二流小説が重版される理由

脳幹 まこと

【問題編Ⅰ】世間を賑わす人気小説家


 怪奇堂かいきどう うそぶきという名前を見かけない書店は、全国を探しても珍しいだろう。

 登場して数年という新星でありながら、処女作の時点で小説界に波紋を呼び起こした。その後、彼が書いた恐怖小説は、すべてが大ヒットと呼んでもよい程の売れ行きを見せている。当然「賞」も総なめとなり、多くのプロ小説家を恐怖のどん底に追いやった。

 過去にもホラーブームと呼ばれるものはあったが――それは、若者を中心として、口コミによって人気が広がったものである。事実、ホラー小説を読みなれている人物にとっては「くだらない」「文章がなっていない」と唾棄するような部類であった。

 怪奇堂の件に関しては、そうではない。熟達しているホラー批評家も戦慄し、評価しているのだ。

 私の友人にあたる評論家も、怪奇堂の本についてこのような言葉を残している。

「我々は仕事の為に、多くの恐怖を経験している。だからこそ『慣れている』という自覚があったのだが――これは駄目だ。どうやら別次元のものらしい」

 読み終えた時点で、全身から汗が拭きだし、体中が硬直しており、一時間ばかり席から立ちあがることも出来ず、その後、二日ほど寝込んでようやく復帰出来たのだと言う。

 為念ではあるが、私の友人は特に臆病なわけではない。一端の評論家として、多くの恐怖作品に触れてきた。寧ろ、先述したホラーブームでは、くそみそに辛辣なコメントを出していた程である。

 そんな人気小説家を、マスメディアが取り上げないわけがない。今でこそはほんの少し落ち着いているが――デビューから一、二年目は連日のようにインタビュー、会見、イベントが作られていたものだ。

 大物と呼ばれる歌手、俳優、芸人、漫画家、スポーツ選手、科学者、果ては政治家まで、全員が半ば崇めるように、怪奇堂の姿を注視していた。

 海外にも続々と翻訳版が送り出され、反響が出る。「世界に誇る小説家百選」にも候補として挙がってくる程だ。これまでに日本がなし得なかった快挙である。

 以下は海外の新聞を切り抜ったものである。

・あらゆるスピリチュアルな存在を肯定し、同時にすべての常軌と理性を否定する。

・呟くものが、我々を異なる世界へと誘う。

・魂を揺さぶる根源的恐怖。これは復活したネクロノミコンか何かか?


 ここまでくると普通は、反発というものが起こる。大半は嫉妬、猜疑心から来るもので、そのために読んでもないのに、通販サイトに最低評価を付け、平均点を下げようとする試みも行われていた。

 しかし、そんな彼らも何らかのきっかけで、読む機会が与えられたのだろう――少し時間が経ったら、ぴたりと動きが止まった。


 さて、今や小説界の頂点に君臨しようとしている怪奇堂について、なぜ私は分かり切った経歴を書いたのか。

 その理由は簡単である。


 こののどこが怖いのかが、さっぱり分からないから。

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