語彙力低下ウィルス
カメラマン
前編 テロ勃発
午後12時20分。僕はしおりと手を繋ぎ、長い長い駅通路を歩いていた。
「……そうそう!そのパワードスーツを着て、主人公は自分を捕らえていた敵をバンバン倒して行くんだ。」
「ふふふ!まーくんが好きそうな話。でも、これから観に行くんだから、あんまり内容を話さないでね!」
「あ、そうだった。あはは!」
僕らはこれから、アメコミヒーローの映画を観に行く。原作からチェックしてしまうほど僕はこのヒーローが好きで、映画化されたと聞いてから、ずっとずっと見たかったのだ。しおりは普段こんな映画なんて観ないだろうけど、「まーくんが好きなものならいいよ。」と言って、ついてきてくれた。
「このヒーローは本当にかっこいいから、今から楽しみ。あ、着く前に飲み物とか買う?映画館で買うと高いからさ。」
「あ、うん。買おうかな。喉かわいたし。」
付き合って2年になるしおりは、元々高校の後輩で、1歳年下。ちょっと頼りないような雰囲気がなんとも可愛らしくて、守ってあげたくなる。
駅通路を抜けると、9月には似合わない厳しいヒザシが僕らを突き刺した。眩しい目を凝らすように辺りを見回すと、昼時だからか、やたらと賑わっているコンビニを見つけた。レジは混みそうだけれど、ここで飲み物を買ってしまおう。
「あ、コンビニあるね。混んでるけど、あそこで飲み物買っちゃお……どうしたの?」
僕が言いかけたところで、しおりは突然立ち止まってしまった。少し遠くを見つめているようだ。
「あれ。なんだろう。」
そう言って、街頭ビジョンを指差した。指差す先にある大きなモニターは、バリバリと不気味なノイズを発している。
「あー、壊れたのかもね。あんな大きなものが壊れたら、取り替えるのが大変だ。」
「ふふ。ほんとだね。一回上まで登って直しに行くのかな……ふふふ!」
しおりはいつものように、癖のある笑い方で笑っている。それにつられて僕も笑う。僕は、こんな、ちょっとしたことで笑っている時間が好きだ。些細な幸せを大事に分け合えることって、とても素敵だ。
その後2人でコンビニに入り、飲み物を買った。僕は炭酸水、しおりは少し値段の高いブドウジュースを買った。コンビニは人で溢れかえっていたが、店員の手際の良さのおかげか、そこまで時間はかからなかった。
コンビニを出て辺りを見回すと、かなり多くの人がノイズの鳴る街頭ビジョンを見ていた。
「やっぱ、気になるよね〜あれ。」
しおりが言う。さっきは笑っていたが、少々不気味な音を発しているので、早く直してほしいものだ。
その時、モニターからなっていたノイズが突然消えた。驚いて目をやると、仮面を被った男が映っている。
「え……なんだろうこれ。何かの宣伝かな?」
「うーん……。どうだろ……。」
男は画面右手にあるパソコンをせわしなく動かしている。少し経つと、何かを終えたようで、こちらへ向き直った。
「えーっと。これでもうみれてるかな。よしよし……。日本のいろんなところの人たち、こんにちは。」
男は上ずった声で喋り始めた。いろんなところの人たち?これは一体、なんなんだ……?男は喋り続ける。
「えー、これから私は、ダメダメな日本をぶっ壊します。ぶっ壊すために、私が作ったすんごいあれをあの……あれします。あのー、なんか、すごいやつです。それをあの……あれしたら、頭が、わーって、なります……。はい。すごいよこれ。で、僕が喋り終わったら………もう……ね!」
プツンと鳴ると、映像は消えてしまった。その後、何事もなかったかのように、普段通りの映像が流れ始める。周囲の人々は、なんだか白けたような雰囲気だ。
「まーくん、これってさ、ドッキリじゃない?」
「うん。僕もそう思った。テロリストの犯行予告がめちゃめちゃ下手だったら、みたいな。」
「ふふふ!絶対そうだ!日本をぶっ壊すって言ってたもん!少ししたらカメラマンとか来るのかもよ!ドッキリしたー!みたいな顔しなきゃ……わあ!」
ドン。とかなり大きな爆発音がした。それに続いて、霧を噴射するような音が四方八方から聞こえてくる。
「ちょっと待て、ドッキリにしては大掛かりすぎないか……!?」
「まーくん……私怖い……。」
周囲の人々もあまりの爆音に混乱している。まさかさっきの犯行予告は本物?あんな適当な予告があるのか……?いや、考えるのは後だ。今は一刻も早くここから離れるべきだ。
「しおり!走ろう!」
「あ……うん……。」
もし。もしもあいつが本物のテロリストだというなら、人が集まるところを狙っているはず。まずは駅から離れなければ。僕はできる限り人がいなさそうな場所を思い出しながら、しおりの手を引き走った。
20分ほど走っただろうか。僕らは小さな公園にいた。奥まった場所にひっそりとあるこの公園なら、人が集まるようなことはない。
「大丈夫?だいぶ長い間走ったけど……。」
「うん……。」
逃げている最中、爆発音は聞こえてこなかった。代わりに、様々な場所から霧を噴射するような音が聞こえた。あれは一体……。
「そ、そうだ……。」
インターネットで情報を集めよう。さっきのことについて、何かわかるかもしれない。僕はツイッターを開いてみた。
■かんざしさん@帰りたい
バイオテロキターーー!!!
20xx/09/25 12:49
■ゆなはサイクロプスに凸る
日本各地でテロ?私のところはなんともないみたいだけど、怖いね。
20xx/09/25 12:48
■カメラマン@新曲投稿しました!
なんかすごいやばい。
20xx/09/25 12:48
バイオテロ?爆弾を使ったテロではないのか?ツイッターの情報はあまり当てにならないのかもしれない。そうだ、こういう時はラジオだ。インターネットラジオなら、もっと詳しい情報が得られるはず。僕は素早くインターネットラジオサイトを開いた。しばらく待つと、切羽詰ったような声色で、女性アナウンサーが喋り始めた。
「……繰り返します。生物剤攻撃です。正体不明のテロ組織が、日本各地に有害なウィルスを散布した模様です。屋外にいる方は、口と鼻をハンカチなどで塞ぎ、密閉性の高い屋内や、風上の高台へ避難してください。屋内にいる方は、決して外に出ないでください。また、ウィルスの種類や飛散区域は現在調査中です。繰り返します。生物剤攻撃です……。」
その後も同じ文言を繰り返していて、現在わかることはこれだけのようだ。
爆破テロではなく、ウィルスの散布……。さっきの霧を噴射する音は、ウィルスを撒き散らしている音だったのか。とりあえず、僕らは感染していないということで大丈夫なのだろうか……?密閉性の高い屋内へというが、密閉性ってどういう……?まあ、とりあえずはいい。
「しおり、とりあえず建物に入った方がいいみたいだ。人が集まるところは良くないから、僕の家へ行こう。」
「たてもの……?」
「そう。疲れたかもしれないけど、もう少し走れば僕の家があるから、そこまで頑張ろう。」
「うー……うん。」
しおりの様子がおかしいような気がした。まあ、無理もない。僕も、本物のテロが目の前で行われたと知って、泣き出したいほどだ。だけど、しおりをこれ以上不安にさせるわけにはいかない。僕は「大丈夫。」と言って、しおりの手を強く握り、家の方向へ走り出した。
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