番外編8 新たな太陽が昇る日に

番外編8-1 新たな歴史の始まる日

 空が清々しいほど綺麗に晴れている。まるで、テミンと海亞かいあの結婚式の時のように。それが嬉しくも悲しくもあった。時が過ぎるのは何とも早く、残酷なのだろう。


 あれは何年前のことになるだろう。今でも覚えてるのは、自分が巻き込まれた事の重大さ。そして叔父上が有色人種を差別し、父上を殺そうとした時にソニックを殺したこと。


 あの時の我は非力だった。一人で戦うことの出来ない、守られなければ何も出来ない子供だった。きっとあの騒動が無ければ、我は変わらぬままだった。


「おい、皇帝様。入るぞ」


 礼儀に則った三回のノック音がして、懐かしい友が部屋に入ってくる。銀色の目が、明るい金髪が、黒褐色の肌が、アルが来たことを示していた。


 昔より体つきがしっかりしている。顔に多少のシワが出るようになっても、昔ほど笑わなくなっても、我にとってアルはアル。苦楽を共にした戦友のようなものだ。


 月日が経っても、アルの中からアリシエもアルウィスも消えなかった。今もそう。この攻撃的な雰囲気と鋭い目つきは間違いなくアルウィスだ。今日も、アサシンブレードと三本の刀とメリケンサックを身につけている。


「どうした、皇帝様? 具合でも悪いか? 必要なら神威かむいを呼んでやるけど?」

「いや、大丈夫じゃ。ただ、少し昔を思い出して、のう。あの騒動から長い月日が経ったと思ったのじゃ」

「ん? あー、あれか。暁の屋敷も三階がぶっ壊れたもんな。あの時はさすがに心臓が止まるかと思ったぜ。よく全員生きてたよな」

「お主がいなかったら、我も虹牙こうがも、海亞もテミンも。爆弾でみんな死んでいたのう。あの時はアルが我を背負って飛び降りたんじゃったな」


 導火線に火のついた爆弾が倒れたテミンの前に転がって。でもリアンの部下だった者達は我を逃がさぬようにと動かなくて。そんな時に部屋に突っ込んできたのがアルだった。


 今思えば火事場の馬鹿力だったのじゃな。テミンを窓から投げ飛ばし、海亞には鉤縄を使わせ、虹牙こうがも鉤縄で下に避難させて。そんな中で我は、時間が無いと慌てたアルに背負われて窓から落下した。


 飛び降りた時の何とも言えぬ心臓が浮いた感覚。背中越しに急速に近付く地面。着地の時の振動も、爆発の音も、今でもハッキリと覚えておる。





 あの時からずっと、アルは我の傍におる。戦いの間は暁家の戦闘員として我を守ってくれた。戦いの後は我の護衛として宮殿まで来て仕えてくれた。アルといた時間はもう、人生の半分を越えている。


「あの時は俺が背負えるくらい小さかったし細かったよな。それが今じゃ、自分の身が守れる程度には戦える武芸者になっちまった」

「それを言ったらアルもじゃ。昔はそんなに老けておらんかった。それに、もう少し笑っておったぞ。アリシエなんて常にヘラヘラしておったのに」

「あれは何も知らなかったからだろ。記憶が無いのもあっただろうけど。今は、命の重さとか戦闘貴族なこととか、全部知っちまってるからな。昔みたいにヘラヘラしてたら逆におかしいっての」


 昔話をすればキリがない。我はあの日を境に鍛え、皇族でありながらも武人になった。アリシエはすっかり笑顔が減り、戦闘貴族当主として立派に務めておる。我はあと数年以内に、お主達が無念の死を遂げぬように戦闘員の仕組みの一部を変える。これを知ったらアルは、どう思うかのう。


なまりも無くなったからのう。アルの無自覚のシャニマ訛りは楽しかったというのに」

金牙きんがに特訓されたんだよ。虹牙と結婚するなら、標準語をマスターして、知識もきちんと学んで、暁家戦闘部門の当主をやれってさ。ひどくね?」

「互いに、大人になったんじゃな。昔はただの言い間違いだった『皇帝様』が、ついに本当になる日が来てしまった」


 そう、我は今日、ハベルト皇国の皇帝になる。昔は父上と勘違いして呼び始めた「皇帝様」の愛称が本当になる日が来てしまった。我は今日から皇帝として、この国をより良いものにしなければならぬ。


 父上の政治と、アルや神威かむいの尽力のおかげでやっと、有色人種がまともに生活出来る国になった。この流れを途切れさせてはならぬ。あの騒動の渦中にいた我だからこそ、出来ることがある。


 肌の色なんて関係ない。皆、同じ人なのじゃ。命の重さは皆平等であるべきじゃ。我はそう思う。


 恐ろしいのは、差別が「当たり前」になってしまうこと。差別が浸透して、差別することに疑問を持たなくなる。これが一番恐ろしいことじゃ。我はそのような国にはしたくない。





 コンコンコンと規則正しい三回のノック音がした。「入れ」と促すと、扉が開いて足音が二つ。アルから視線を逸らして確認すれば、そこにいたのは本日の我の護衛を担当する二人じゃった。


 リアンは今も昔もあまり変わらぬのう。動きにくそうに見える長めの赤髪をハーフアップでまとめてるのも、少し切れ長の赤い目も変わらぬ。変わったのは老けたことくらいじゃな。


 テミンの方は、誰に言われたのか逆立った金髪をオールバックにまとめておる。昔よりくまがマシになったが疲れて見える。きっと今日もまた、大好きな娘に酷いことを言われたのじゃな。思春期らしいから仕方ないのう。


「おー、お前らか。遅かったじゃねーか。つーかテミンは何でもう疲れきってんだよ」

「聞かなくてもわかるじゃん、そんなの。どーせ娘絡みだろ。大方、娘に嫌われたとかそんなところじゃん?」

「娘のいねぇリアンに何がわかんだよ。アルの所はどうだ? 娘に『近づくな』とか『話したくない』とか言われるか?」

「言わねーな。アイリスなら俺に武芸を習いたがってる。今日も軽く組手してきたんだよ」

「そういやアイリスちゃん、『神の眼』を受け継いだんだっけ。それじゃ少し違うのかも知れねぇな。ダン様の所はどうですか?」


 やはり、この三人は変わらぬ。相変わらず些細な日常会話で盛り上がる。三人の中にはもう、人種の違いは存在しない。それが、我にとっては凄く嬉しいことじゃ。


「テミン、俺のことすっかり忘れてるじゃん! たしかに俺のとこだけ男兄弟だけど。でも、話振ってくれてもいいじゃん?」

「じゃんじゃんうるせぇんだよ、リアンは。ってかお前さ、いい年して若者の服着んなよ。老いを自覚しやがれ。若作りしたって歳は変わんねぇんだからな」

「はぁ?」


 リアンとテミンが口喧嘩するのはいつものこと。最近じゃすっかり聞き慣れてしまった。こんな身内の話が出来るほど、平和な話が出来るほど、この国は変わった。


 昔は若かった我ですら今では子を持つ親になった。リアンとテミンはもう五十代に近い。昔ほど動けなくなったのは、それだけ月日を重ねたから。それが無性に悲しく思うのは何故だろう。

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