幸せの源

@Tomegorou

第1話

1.転校生


ーとある高校の校長室にてー

ひとりの男と少女が椅子に座り対面し話をしている。


「改めて我が校への入学おめでとう石川さん。お父上には常日頃からこちらもお世話になっているのであなたが入学してくれるのは校長としてもとても嬉しいよ。」


「いえいえ恐縮です。編入という形なのに心良く受け入れていただきこちらこそ感謝しております。」


「いやいや、編入試験の結果は文句なしで合格点を超えていたんだからもっと自信を持っていいんだよ?

高校生活は短い上に2年生からだとさらにあっという間だ。残りの時間を大切にしながら我が校で勉強にスポーツとぜひ満喫してくれたまえ。」


「ありがとうございます。では今日はこれで。」


「あぁ。お父様にもよろしくお伝えしてくれ。頼んだよ石川さん。」


ひとつ会釈をし、少女は静かに校長室をでた。


ところ変わって保健室。


「おい石川起きろ!もう3限が始まるぞ!!保健室はお前の仮眠場所じゃないんだよ!」


男がベッドで眠っている少年を無理やり起こす。


「んんぅ、もう3限かぁ。」


半開きの目の状態で体をのばしながら少年が起きる。


「だいたいなんでうちの高校は保健室の先生が男なんだよ。寝覚めが悪いにもほどがある。」


「あぁ?なんかいったか石川?」


保健の教師である男が少年の頭にチョップする。


「イッタァア!!この暴力教師!PTAに密告してやる!」


「ふん。この程度、俺が学生の時は日常茶飯事でやられていたわ。それよりも早く3限に行きなさい。」


「覚えてろよお富沢ぁ!!」


「先生をつけろ!!」


さらに頭にチョップをもらう少年。


「イッタァア!!!!」


そんなやりとりをし、少年は保健室を出た。


(いったいなぁ富沢のやつ。だいたい授業なんか出なくてもおれはーー)


そのようなことを考え、廊下を歩いていた少年の耳に男の声が入ってきた。



「ーーお父様にもよろしくお伝えしてくれ。たのんだよ石川さん。」


(石川?石川だと?)


そして声の聞こえた部屋から少女が出てきた。一瞬、時間にしてコンマ数秒2人の視線が交わる。

そして少女は少年に背を向け歩き出した。


(知らない制服。転校生か?)


そのときである。後ろから声がした。


「おーい!石川ー!」


少年と少女、2人がほぼ同時に振り返る。

そこにはまた別の男子生徒がいた。


「ん?ん‥?」


戸惑う男子生徒。

そして知らぬ顔と分かるやいな少女はまた歩き出した。


「よう葛西。どうした?」


声をかけてきた葛西という男子生徒は少年の友達であった。


「ん、いや、一緒に教室行こうと思ってよ。それよりもなんだあの子?知り合い?うちの高校の制服じゃないみたいだけど。」


「知り合いじゃないないけどよ、たぶんあの子も石川なんだよ。名字がな。」


「あぁ、なるほどね!

だからおれがお前を呼んだらあの子も振り返ったのか!

石川って珍しい名前じゃないもんね。

でも確かうちの学年には他に石川って人いなかったよね?」


「そうだな。」


「てかかなり可愛かったね!さっきの子!」


「どうでもいいよ。見た感じお嬢様って感じだしちょっとおれは苦手なタイプかも。」


「そう?おれは機会があればぜひ仲良くなりたいけどなぁ。」


「機会があればねえ。天下の葛西さんの次のターゲットが決まったってことですかねえ?」


「どうかな!まだうちの生徒って決まったわけじゃないし!とりあえず授業にいこ!」


2人は歩き出し教室に向かっていった。


その日の夜。校長室で話をしていた少女、石川家にて。


「今日藤咲学園の校長先生に挨拶してきたよ。パパによろしくだって。」


「そうかい。明日から都華咲もパパの母校の藤咲学園の生徒になるんだな。なんだか嬉しいよ。」


「わたしはべつに。それよりも同じ名字の子が呼ばれて私まで振り返っちゃって目が合って恥ずかしかったの。」


「ハハハッ。ありふれた名前だからね。世間にはたくさんこの名前の人がいるんだし気にすることないさ。」


「まあそうだね。明日から学校だから今日はもう寝るね。おやすみパパ。」


「そうしなさい。おやすみ都華咲。」


翌朝。場面は少年が住む石川家にて。


「遅刻だああ!!!」


寝癖もなおさず急いでパジャマから制服に着替え朝食が並んでいる食卓の席に着く少年。


「母さん!時間になっても起きてこなかったら起こしてっていつも言ってるじゃん!」


少年が台所にいる母にそう伝える。


「もう17歳でしょ?いつまでも甘えてないで男なら責任持って自分で起きなさい、そういつも言ってるよね?」


「あぁ、もう!!」


お互いの主張のぶつかりでこの話に決着はつかず、時間の無駄だと少年は食事を口に運び、学校に向け出発しようとする。


「待って!!晴矢!お弁当!」


少年、晴矢は急いで母から渡された手作り弁当をかばんの中へ入れた。


「あんがと!いってきます!」


家の前に停めてある自転車の鍵を外し、またがり、猛ダッシュでペダルを漕ぎ始めた。

普段の授業の遅刻など気にもしない晴矢であったがここまで急ぐのには理由があった。

それは彼の通う藤咲学園は朝のホームルーム後の1限の時間に遅刻をすると放課後に居残り掃除をし、場合によっては課題を出されたりするからである。


彼は無心で自転車を漕ぎ続けた。普通に通えば学校まで20分かかるところを信号に引っかからず運が良かったこともあり10分でやってのけた。


(よし!これなら間に合う!)


学内の駐輪場に自転車を置き、下駄箱で上履きに履き替え教室へ向けて走り出す。そして階段で3階へ上がりやっとのおもいで自分の教室の扉を開けた。


「ざわざわざわ‥」


(間に合った‥

ん?なんでこんな教室ざわついてんだ?)


「(めちゃめちゃ美人だねあの子‥)」

「(ありゃうちの美天王にノミネートされるレベルだな‥)」

「(髪綺麗すぎないあの子‥)」


教卓の方へ目を向けると教師と昨日の廊下で出会った少女が立っていた。

黒板には彼女のものであろう名前が書かれていた。


(あ、昨日の子。本当に転校生だったんだ。石川‥都華咲、つかさって言うのかあの子。てかこのクラスなんだ。)


そんなことが頭をよぎりながら、息を切らし疲れていた晴矢は自分の席へと着いた。


「っはよ!石川!」


晴矢の隣の席に座っていた葛西が声を掛けた。


「っはよ。」


「まさかあの子が本当に転校してくるなんてなぁ。しかもこのクラス!いい事あるもんだなぁ。あれで頭も良いらしいし美天王の1人になれる逸材だよあれは!!」


「今日からクラスメイトになります石川都華咲です。以前はワシントンに住んでいました。家族の都合でこちらに引っ越してきました。右も左もわからない私ですがよろしくお願いします。」


そして彼女は頭をゆっくり下げ、丁寧すぎるとも思える挨拶が終わった。


「石川さんも今日からこのクラスの一員となるのでちょうどいい機会なんで今日はまず席替えからしたいと思う。」


クラス担任のその一言により教室がざわめき出す。


「席替えかぁ、後ろの席がいいなぁ。」

「おい、お前どこらへんにする?」

「えー、この場所お気に入りだったのにぃ。」


生徒たちが騒ぎ出す中再び担任教師が口を開いた。


「おまえら静かにしろー。いつもならクジや自由にお前らに決めさせたりするが時間がないから今回は出席番号順とする。またしばらくしたら席替えするから今日は勘弁しろよぉ〜」


「えー!!!」


クラス中の一同が不満の声をあげる。


「そりゃあないよセンセー!」


「悪いなぁおまえらぁ。まああと3分で1限が始まるし急いでやってくれぇ。」


生徒不満の声をあしらい担任教師が教室を出た。


「おいまさか出席番号順ってことはあの転校生と前後になるってことかよぉ‥。」


「良かったじゃん石川!あの子とお近づきになるチャンス到来だぞ!」


「べつにおれは葛西みたいに女好きってわけじゃないからよぉ。

しかもさっきの堅苦しい挨拶とか前もって決めてましたみたいにしか聞こえなかったしよぉ。やっぱ良いとこ育ちのお嬢様にしか見えないし俺的にはそんな子はほんとに無理。」


そんなことを友人、葛西と話をしていると晴矢のすぐ近くに編入生、都華咲が立っていた。

目が合い話を聞かれていたと分かり固まってしまう晴矢。


「そこの席ー」


気まずそうな雰囲気の中先に口を開いたのは都華咲だった。


「今あなたが座っているその席がたぶん私の席なんですけど。」


「え‥、あ、はい。」


彼女にそう言われ急いで席の引き出しにしまっていた教科書やら漫画本をまとめ、席を立つ晴矢。

また他のクラスメイト達も不満を口にしながらもそれぞれ自分の席に向かっていた。


席を立ったはいいが、彼女の真後ろに座らなくてはいけないことで不安と緊張と謝罪をしなくてはいけないという思いに駆られていた。

そして席につき、彼女の後ろ姿をみて謝罪のシチュエーションを考えていた。


(どうする、さっきのはさすがにまずい‥。

転校初日でいきなり見ず知らずのやつに見かけだけで判断されて悪くいわれたらたまったもんじゃないよな‥。

まああれはおれの本心だけどさすがに本人を前にしてあんなこといってしまったんだから謝らないと‥。

普通にさっきはあんなこと言ってすみませんでしたって言うか?

でもどのタイミングでどうやって声をかければ‥。

どうするどうする‥。)


「なに都華咲ちゃんの後ろ姿まじまじ見てんだよ石川!」


そう声を掛けたのはまたしても友人、葛西であった。

そして突然自分の名前を呼ばれた彼女も当然後ろへ振り返る。


「あ、さっきはごめんね都華咲ちゃん。こいつ石川晴矢っていうんだけど、品がある女の子みるとすぐ腰が引けちゃうような気の小さいやつなんだけどほんとに悪気があったわけじゃないし根はいいやつだから仲良くしてやってよ!

あ、俺は葛西清也ね。よろしく、都華咲ちゃん。ほら、石川も挨拶しろよ。」


「あ、うん‥。あの、石川晴矢です。さっきはなんていうか、外見だけで悪くいってしまって、その、本当にごめん‥。悪いと思ってる。」


「気にしないでください。葛西くんと石川くんですね。よろしくお願いします。」


「え‥。」


笑顔で謝罪を快さそうに受け入れた彼女の対応を予想していなかった晴矢は反応に戸惑ってしまった。


「ありがとう都華咲ちゃん!

わかんない事とかあるだろうし俺たち席近いからなんでも聞いてね!」


「ありがとう葛西くん。」


また微笑みながら葛西にそう返答した。


「ところで都華咲ちゃんってー」


「全員起立。」


1限の現代文の教師が教室に入ってきたことにより生徒の1人がみんなに起立を促した。

葛西はまだまだ話をしたい様子だったがそこで話が途切れる。


「礼。」


「お願いしまぁす。」


生徒全員が多少バラバラになりながら教師に挨拶をした。

教師もひとつ会釈をし、教科書とチョークを手に持ち早速授業を開始した。


「(おおお!都華咲ちゃんめっちゃいい子だね!天使じゃん!)」


葛西は晴矢に小声でそう持ちかけてきたが晴矢は違和感を感じていた。


「あぁ、そうかもな‥。

てかお前はいつまでここにいんだよ。もう授業始まってんぞ!どこだか知らないけど自分の席いけよ。」


「なにいってんだよ。

ここがおれの席だぞ?」


「まじ‥?」


「またお隣同士よろしくな石川!」


そう笑顔で彼は改めて挨拶をした。


「なんだよお前また隣なのかよ。」


「ん?嫌なのか?俺が隣じゃだめなのか?さっきもフォローしてやったのによ。」


「(ばかばかやめろその話は聞こえちゃうだろうがよ‥)」


急に小声で話す晴矢。


「べつに全然嫌じゃないけどよ、驚いただけだよ。」


その一言に葛西は満足気に微笑んだ。


「なんだよまったく素直じゃない野郎だなぁ。」


「勝手に言っとけよ。

ん?待てよ。お前葛西だろ。

出席番号順なら俺とお前が隣になるには何人か間に人がいなきゃいけないはずだけど、『い』と『か』の間にうちのクラスそんなに人いたか?」


2人は自分の席の周りの人を見渡した。


「いるぜ?まず上野だろ。植田、内野、江頭、大島、小川、尾崎、岡田、小野、そんで葛西ことおれ。」


「あ、確かに‥。いすぎじゃね‥?」


「しょうがないだろいるんだから。」


「さっきからいつまで話をしているんだ!石川!!葛西!!」


教師に怒られこの授業中2人が口をきくことはなかった。


時間は1限と2限の間の休み時間。

石川都華咲の周辺には人だかりができていた。


「ねえねえ石川さんって帰国子女なんでしょ?英語とかペラペラなの?」


「いえ、でも多少ならできますよ。」


「ねえねえ石川さん良かったら男子バレー部のマネージャーとかやってみない?

石川さんみたいな子ならみんな大歓迎するよ!」


「マネージャーですか。考えておきますね。」


彼女が周りからの質問攻め、部活動への勧誘をされる姿を晴矢と葛西は教室の端で見ていた。


「石川の周りにあんなにいられたんじゃ席にいられないじゃないかよなぁ。」


「そうだね。」


「てかてっきり葛西はあの取り巻きの中に入っていくタイプだと思ってたよ。」


「いまあの中に入って都華咲ちゃんと話をできたとしてもきっと印象に残りにくいし大勢いるうちの1人で終わっちゃうだろうからね。

なにより俺たちには席が近いっていう他にはない大きなアドバンテージがある!

つまり無理にいま話す必要はないってことよ。」


「へぇ。思ったより考えてるんだな。

まあ俺には関係ないけど。」


「そっけないなぁ。石川には都華咲ちゃんという名字が同じっていう俺にもないさらに大きなアドバンテージがあるっていうのに。」


「それアドバンテージっていうのか?」


「人と仲良くなりたいときは異性にしろ同性にしろ話の話題の数だけ武器があるってことだからね。名字が同じってことはそれで一つの大きな武器になるってことだよ。」


「ふむふむ。勉強になります。」


2人は目を合わせお互いにすこし笑みを浮かべた。


「葛西先輩!石川先輩!」


教室の扉の前から女子生徒が2人の名前を呼んだ。


「お!どうした東雲ちゃん!」


まず葛西が廊下に向けて小走りで向かった。

そのあとに晴矢も続く。


「今日の部活は放課後、急遽予定を変更して一ノ宮高校と練習試合をうちの体育館でするそうです。

ほかの部員にも2人から連絡するように伝えろって顧問から頼まれました。」


「わかった!業務連絡ありがとね。」


「いいえ。あ、石川先輩!」


「ん?」


「これ。」


そういって彼女が差し出したのは手紙であった。


「ん!?なにこれ!?

ラブレター!?」


晴矢よりも葛西の方が先に反応をした。


「そうです。

あっ、私からじゃないですよ!私のクラスの女の子からです。

葛西先輩はあんまり騒がないでくださいね。」


「すごいじゃん石川!」


「うるせぇ。お前はいつも貰ってるだろうが。」


「じゃあ確かに2人にお伝えしたので。放課後体育館で待ってます。」


「あぁ。ありがとう。」


「またね東雲ちゃん!」


別れと同時に2限開始のチャイムが鳴り、2人は自分の席に戻ろうとする。

都華咲の周りの人だかりもチャイムと同時に減っていき2人は座ることができた。


「その手紙早く読んでみようぜ!」


「バカお前には読ませねぇよ。」


2人の会話を聞いていたのか晴矢が前を見ると都華咲が晴矢の持っていた手紙をジッと見ていた。


「それ、もしかしてラブレターですか?」


彼女が微笑む、というよりニヤニヤしながらそう問いかけてきた。


「いや‥、まあそうらしいけどまだ読んでないからわからない。」


まさか彼女が反応してくるとは思っていなかった晴矢は一瞬戸惑ったがなんとか切り返した。


「いいですね。そうゆうの。私にもぜひ読ませてくださいよ!」


「だ、だめだよ!

こうゆうのは書いた人がかわいそうだから他の人には絶対に見せん。」


「なにいってんだよ石川!

都華咲ちゃんが興味持ってくれてるんだから見せてやれよ!

そして都華咲ちゃんに見せるってのなら当然友達である俺にも見せろ。」


「いや、いいんですよ。葛西くん。

石川くんは優しい人なんですね。

でも気になるなぁ。

返事はどうするんですか?」


また都華咲がニヤニヤし始めた。


「だからまだ読んでないからなんとも‥」


「起立。」


教師がチャイムから少し遅れることながら教室に入ってきたことによりまた挨拶をするために話は打ち切られた。

晴矢は立つ前に手紙をそっと引き出しの奥へとしまった。

着席したのち、葛西は手紙のことをしつこく聞いてきたが晴矢はそれをあしらった。

また、都華咲が振り返ることはその授業中なかった。


時間は2限と3限の休み時間。

また都華咲の周りには人だかりができている。

晴矢と葛西はまた教室の端で2人で駄弁っていた。


「オーイ。石川クーン。

いつになったら手紙を読むんだよぉ。」


「どっちにしろお前には見せるっていう未来はないから安心しろ。

それより他の部員に今日の一ノ宮との練習試合の連絡はしたのか?」


「もうとっくに携帯で連絡したよぉ。

だから見せておくれよぉ。」


「そうか。あんがとな。

そんじゃあ、そろそろ読むかぁ。」


「え、まじ!?」


すると晴矢は猛ダッシュで自分の机に向かい、都華咲の周りにいた生徒たちをうまくかわし、机の中にしまっておいた手紙を取り出し再び猛ダッシュで廊下に出た。


「この、待てイシワカー!!!」


自分から逃げようとしてることを知った葛西も不意のことで出遅れはしたが、負けじと晴矢を猛追する。

その様子を見た都華咲の顔にはまたうっすらと笑みが浮かんでいた。


晴矢の逃亡劇は教室を出たあとも続いていた。


「待ちやがれ石川!!」


「誰が待つかよ!たまに来た手紙くらい1人で落ち着いて読ませやがれ!!」


2人は廊下を全速力で走っていた。途中にいる生徒たちを巧みにかわし教師に呼び止められるが無視をしていた。

2人の走力は互角に近かった。

差は広がらず、近づかず、ずっと続くかのように思われた。

しかし結末は訪れた。

晴矢は校舎裏て息を切らしながら疲れた様子で1人で立っていた。


場面は少しさかのぼる。


「待ちやがれ石川!」


葛西からそう言われる晴矢はそれを当然無視し、廊下の突き当たりを曲がり、階段を下ろうとした。

そのとき晴矢の目に飛び込んできたのは保健の教師し、富沢の後ろ姿だった。

晴矢にはまだ気付いていなかった。


「富沢先生!!」


「ん?なんだ石川か。

どうした?」


「葛西くんがそこの廊下を全力で走ってます!

危ないんで止めて下さい!」


そう伝えると富沢は急いでさっきまで晴矢が走っていた廊下を見て葛西が確かに全力で走っているところを目撃した。


「止まれ!!

葛西!!」


「ちょ、先生!

どいてよ!

邪魔だって!」


「お前廊下を走っちゃいかんと小中でならって来なかったのか?」


「そんなの石川だって同じだろうがよ!」


「なに?

おい石川どういうことだ?」


富沢が振り返るとそこにはもう誰もいなかった。


「あいつそういうことか‥。」


富沢が目を離したすきに横をすり抜けようとする葛西だが、富沢はそれを見逃さず腕をがっちりと掴まれた。


「おれを抜こうなど100年早い。

こっちに来い。」


こうして晴矢と葛西の1つの勝負の幕が閉じた。

そしてようやく晴矢はゆっくり手紙を読める場所にたどり着いた。

学生服のポケットにしまっていた手紙を取り出し封を開けた。

手紙の内容はこうである。


『今日の練習試合の後、体育館裏で待ってます。』


名前もなく、たった一文でそれだけ書いてあった。


「なんだよ。

そんなことならこうまですることもなかったか。」


額に汗をかきながらそう言ったが決して不満そうな顔をしてはいなかった。

そして再び手紙をポケットへとしまった。


「教室戻るか。」


教室に戻る途中に4限開始のチャイムがなり晴矢が教室に入ると葛西を含む全員が座っており、いままさに授業が始まったところだった。

自分の席に座ると葛西がとてつもない表情で睨んできた。


「イシカワくーん。ちょっとお話があるんだけどいいかなぁ??」


「言っとくけどお前が手紙を見ようとしたのが悪いんだからな。」


「だからっておれだけ富沢に怒られんのは不公平じゃね!?」


「うるさいぞ!!葛西!!」


再び教師に怒られる葛西。


「またおれだけ‥」


葛西はそう呟きその授業中はずっと顔を机に伏せ眠っていたが、ふて寝をしているようにも見えた。


4限終了のチャイムが鳴る。


「それじゃあ次週までに46ページの予習やっておけよぉ。」


そう言い残し教師が出て行く。


「飯だぁ!!」


眠っていた葛西が勢いよく起きる。


「お前いまのいままで寝てたのによくそんなに切り替えられるなぁ。」


「女の子との約束の時間と飯の時間だけは絶対厳守する主義なんでね。」


「なんでもいいけどさ。早く食べて昼練にいこうぜ。」


「まあ落ち着けよ。」


そう言った葛西が都華咲のほうに目を向ける。


「ねえ都華咲ちゃんも俺らと一緒にご飯食べない??」


突然の葛西の行動に驚く晴矢。


「え‥、2人がよろしいのでしたらぜひ。」


「誘ってるんだからいいに決まってるじゃん!!

晴矢も全然いいよな?」


「まあいいけど誘うなら前もって俺に少しは言っとけよ。」


「あ、葛西君たちズルーイ!

私たちも石川さんをご飯に誘おうと思ってたのに!」


都華咲を昼食に誘おうと思っていたクラスメイトの他の女子たちから嫉妬の声を浴びる。


「こういうのは早いもの勝ちでしょ!

それじゃあ行くぞ!都華咲ちゃん!石川!」


葛西は都華咲の腕を取りやや強引に教室を連れ出す。

晴矢も教室を出て3人で学生食堂へ向かった。


時間は少し進み、3人で食事をしているが晴矢だけは汗をかいている。


「ほんとごめんね石川くん。私のお弁当をわざわざ取りに戻らせちゃって‥。」


「いいけど弁当持ってきてるなら早くそう言ってくれればいいのに。」


「なにいってんだよそんなねちっこい事言ってんなよ都華咲ちゃんが謝ってるんだからさぁ。」


「ほんとごめんなさい。急に葛西くんに連れ出されちゃったし歩いてる時もずっと葛西くんに話しかけられ続けたから言い出せなくて‥。」


葛西のことを鋭く睨む晴矢。


「お前のせいじゃねえかよ!!」


晴矢から葛西の脳天へのチョップが決まる。


「イッタァア!!」


それを見て都華咲は笑っていた。


「2人はほんと仲がよろしいんですね。」


「まあ小学校から石川とは一緒だからなぁ。

お互い知らないことはないって感じ?」


「幼馴染なんですね。道理で仲が良いわけです。」


「そんな仲良いように見えるのか‥。」


少し不満げに晴矢が言葉をこぼす。

そして晴矢の額から汗がしたたってきた。


「あの、石川くんすごい汗ですけどまさか走って教室まで戻ってくれたんですか?」


「ん、あぁまあそうだけど。」


「え、そんな、ほんとごめんなさい。」


「いいっていいって。歩いたらこの後の昼練の時間がなくなると思って走っただけだし。」


「昼練ってお二人はなにか部活でもやってるんですか?」


「うん。俺らバスケ部なんだ。」


「そゆこと。だから都華咲ちゃんには悪いんだけど俺ら2人でこのあと体育館行くから1人で戻ってもらうことになっちゃうんだけどごめんね。」


「あの!そのお二人のお昼の練習見に行ってもよろしいですか?」


「え‥。もちろんいいよ!!

都華咲ちゃんってもしかしてバスケットに興味ある!?」


「ワシントンにいた頃ときどきテレビでバスケットの試合を見てたんです。

だから少しならわかりますよ!」


「ほんと!じゃあ早くご飯食べてさっさと体育館行こう!

都華咲ちゃんに良いところ見せちゃうからねぇ。」


「期待してます。もちろん石川くんにも!」


笑顔で都華咲にそう言われ目線をなぜかそらしてしまう晴矢。


「お、おう。」


ー場面は変わり体育館ー


晴矢と葛西は舞台袖で学生服から部活着に着替えていた。

バスケットシューズを履きボールを手に持ち舞台から降りる2人。


「かっこいいですね2人とも!

バスケ部って感じします!」


「ほんと!?

都華咲ちゃんにそんなこと言われるとやる気が出ちゃうぜえ!」


その言葉通りに葛西は元気よく走り出し準備運動をを始めた。

晴矢は数回ドリブルをし、シュート練習を始めようとする。


「石川くんは準備運動みたいなことはしなくてもよろしいんですか?」


都華咲の一言に動きを止める晴矢。


「ん、まあ俺はさっき走ったから体あったまってるしいいかなって。」


「あ‥。私のお弁当のことですよね‥。

ほんとごめんなさい‥。」


「あっ‥」


しまったという表情を浮かべる晴矢。


「で、でもそのおかげでこうしてすぐ昼練に臨めるわけだし案外無駄じゃなかったぜ‥?

むしろありがたいってか‥。」


その言葉をきき嬉しそうにする都華咲。


「案外優しいんですね石川くんって。」


「案外‥?」


「あっ‥。いや、優しいですね!」


無理やり訂正しようとする都華咲。


目を細め、若干都華咲を睨む晴矢。


「ごめんなさい‥。」


申し訳なさそうに下を向く都華咲。


「クククッ!ハハッ!

けっこう抜けてるところあるのかもなお前って!」


笑いながら晴矢が都華咲にそう言った。


「もっと遠慮せず正直になってくれていいぞ。

なんか敬語で話されるのもめんどくさいしやめたらどう?」


「そ、そう?

じゃあ‥やめるね。」


「おう。思ったよりも普通な子で安心したわ。」


「普通な子じゃないという思ってたんですか!?」


「お、おう。まあな。」


「ひどい!転校初日で緊張してただけです!」


「悪かったって!」


笑顔でそんな会話をする2人は端から見ると今日知り合ったとは思えないくらい仲が良さそうに見えた。


「なんだなんだ。俺がいない一瞬でずいぶん仲良くなってるねぇ?」


「お、葛西。アップが終わったなら早速1on1やるか。」


「なんだなんだ今日は随分やる気があんじゃねーかよ。

都華咲ちゃんが見てる手前負けるわけにはいかねえな。」


「ねね!2人だったらどっちのほうがバスケットうまいの?」


『おれだね!』


晴矢と葛西の声が重なった。

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