
2H₂O₂→2H₂O+O₂
「めでたしめでたし。これが触媒だ」
目をまん丸くしていた二号と姐御が、ワンテンポ遅れて「おお~っ」と感嘆の声を上げる。金太は……金太は、まあいいか。
「で、まだ何か僕が説明した方がいいことはありますか?」
今回の二号と姐御は素早かった。
「ありません!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます