杉三中編 花束

増田朋美

第一章

花束

第一章

ショッピングモール。買い物を終えて、道路に出る、杉三と蘭。

杉三「おい、すごい人垣だぜ。」

蘭「ああ、また選挙演説でもしているんじゃないのか。」

杉三「違うみたいよ。」

蘭「まあ、いずれにしても僕らには関係ないよ。帰ろう。」

杉三「いや、みんなどこかにつながってるさ。必ず目を通しておいたほうがいい。行ってみよう。」

蘭「杉ちゃん、好奇心は災いの素!」

杉三「そんなことないよ。いいことだってあるさ。」

と、どんどん人垣に向けて車いすを動かしてしまう。

蘭「待てよ杉ちゃん、選挙演説なんて聞いてどうするんだ、僕らには何も関係ないじゃないか。それに誰が議員になったって、政治家なんてものはみんな馬鹿だよ。それに、人ごみに紛れ込んで車いすでもひっくり返されたらどうするの。立てないんだから、、、。」

杉三「静かに!」

蘭「ああ、こうなってしまったら、もう止めれない、、、。」

と、大きなため息をつく。

杉三「蘭、ブラックってなんのことだ。」

蘭「とうとう聞いちゃった。」

杉三「ねえ教えてよ。」

蘭「もう!杉ちゃんの着ている黒大島と同じ色だ。黒の事を英語でブラックというんだよ。」

杉三「じゃあ、ブラック学校っていうのは、校舎の壁の色が黒だからそういうの?」

蘭「ブラック学校?そんな学校あるわけが、、、。」

声「ブラック学校である富士田高校の環境改善要請に賛同してくださる皆様、どうぞここに署名をお願いします!」

杉三「ほら、そういってるよ。」

蘭「確かに富士田高校というのはこの街に存在するけど、ブラック学校だったとは、聞いたことがないよ。あそこは、杉ちゃんにはわからないかもしれないけど、すごい名門で、簡単には入れないって聞いたよ。それなのに、」

杉三「本当に名門だったのかな?違うんじゃないか?」

蘭「だって、僕が子供のころは少なくともそうだったぞ。」

杉三「それは蘭が子供のころだろ?演説をしっかり聞いてみろよ。」

と、杉三はどんどん車いすを走らせる。

蘭「待てよ杉ちゃん、」

と、追いかけるが、中年の女性にぶつかる。

女性「まあ、障害のある方まで私たちの話に賛同してくださるのですね。どうぞ、ご署名をお願いします。名門校の仮面をかぶったあの高校を撲滅するには、皆さんの協力が必要なのです。」

蘭「違うんです、僕たちは、、、。ああどうしていつも僕がこうして災難に合わないといけないんだろう、、、。」

杉三「やっぱりそうだったんだ。名門校の仮面をかぶったブラック高校って、どんな学校なの?」

女性「あの、演説をされているかたが、被害にあった加藤さんのお母さんです。富士田高校に通っていた娘さんが、教師の先生の不適切な発言のせいで自殺に追い込まれました。ご両親は、高校に文句を言いに行ったそうなのですが、高校側は取り合ってくれなかったそうなのです。ですから、私たちは、加藤さんに協力して、こうして署名活動を行っているのです。」

蘭「不適切な発言?」

女性「ええ、何でも授業中に、この校舎から飛び降りてみろと怒鳴られて、娘さんは、本当にそうしてしまったのだそうです。」

杉三「ひどい!なんでまたそんなことを?」

女性「加藤の娘さんは、服装が乱れていた生徒でもありませんでした。ただ、一人だけ国公立大学を志望しなかったからそういわれたそうなのです。」

杉三「なんで国公立を志望しなかっただけで、そういわれなきゃいけないんだろうね。残念ながら僕はあきめくらで漢字を書けないのです。この蘭に書いてもらう形になってしまいますけど、協力しますから!」

蘭「ちょっとまって、本当にそんなことがあったのでしょうか?あの高校は、何十人も有名大学に合格者を出してきた名門校だと聞いています。少なくとも僕たちが若かったころはそうでした。それがなぜ、ブラック学校にまで転落してしまったのですか?」

女性「ええ、その名門校というものが、娘さんの話を信じてやることのできなかった原因であると加藤さんは言っています。娘さんが何回も苦しいと言ってきても、名門校だから冗談でいっているのだとしか返事を出せなかったそうなのです。それが、娘さんの自殺につながってしまい、加藤さんはショックを隠せないそうです。」

杉三「そうですか。僕も、青柳教授の製鉄所を時々訪問することあるからわかります。学校はレベルが高かろうか低かろうが、百害あって一利なしです。だから、僕も署名します。」

女性「そういってくれてうれしいです。ではこちらにいらしてください。」

杉三「僕は読み書きができないので、蘭に代筆してもらいます。」

蘭「なんで僕がこうして、嫌な役を引き受けなければならないのだろうか、、、。」

杉三「蘭、書いてきてよ!こういうことはしっかりやらなきゃいけないんだ。娘さんは二度と帰ってこないのさ。だからこそ、何とかしないといけないんじゃないか。」

女性「お兄さんも、どうかご署名をお願いします!」

杉三「蘭はお兄さんではないよ、友達だからな。」

蘭「わかりました、じゃあ用紙を貸してください。」

二人、女性のあとをついて、署名用の机が置いてあるところにやってくる。すると、そこには、一人の若い男性が立ちふさがっている。相手は拡声器を持った中年の女性である。

男性「これ以上、このような行為はやめてくれませんか!うちの高校はそんなに悪いところではありません。」

女性「しかし、私たちは大切に育ててきた二人の娘をなくしたのです!これが動かぬ証拠じゃありませんか!娘は、自殺する数日まで何も言いませんでした。今思えばそれこそ、あなたたちがおかしなことばかり言っていたことを示していたのかもしれません!私が、いつまでたっても起きないので、起こしに行ったらすでに死んでいたのです!周りには、大量の睡眠剤がありました!私たちは、家庭に問題があったとは思っておりません。明らかに学校の責任です!それをもみ消そうとするなんて、失礼にもほどがあるのではありませんか!」

男性「家庭が悪かったということもないがしろにするなと、私たちは言ってきたはずですが!」

女性「それでは、うちの子はどうしたら浮かばれるでしょうか!娘の母親は私だけです。」

男性「だからこそ、親御さんの責任なんですよ!人間を作るのは学校じゃありません、家庭なんですからね!」

女性「家庭で問題を起こしたことは一度もありません。それは私も、私の主人も証明できます。それなのに突然自殺をしたわけですから、学校に問題があったとしか思えませんね!」

杉三「ちょっと待って!責任のなすりあいをしたってしょうがないでしょ!ちゃんと何があったか、話してからにしてよ!」

男性「なんですかあなた。」

杉三「僕は影山杉三です。こっちは伊能蘭です。」

男性「歩けない方に、こちらの話に入ってもらいたくないですね。どうせ、障害年金とかで生活しているのでしょうからね。優遇されすぎているあなた達には、こういう苦しみなんてわかるはずがないじゃないですか、さっさと出て行ってください!」

杉三「こういう苦しみって何が苦しいの?」

男性「あなた方に話している暇はありませんよ!」

杉三「何が苦しいの?」

男性「だから、そんな暇はないと言っているでしょ!」

杉三「何が苦しいの?」

男性「しつこいな!」

杉三「答えをまだ聞いてない!」

男性「うるさい!」

杉三「答えを教えて!」

男性「あなた、知的障害でもあるのですか?ご家族は?」

杉三「僕のほうが先に質問したんだから、答えを出してから質問してください!」

男性「そんな偉そうなセリフを言う権利は障碍者にはありません!」

声「それは、自分の働く場がなくなるからですね!」

杉三「あ、青柳教授!水穂さんも!」

ぎくりと動作を止める男性。振り向くと、懍と水穂がいる。

男性「なんですか、お知り合いなんですか。」

杉三「ええ、そうですよ。お知り合いどころか、製鉄所を定期的に訪問している大親友です。」

懍「はい、その通りです。時に彼の存在は大いに役立つこともございます。」

男性「しかし、なぜこんな奇妙な奴が、ドイツの名門大学の教授と知り合いになるんだ!」

懍「さあ、なぜでしょう。しかし、あなたたちも、そうやって他人に責任を押し付けるだけですから、僕らの製鉄所が繁盛するわけです。製鉄所に来るのであれば、まだ見込みがありますが、加藤さんの場合は、もうそれができないわけですから、そこをしっかり考えて教育というものをしてくださいね。もしかしたら、学校というところは、いずれ根無し草の若者を養成するところになってしまうのかもしれませんね。それだけは、こちら側からもお願いしますけど、必ず避けてくださいね。でないと、国公立に行けないで、絶望に明け暮れている若者を救うことから始めなければなりませんから。その作業というものは、非常に大変な作業であることをお忘れなく!」

男性「全く、ではどうすれば、、、。」

杉三「だから、国公立国公立と尻を叩いて、国公立こそ天国だというマインドコントロールをやめてくれればいいんだよ!」

男性「そうですけどね。私たちだって、好きでそうしているわけではありません。そうしなければ、うちの高校の名誉にかかわるといわれているから、やっているのです。」

蘭「ちょっと待ってください。もともとそちらの高校は、国公立大学なんて口にしなくても、生徒が自動的にそうしていたのではないですか。それがなぜ、このような事態になってしまったのです?」

女性「先生、この際だからおっしゃってください。うちの子も、そういっていて、私たちもそれで任せられるからと思って受験させたのです。それがなぜ、国公立大学とうるさくはやし立てるようになったのですか?」

男性「年々、入ってくる生徒の質が低下したからです。十年前でしたら、名門校だったのかもしれません。いまははっきり言って、そんな言葉は死語に近いんですよ!それは、年々、少子化のせいで、子供を親が甘やかして育てているからに決まってるじゃないですか!」

水穂「教えましょうか。隣に、杉本高校という私立の学校ができたからですね。そこに良い生徒を取られてしまって、富士田高校には、出来損ないの生徒しか集まらなくなった。そうでしょう。」

蘭「水穂、なんでそんな話を知っているんだ。」

水穂「ええ、寮生の一人から聞いたんだ。富士田高校を中退した人からね。」

蘭「なるほどねえ。私立のほうが、生徒を集めたくて、設備とか教育の質とかいろいろ売りにするからね、なんだか残念ではあるけれど、それも時代の流れだよね。」

水穂「ああ、でも、特殊な事情で、公立しか行けない生徒もたくさんいるよ。そして、その生徒こそ、一番の被害者になるんだ。」

男性「あなた、何者ですか。偉そうに言わないでください。」

杉三「偉そうって、本当のこと言っただけじゃないか。それをなんで責める必要があるのさ。」

男性「うちの高校の名誉棄損で訴えてもいいんですよ、その端正な顔立ちで、何でも許されるとでも思っているのですか。そんなわけないでしょう?」

懍「ここは高校ではございません。マインドコントロールされたのは誰でしょうか。」

男性「しかし、事実を訴えれば、すべてのことが通るとは限りませんよ!黙認しなければならない事実もあるのです!それを教えるのも教育です。」

杉三「そうかな、本当のことほど一番いいものはないと思うけどね。失礼だけど、教師だよね。お名前はなんて?」

男性「村井秀ですよ。確かに、富士田高校で教師をしていますよ!」

杉三「僕は教師って本当に嫌いなんだ。口ではきれいごと言ってるけど、裏ではそうやって生活してるんだからさ。本当に教育を仕事にしているなら、生徒さんが大成功しているはずなんだけどな。」

秀「あなたにはわかりませんよ。私たちが何をしているか。」

杉三「うん、確かにわからないね。じゃあ、教えてくれてもいいんじゃない。」

秀「何になります?どうせあなたは、歩けないし、文字もかけないようだし。」

杉三「うん。馬鹿だからね。だから、馬鹿にわかりやすく伝えてくれてもいいんじゃないの。」

秀「具体的に何を言いたいのですか?あなたは、あれほど答えをほしがっているのに、他人の質問に対して答えを言えないのは、ずるいにもほどがありますよ!」

杉三「じゃあいう。僕らにもわかるように、国公立に行って、幸せになった人間を一人連れてきてよ!」

秀「は?そんなのうちの学校のパンフレットでも見れば簡単にわかりますよ。」

杉三「悪いけど、僕、文字が読めないんだ。だからパンフレットなんかもらってもわからない。それよりも、幸せになった人間を連れてきたほうがよっぽどよくわかる。そうしてもらえると嬉しいな。」

秀「障害があれば、なんでもかなうとでもお思いですか?」

杉三「ほら、また逃げてる。そうじゃなくて、僕の質問に答えてよ。」

秀「だったら、学校のパンフレットを郵送します。」

水穂「でも、彼は数字の観念が何もわからないのですよ。例えば、リンゴが10個ありました、猫がリンゴを一つ加えていきました。さあ、その数はいくつ、という計算さえできません。」

秀「そんな、簡単な計算もわからないのですか。」

懍「ですから、杉三さんの、誰かを連れて来いという要求のほうがわかりやすいと思いますよ。そのほうが、僕らも安心しますね。学校というところが、しっかり機能しないせいで、僕らはどれだけ悩まされているか、考えてもらいたいといつも思っているんですから。」

秀「わかりました!青柳教授、あなたがそういうのならそうしましょう。もうすぐ入試のシーズンですから、誰か必ず国公立大学に合格する生徒が出てくるでしょう。それを連れてくることは、簡単なことです。」

懍「そうですか。じゃあ、入試が終わり次第、製鉄所にその生徒と一緒に来てください。僕らは、いつでもお待ちいたしております。」

秀「わかりました!」

懍「お待ちしておりますよ。」

秀「ええ、必ず連れてきます!では、会議がありますので、ここで失礼しますが、あなたたちは、そのうち活動を自粛することになるでしょうからね。その日をお楽しみに!」

懍「わかりました。では、お待ちいたしております。」

秀「ええ、必ず!」

と、踵を返して去っていく。

母親「本当にありがとうございました。お偉い先生に、こうして来ていただいて娘も少しは浮かばれることでしょう。」

懍「いえ、その必要はありません。事実、娘さんの自殺には学校の責任は少なからずありますからね。それに、大学というものは、国立でなければならないという法律はどこにもありません。それを、高校の教師は変な風に伝えてしまうからいけないのです。」

母親「私も、あの子が、授業中に飛び降りろなんていう教師がいたとは、知らなかったものですから。気が付いてやれなかったので、確かに私も悪かったのでしょうが。」

水穂「仕方なかったこともありますよ。僕たちは、心の傷ついた方を相手にしている仕事ですが、親御さんを思うあまりに、自身の苦しみを言うことができなかった子は、本当にたくさんいるんです。そして、一番不足しているのは、そういう子たちの苦しみを、心の底から聞いてくれる存在です。彼らが要求しているのは、過去を忘れろとかそういう言葉ではないんですよ。大概のカウンセリングとかではそういいますが、その前の段階から始めないと、彼らは立ち直ることができないのです。僕も、そういうことができる存在になりたいなと思っていますが、まだまだ時間がかかりますね。でも、お母さんなら、きっとできるんじゃないですか。どうかそのような存在になってくださることを期待します。」

母親「はい、わかりました。私も、今日こうして皆さんとお会いができたことを、カイロスだと思って、これからも活動を行っていきますから、、、。」

懍「ええ、頓挫してはなりませんよ。このような活動が広まらなければ、学校は重い腰を上げることはないでしょう。僕らも今日、仕事に精を出さなければと、良い刺激をいただきました。ありがとうございます。」

と、母親に敬礼する。

懍「署名用紙を貸してください。協力しますから。」

母親「本当にありがとうございます!」

と、涙ながらに、署名の書き込まれた画板を机の上に置く。懍は、カバンの中から万年筆を出して、丁寧な行書で署名する。続いて、水穂がそれを懍から受け取って署名する。

蘭「まだ、正直あの高校のことが信じられないこともあるけど、一応書くよ。」

杉三「僕の分も書いて!」

蘭「わかった、、、。でも悔しいな。あの名門高校が。」

と、杉三と自分の名前を署名する。

懍「蘭さん、過去にしがみついてはいけません。そのような、過去の感情が、若い人を苦しめていることもあるのです。過去にどうだったからこうしろというのは、確かに教育では必要なことでもありますが、現在どうなっているのかを把握して動かなければ、若い人たちは動いてはくれませんよ。」

蘭「そうですね、、、。本当に、時代も変わりましたね。四十六でノスタルジーを持つようになるなんて、一昔前では、考えられなかっただろうな。」

杉三「いや、蘭、常に今を考えなくちゃ。」

蘭「杉ちゃんがそうなるのは、読み書きができないからだよ。」

女性「ありがとうございました。記念に、この折り鶴をもっていってください。一期一会の世界ですから、最初で最後の出会いになるのかもしれない。私たちはそれを、忘れないでいたいのです。」

と、袋の中から、一人一人に小さな折鶴を渡していく。

杉三「どうもありがとう!もう、百害あって一利なしの学校にならないことを祈っているよ!」

母親「私たちも、それを願って頑張りますね!」

蘭「時代も変わったなあ、、、。」

水穂「ああ、わかりました。じゃあ、教授と話して、またご連絡いたします。」

と、スマートフォンをカバンにしまう。

杉三「どうしたの水穂さん。」

水穂「教授、また来ましたよ。新規の入寮希望者が、」

蘭「なるほどな、、、。動かぬ証拠か。」

懍「わかりました。じゃあ、製鉄所に戻ってゆっくり聞きましょう。僕たちはこれで帰りますが、これからの活動を応援していますよ。」

母親と女性「本当に、ありがとうございました!」

蘭「杉ちゃん、僕らも帰ろうか。」

杉三「またね、ばいばーい!」

と、手の甲を向けて思いっきり手を振り、車いすを動かし始める。水穂も懍の車いすを方向転換させる。蘭も、杉三についていく。

母親と女性「ありがとうございました!」







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