第15話 科学部、水を汲む!

 食事が終わり休憩がてら装備の確認が終わると、「じゃ、働くかねー」という部長の一声の下、四人は一斉に働き始めた。


「じゃ、二号先輩、金太、ちょっと行ってきます」

「教授早くぅ!」

「はいはい」


 眼鏡を外した教授と籠を抱えた姐御が、パンツ一丁の後ろ姿で海に向かって行くのを、二号と金太は二人鼻血を流しながら見送る。


「ほんとに姐御、ブラ外してっちゃったねー」

「姐御先輩こっち向かないかな~」

「こっち向いたら即死するだろー」

「そうっすね」

「教授、ほんっとに女に興味無いんだねー」

「ありえないっす、健全な男子高校生にあるまじき態度っす!」

「さ、行きますかねー」

「ういーす」


 まずは水汲みである。例の水場は林に入って3分という素晴らしいロケーションである。これなら二号でも10ℓくらいは運べそうである。

 二人は水場までの道のりにごろごろと転がる枯れたシダの倒木(倒シダ)を少しずつどかし、道として機能するように調整しながら進む。あとで教授や姐御も水場に来やすいようにするためだ。ほぼ開墾作業である。なんとか道らしい道に仕上げ、ようやく水場に到着したところで今度は水汲み作業である。

 金太が水を汲んでいる間に、二号は植物分布の調査に余念がない。教授のノートに何やらぶつぶつ言いながら書き込んでいる。


「何か食料になるような植物があるといいんだけどねー。まだシダ類と裸子植物しかないしねー。コルダイテスの種子は食べられないもんかねー。シギラリアがあるなー。何かに使えないかなー。んー、あっちはレピドデンドロンかー。焚きつけにはプサロニウスの葉っぱが使えそうだなー。少し持ち帰るとしてー。あ、ロボクが使えるなー、あーこれは教授が喜ぶねー、うんうん」


 独り言を言いながら勝手に納得して勝手に満足している二号に、金太が愚痴を漏らす。


「先輩、このバカでかいトンボ、どうにかなんないすかねー。マジウザイんすけど」

「メガネウラ的には、オイラたちがウザイんでないかなー?」

「俺、虫とかあんまし好きじゃないんすよ。小っちゃいとき、カマキリが顔に飛んできたことがあって、ちょっとトラウマなんすよね」

「まだカマキリはいないよー」


 とは言え、水を汲んでいるすぐそばに、トンボとカゲロウを足して2で割ったようなのが止まっている。しかもデカい。40cmはありそうだ。


「これ、はねが6枚ありますね。昆虫って4枚じゃなかったっけ」

「ああ、これねー、パレオディクティオプテラつってねー、石炭紀からいた子だねー、覚えなくていいよー」

「なんでそんな長ったらしい名前、覚えられるんすか」

「徒然草の暗唱より簡単じゃん?」


 そういう問題ではない気がする。


「つれづれなるままにひくらしすずりにむかいて、こころにうつりゆくよしなしごとをそこはかとなくかきつくれば、あやしうこそものぐるおしけれ……とか言われても、オイラにはクトゥルフの召喚呪文にしか聞こえないんだなー」


 いや、似ても似つかない。そこは読者に変わって作者がツッコんでおこう。


「てか、ちゃんと暗唱できてんじゃないすか」


 学年トップとはそういう生き物なのである。


「……つーかですね、先輩、それ何すか……」


 振り返った金太が固まっている。


「ん? どれー?」

「そ、その、その太くて長くて立派な――」

「そんなに褒められると照れちゃうねー」

「ちゃうし! そのムカデみたいな!」

「んー? クトゥルフ召喚しちゃった?」


 二号のすぐ横を何か太くて長くて立派なものがズルズルと移動している。


「おっ? おおおっ? アースロプレウラ!」

「なんすかその名前、マジでクトゥルフかよ!」

「すげーすげーすげー! マジですかー! ヒャッハー! 金太、でかした! これ、食いたいかー?」

「食いたくないっす!」


 二号、尋常ではないはしゃぎっぷりである。


「じゃあ、眺めるだけにしよう、無駄な殺生はいけないねー! いやー、しかし、アースロプレウラに会えるなんて、ほんと生きてて良かったー。つーかあれだね、タイムワープしてほんと良かったわー。あっと、メモメモ!」


 当の太くて(以下略)は、まるで二人のことなど目に入らないかのように、ズルズルとどこかへ行ってしまった。


「幅50cm近くあったねー、長さは3mくらいだったかねー? いやー、でかかった。楽しいねー、ペルム紀は」


 ペルム紀を楽しんでいるのは恐らく二号だけと思われる。だが、これだけ嬉しそうにしているのだ、金太と言えどもそこはさすがにツッコミ難かろう。


「もう、また変なのに遭遇する前にとっとと戻りましょうよ~」

「いやいやいや、水汲みが終わったら金太にやって貰う事があるんだなー。はい、これ持って」


 二号はサバイバルナイフを金太に手渡すと、ニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る