番外編1-2 奴隷船からの連絡
いつ連絡が来るか、金牙には待つことしか出来なかった。 金牙は皇帝に忠誠を誓う貴族、
「サガシモノ1ツ、ブジニミツケタ。コレヨリシュッタツノヨテイ。6ガツ8ニチ、ゴゼン10ジゴロ、ソチラニトウチャクヨテイ。トクベツニオマケノシナモヨウイシタ。トウジツ、ラクイアダイセイドウニ、コウショウニコラレヨ」
この電報が突然送られてきた。送信者は、とある奴隷密売業者に送り込んだ戦闘員。刀の扱いに長けた老人で、坊主頭と「カッカッカッ」という独特の笑い方が特徴だ。電報の内容もさすがと言える。
「サガシモノ」は「神の眼」を持つ武芸者。一見すると「物」の商売交渉のように見える文面は、実は武芸者を逃がす場所の予告。商人の端くれとして潜り込ませたため、これなら文を見られても疑われない。だが「オマケ」という表現が気になる。
「サガシモノ」は「神の眼」。つまり「オマケ」は「神の眼」を持たない、探し人ではない黒人だろう。このことから、「神の眼」を持つという黒人は一人しか見つけられず、それが皇帝の探している方かは不明。そして「神の眼」は「オマケ」と共に行動している。電報にはそのような意味が隠されていた。
(あいつのことだ。『オマケ』がなんであれ、必要ならなんとかするはずだ。本業は刀を扱う武芸者だからな。最悪、刀で鎖を切断してでも大聖堂まで連れてくるはずだ)
部下に対する信頼はある。もっとも、逃がした奴隷がラクイア大聖堂まで逃げられるかは本人達次第ではあるが。黒人は並の白人より身体能力が高い。だから、よほどのことがない限り大丈夫なはず。金牙はそう自分に思い込ませる。
「うれしそうですね。何かありましたか?」
電報を読んでいると金牙の横から声をかける者がいた。冷たい紅茶を盆に載せて持っている黄色い肌に銀髪の男性、
何が起きたかは口にするより見せた方が早い。そう判断した金牙は、すぐさま銀牙に電報を渡す。電報の文章を読んだ銀牙はすぐに察しがついたらしい。現時点の金牙の探し物は「神の眼」以外にはないからだろう。
「よかったですね」
「そんなわけで、忙しくなる。迎える準備をしないといけないからな」
「御意です。早速、手配を始めましょう」
奴隷船が港についた日に「神の眼」を持つ武芸者を迎えにいく。到着する時刻から迎えに行く時間を決めることが出来る。無事にラクイア大聖堂まで着けるかどうかは「神の眼」次第だが。
銀色の目は医学上、普通ならば有り得ない。故に銀色の目を持つことと「神の眼」を持つことは同等の意味を持つ。そしてその「神の眼」は今は二人しかいないとされている。だから、もしシャニマからの奴隷の中に銀色の目を持つ者がいればそれは間違いなく皇帝の探し人に関連しているはずだ。
「神の眼」の逸話はハベルトでも語られている。あらゆる速さを見切る、超人的な動体視力。一瞬で対象との距離を把握する、優れた深視力。一瞬で視界のほぼ全てを見極める、繊細な瞬間視力。その全てを持つ「最強の眼」と噂されている。
「お前は『神の眼』の存在を信じるか?」
「あの、最強の眼で知られる『神の眼』ですか?」
「そうだ。あと、敬語をやめろ」
「ご、ごめん。僕は信じま――信じる、よ。実際、『心の声を聞く』能力は実在したんだから。『神の眼』も同じようなものじゃないかな」
銀牙の言葉に金牙はハッと目を見開く。暁家の戦闘員の一人に変わり者がいた。その者は「人の心の声を聞く」という稀な能力を有しており、少し変わった容姿をしている。金牙はその能力を実際に見て初めて信じたのだが。
「会ってから試す。それもまた
「ええ」
結局金牙は「神の眼」が本当に存在するかを考えるのをやめた。信じられないなら、戦闘員にしてからその力を試せばいいと考えたのである。そもそも身体能力の優れた黒人の武芸者なら、「神の眼」の有無に関わらずと喉から手が出るほど欲しい。黒人の武芸者を正規のルートで手に入れることはそれほどまでに難しい。
来たるべき日に備えて、金牙は部下に指示を出して準備を始めた。まず、屋敷内に「神の眼」達の部屋を用意する。「オマケ」という表現が気になったから、念の為に二人分の部屋を用意することにした。
当日寝てもらう二人部屋。そして、それ以後過ごしてもらうことになる個室を二人分。使う予定の部屋を掃除し、備品の確認や状態の確認をする。ろくなもの食べてないはずだから、料理人には「胃の負担にならないメニューを頼む」とリクエストした。
当日はラクイア大聖堂まで馬車で迎えにいく。追手に追われていることも考え、地元の警察に応援を要請。ラクイア大聖堂付近で黒人を襲っている武芸者を捕らえるように指示しておいた。念の為に共に行動することも考えている。
「僕は必要なことを何か、忘れてないだろうか?」
「そうですね。……実力を見るための準備は、されましたか?」
戦闘貴族では戦闘員の実力が最優先だ。雇う以上は実力を見る必要がある。と言っても、暁家のある戦闘員を相手に模擬戦闘を行うだけなのだが。余談だが、これまでに金牙が雇った戦闘員は、その戦闘員に負けこそしたが対等に戦うことができたために雇っている。
(木刀の在庫はあっただろうか。訓練所の備品の確認をしなければ――)
「紅茶でも飲んで落ち着いたら? 金牙は昔から、一つ考えはじめると突っ走るよね。そろそろひと休憩入れて頭を落ち着かせないと、二度手間になるよ?」
金牙が焦っているのを感じたのだろうか。執事の役割をこなす銀牙が紅茶の差し入れをすると、敬語なしで金牙に話しかけてくる。どうやら今は側近ではなく一人の身内として接しているようだ。
「訓練所の準備もそうだが、奴隷密売人の始末もしなければいけなかったな。大元は無理でも当日、奴隷業者を取り締まることなら出来るはずだ。いや、こればかりは暁家だけだとさすがに厳しいか?」
「でしたらクライアス家に頼みましょう。クライアス家なら近いですし、すぐに動いてくれると思いますよ」
「そうだな。あとで電話で頼んでみよう。クライアス家なら、中央都市だから近いしな。すぐに牢獄にも入れられる。あの変わり者の当主にだけは会いたくないが」
クライアス家というのは暁家同様に皇帝に忠誠を誓う氏族である。中央都市を統治しており、比較的援助しやすい間柄だ。「神の眼」捜索のために戦闘員の数が少ない暁家は、多くの人を取り締まるのに人の手を借りなければならない。
(この程度をどうにか出来るだけの戦力がほしいが、
金牙の悩みは「神の眼」を迎えることだけではない。暁家という氏族を存続させるためにどうすべきか。戦力を維持、増加させるためにどうすべきか。人の上に立つが故の悩みが彼から離れることは無い。
そうこうしているうちにも時間が過ぎていく。「神の眼」なる人物と金牙が出会う瞬間は刻一刻と迫っていた――。
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