並列兵士 ツインエッジ

多田七究

プロローグ

ヒトの戦い

 宇宙に穴が開いた。

 船が姿を現していく。大海原を進むように、ゆっくりと。たくさんの星々に見守られていた。なかでも、横一直線は光の密度が濃い。

 黒よりも白のほうが多く見える。光あふれる幻想的な海。

 銀色の船に帆はない。近くに比較対象物がないため、大きさを判断できない。流線型の前面と比べて、うしろはすこし角張っている。

 船体が全て現れ、穴が閉じた。

 すこしずつ加速しながら進む船。向かうのは、はるか遠くに見える穴のような場所。

 それは、船が現れた穴とは違う、奇妙な見た目をしていた。

 周りの景色が、レンズでゆがんだようになっている。それに横向きで巻き付く、うすい霧状の円盤。

 どの角度から眺めても黒い穴。

 上下から噴射した光が伝えるのは、何かの存在。

 銀色の船がすこしずつ速度を落とす。あちこちで引き戸が開き、何かが宇宙へ飛び出した。するどい見た目をしている、人型の金属だ。

 26ヵ所から現れた人型のものは、同じ色で集まって行動している。発進した場所ごとに色が統一され、規則的に動く。

 船の近くに、濃い黄色の分隊と黒色の分隊が残った。ほかの人型の分隊は、前へ進む。

 ぽつりと、赤く丸いものが浮かんでいた。

 青い分隊から光が放たれる。ゆっくり飛んでいき、丸いものが爆発した。


「防衛装置の破壊を確認!」

「判断は現場に任せる。無理をするな」

 船は各部が変形していた。するどさを前方に向けている。うえが戦艦のような見た目。

 艦橋の高い位置に座る年配男性は、帽子の位置を直した。黒いつばに黄色の装飾がされている。上部は、前方と左右がすこし膨らんでいた。うでを組んで、前を見ながらつぶやく。

「全ての人々のために、皆、力を貸してくれ」

 部屋に窓はない。外のカメラから送られてきた映像が、壁に映っている。穴の上下から噴射した光は、はるか遠くにあるように見える。

 はっきりと戦いの様子を見ることはできない。

 オペレーターのうち何人かが、分隊からの映像を見ている。机の上のディスプレイは三面。手元にはキーボード。上下に噴射した光の拡大映像も写っていた。

 年配男性も机の上を見ている。固まって行動する青い四角が、赤い丸を囲む。

 戦況は簡略図であらわされていた。

 立体のフレームが、空間把握を容易にしている。きれいに並んで組み合わさっているのは、六角形。ハニカム構造と呼ばれる。ハチの巣のように、正六角柱が隙間なくならぶ。

 青で表示される味方と、赤で表示される敵。赤はお互いの距離が離れているものの、圧倒的に多い。

 ディスプレイを見つめる目に力が入る。

 銀色の船に、回転している部分はない。遠心力以外の方法で重力が加わっている。

 一般的な軍艦よりも艦橋は広い。

 20名以上が、椅子に座ってディスプレイの画面を見つめる。

 乗組員とくらべることで、戦艦の巨大さが浮き彫りになった。

 全長、約100キロメートル。その艦の外、宇宙空間には色別で別れている分隊。鋭い見た目をした人型の金属は、全長13メートル以上。

 巨大ロボットだ。


 赤い球体を取り囲んだ緑の分隊。

 ロボットが腕の装甲を変形させた。発射口から、光る弾を放つ。

 全長20メートルの赤い防衛装置が爆発。いっせいに、緑の腕が元の姿へ戻る。

 艦橋が騒がしくなった。女性のオペレーターが慌てて口を開く。

「複数の敵から、高エネルギー反応。数は……一瞬で移動しているため不明」

「なんだと。いかん。攻撃に備えろ!」

 白髪の艦長が指示を出した。すぐに、交戦中の分隊を光が襲った。

 ロボットよりも大きな光る弾は、あまり速くない。にもかかわらず、ロボットは逃げなかった。後方には銀色の軍艦がある。

 灰色の分隊は光る盾を使い、文字どおり盾になった。

「第19分隊に直撃」

「フォトン武装だと思われます!」

「近くの防衛装置に、リアクターは確認できません」

 三人のオペレーターが状況を伝えた。

 白い帽子の艦長が拳を握る。

「エネルギーを伝播でんぱして、攻撃をおこなったということか」

「第5分隊から、救援が向かいました」

「ふたたび、高エネルギー反応!」

「馬鹿な! 早すぎる。まさか――」

 机を叩いた艦長。次の言葉を発する前に、別のオペレーターが状況を伝える。

「第5分隊、フォトンシールドを展開」

「駄目です。防ぎきれません」

 ディスプレイ上の5が表示された四角は、隊列を維持していない。

 戦艦に近付く無数の光。力を削がれた小さな弾は、艦の手前で光る壁に当たって消えた。

「主砲を使う」

「しかし、艦長」

「このままでは、星に辿り着くことすらできん。発射準備」

了解りょうかい

 戦艦の下部が変形し、巨大な砲身が姿を見せた。

 2つの粒子加速器で別々に加速されていく、原子核と電子。

 加速されているのは一対だけではない。すべて合わせれば、地表を貫き、惑星の中心部に到達するほどの驚異的な威力がある。

「エネルギー充填、80パーセント」

「座標確認」

「各機、射線上から退避してください」

「95、96、97、98、99、100」

 艦長が右手を横に動かす。

「主砲、発射!」

「発射!」

 ミックスされた原子核と電子は、亜光速で放たれた。

 秒速29万キロメートル。

 遠ざかっていく姿を肉眼で確認することができない、中性粒子ビーム。赤い防衛装置の群れを一瞬で突き抜けていく。

 ビームの前で何かが光った。

「なんということだ」

「フォトンシールドです」

「敵反応多数。動き始めました! レーダーの範囲外からも」

「推定になりますが、範囲は6万3000天文単位」

「もはや、0・3パーセクと言ったほうがいいだろう」

 艦長は白い帽子を深くかぶり、目をつむった。

 机の上の簡略図が、上側から赤く染まっていく。あらあらしい波のように押し寄せてくる、画面を覆いつくすほど大量の赤い丸。

 画面外でも変化が起こっていた。

 逆方向へ移動した防衛装置が、規則正しくならぶ。

 ページをめくる本のように、次々と展開されて消えていく光る壁。抜けるごとにビームは減退していく。

「全分隊を帰還させろ。撤退する」

「え?」

「そんな。ここまできて」

「我々の負けだ。命を粗末にするな。ゲートを開く!」

「……了解りょうかい

 色とりどりの分隊が、銀色の軍艦へと戻っていく。

「人の身では勝てないというのか」

 年配の艦長が呟いた。

 巨大な軍艦は、宇宙に開いた穴へ消えていった。


 2000億以上の恒星が輝く、光の集団。

 中心部でひときわ光り輝く棒状の部分から、渦状腕を渦巻形にのばす。大きな腕は4本。小さな腕や、見た目では繋がっていない弧もある。

 その棒渦巻銀河ぼううずまきぎんがに、地球と呼ばれる惑星があった。

 地球は、太陽と呼ばれる恒星を公転している。

 太陽の大きさは、地球の約109倍。半径は70万キロメートル。ほかにもいくつかの惑星を従えている太陽。だが、太陽もまた大きな流れのなかにあった。

 銀河は中心を軸にして回転している。

 銀河はひとつではない。他の銀河の大きさ、形は様々。50程度の銀河が引きあって、銀河群という集合体に。数百以上で、銀河団。さらにそれらが集まって、銀河フィラメントという形を作り出している。

 銀河の数は1700億以上。

 宇宙の尺度はあまりにも大きく、果てが見えない。

 地球では、属している場所を、あま川銀河がわぎんがと呼んでいた。

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