都立庭園物語

葉原あきよ

第一話 浜離宮恩賜庭園

 汐留のビル群を背に、砂利敷きの道を歩く。「大手門」から真っ直ぐ、巨大な「三百年の松」を左手に。

 午後三時をすぎた秋分の日差しは、日傘が欲しいくらいだった。パンフレットを確認すると閉園時間は午後五時。二次会の開始時間も五時だから、どちらにしても時間は限られている。

 短い橋を渡ると「お花畑」だ。キバナコスモスの花が咲き誇る写真をSNSで見たのは、しばらく前だ。まだ咲いているかなと思って来てみたけれど、やっぱり少し遅かったみたいだった。オレンジの花は残っているけれど葉や茎が茶色くなってしまっているから、全体的な色合いが違う。逆に普通の白やピンクのコスモスは、まだ咲き出したばかりだった。

(黄花って名前なのにオレンジ色とか)

 せっかくだから写真を撮る。とりあえず、花畑の全景。そういえば、今日は料理の写真しか撮っていなかった。盛装なんて滅多にしないけど自分の写真を撮っても使い道はないし、新郎新婦との写真は誰かからもらえばいいし。

 いくつかの花を接写して、もう少し先まで歩くことにした。花畑の真ん中の小道は、さすがにヒールでは歩きにくそうだったから横から回る。上着を羽織っているとはいえ、明らかに盛装の私は、少し浮いている自覚はある。

 芝生の中にぽつぽつと萩の木があり、紫の花が咲いている。今日は秋分でお彼岸で、おはぎってこの時期に萩が咲くからおはぎって言うんじゃなかったかな、なんてぼんやり考えていると、まさにという感じの彼岸花。すこし色あせた群生を写真におさめる。木は見つからないけれど、時折ふわりとキンモクセイの匂いが届く。

 朝方まで降っていた雨のせいでできた水たまりを除けながら進むと、水上バスの発着場に行きついた。パンフレットでは東京湾と書かれているけれど、対岸がすぐそこで水路にしか見えない。それでも、なんとなく風に潮の香りが混ざっていなくもない……かもしれない。

(浅草行きかー)

 うろ覚えの地図を頭に浮かべていたら、ふと、隣に自分と同じような盛装の女性が立った。水上バスの切符売り場を見つめている。

「二次会出たくない……いっそのこと浅草とか……」

 呟きが聞こえ、振り返ると目があった。相手も私の格好を認め、目を瞠っている。それが私たちの出会いだった。話を聞けば、彼女も私と同じで、元彼の披露宴に新婦の友人という立場で出席したらしい。もちろん違う式だ。意気投合した私たちは、二次会をキャンセルし、二人で飲みに行き、交換殺人の計画を詰めるのだった。

 ……なんてことは全くなく。

 振り返って目があったけれど、知らない人だったから、目礼してすれ違っただけだった。

 彼女がどうして二次会に出たくないのかわからないけれど、私は出る気満々だ。新郎は初対面だし、新婦に友情以外の感情はない。せっかく汐留にいるんだから、半端に余った時間を使って、ちょっとキバナコスモスを見たかっただけ。一緒に出席している友人たちはこういう私に慣れっこで、呆れつつもほったらかしておいてくれている。

 私はそのまま道に沿って歩き、ぐるっと「潮入りの池」を周り、「お伝い橋」を渡って、「中の御門」の近くまで来た。ちょっとショートカットしたような感じだ。二つある鴨場は全然通っていないけれど、池のほとりにすらっと立つ白鷺、咲き始めのキンモクセイの大きな木、謎のキノコ、彼岸花にとまる黒い蝶々など、いろいろ見れたから良しとする。

 入ってきた「大手門」まで戻り、庭園を後にする。門前の橋を渡ったところで、先ほどの盛装の女性が信号待ちしていた。二次会には出ることにしたんだろうか。

 門を出る前に立ち寄った売店の横で、酔芙蓉を見た。朝咲いて一日かけて段々とピンクに染まる花だけれど、日陰のせいか気温のせいか、夕方なのに萎れたところがなく綺麗だった。くしゅっと丸まって木に残った花がらは、蕾のようだった。その鮮やかなピンク色は、前を歩く彼女のスカートとよく似ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る