第26話 科学部、交配に悩む!

 何日か晴れの日が続き、教授と金太がどんどん捕って来るアカントーデス類(簡単に言うと魚類)を姐御が次から次へと捌いて干している。

 偶に「寄生虫がいないわねぇ?」などと呟いているところから推測するに、捌くというよりは『解剖を楽しんでいる』といったところであろう。

 流石に先日の話で地球の自転を止めたり天気を自在に操るのは無理と考えたようである。それは極めて正しい選択であると言えよう。というか「それが可能である」と信じていた奴が愚かであるとしか言えないが。

 二号は焚きつけに使う乾燥した倒シダと枯葉を集めるのに余念がない。

 みんな生きるために必死なのである。とはいえ悲壮感は一切漂っておらず、寧ろ長期野外キャンプを楽しんでいる節もなくはない。

 二号の編んだ魚籠にたくさんの魚を入れた教授が、また砂浜に戻って来る。


「姐御先輩、今日は大漁ですよ。暫く食べ物には困らないかもしれません」

「そうね。塩もだいぶできて来たわよ」

「いいですね。あとで金太と硫酸カルシウムを除去しましょう」

「あれ? 金太は?」

「ああ、オウムガイが交尾していたので、今ガン見してますよ」

「えっ? オウムガイの交尾ですって!? なんで早く呼ばないのよっ!」


 言うが早いか、制服を脱ぎ捨てて……。


「いや、もう終わったようです」


 ……もう一度着直した。


「僕も見損ねたんですよ。金太はしっかり見て、現在余韻に浸っているようです」

「他人の性行為を覗くなんて、金太って悪趣味ね!」

「姐御先輩も見に行こうとしましたよね?」

「あたしは生殖活動を見学しようと思ったのよ」

「どう違うんですか」

「気持ちの持ち方よ」


 それは確かに言えている。金太が学術的要因によって何かを観察するという目的で見ているとは思えない。

 などと言っていると、当の金太が戻ってきた。


「どうだった? オウムガイの交尾」


 早くも興味津々の姐御、金太の到着を待ちきれずに魚とナイフを両手に波打ち際まで迎えに行く。


「なんか向かい合って足伸ばしてました」

「で?」

「ん~、足いっぱいあるじゃないすか? それでお互いに握手してるような感じで、訳わかんなかったっすね」

「あたし無料動画サービスで見たことあるのよね。でも実際見たこと無かったから、見たかったなー」

「あんまり大したことなかったっすよ? あ、でもアンモナイトの産卵っぽいのは見ました」

「えええええっ?」


 姐御と教授の叫びがペルム紀の海岸に響き渡る。

 それはそうであろう、そっちは絶対に動画で見ることはできない。何故なら……現代にアンモナイトいないし! 化石だし!


「最初、ウンコしてるのかと思ったんすけどね」

「せめて排泄と言え」

「あ、そうっすね、排泄ね。でもなんか小さい丸いのぶわーって」

「アンモナイトの卵は約0.5mmなのよ? それくらいだった?」

「あー、そうっすそうっす、それくらいのをすっげーたくさん。質より量みたいなノリで」

「まあ実際オウムガイが量より質なのに対してアンモナイトは質より量だったらしいものね。だからアンモナイトは絶滅してオウムガイは生き延びたのよ」

「マンボウも1億個ほどの卵を産むと聞きましたが?」

「あれは超チキンでビビりでヘタレで豆腐メンタルだから、驚いたくらいで死んじゃうのよ。だから大人になる確率がすっごい低いの。その分たくさん産むんでしょうね」


 酷い言われようである。何かマンボウに恨みでもあるのか。


「じゃあ、オウムガイとアンモナイトを交配するのはどう考えても無理っすね」

「無理に決まってんでしょ。文系と理系がお互いを理解できないのと一緒よ」


 全然違うような気がするが……。


「っていうか、交配しようとしてたの?」

「交配っていうか、養殖っすね」

「ゲロバトラクスはどうしたのよ?」

「全部脱走しちゃったんすよ」

「マジ?」


 どんな設備だったのやら。しかし、みんなの知らないところで家畜化計画は実行されていた事実に、地味に驚く姐御であったりする。


「でも俺、なんか交配してみたいんすよね。俺の趣味として」

「では手始めにヒトで交配してみるか?」

「えっ教授、こんな昼間っからみんなの見てる前で、いくらあたしでもそれはちょっと……」

「いえ、僕が攻めで金太が受け」

「なんでお前と俺が交配するんだよ」

「僕の個人的趣味だ」

「聞いてねえよ」

「というか精細胞だけで交配は無理だ、そこに気づけ」

「それ以前になんであたしじゃないのよ」


 どいつもこいつも何か間違っている。これは良い子のための『科学読本』なのに。


「ねー、海水煮詰まってるよー。硫酸カルシウム濾過した方がいいんじゃないのー?」

「流石二号先輩。着眼点が科学部部長ですね」

「いやー、そんなに褒められると照れるっすよ」

「あんたに言ったんじゃないわよ、このダイオウグソクムシ」

「いいと思うよー。金太も科学部員っぽくなってきたねー。観察大切ー、実験大切ー、交配大切ー」


 二号が居なければこの話はどうなっていたかわからない。実に頼りになる部長である。小っちゃいけど。


「コロスよー」

「それより先輩。やっぱしオウムガイとアンモナイトじゃ交配できないみたいに、なんつーか似たもの同士でないと交配ってできないんすかね?」

「そりゃそうだねー。異種格闘技戦みたいになるねー」

「ウミユリとサンゴならできそうじゃないすか?」

「あんた棘皮動物と刺胞動物が交配できるとでも思ってんの? 全然違う生き物よ?」

「交配してみたいなら、まず手始めに世代交代の速い昆虫類で試したらいいんでないかなー。プロトファスマなら10cm程度だから扱いやすいよー」

「どんなヤツすかそれ?」

「ゴキブリの先祖よ」

「俺はゴキブリ嫌いなんですっ!」


 なかなか人は見かけによらないものである。

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