第4章 王女の物語(5)

思わず後ろを振り返ったが、部屋の中には黒猫など一匹もいなかった。王女は鏡に近づいてその猫を観察すると、首にロケットがぶらさがっているのを発見した。しかもそのロケットは、王が肌身離さず持ち歩いている亡くなった妃の姿が入っているロケットと全く同じものだった。


「大変だわ。王は黒猫の姿にされて、鏡の中へ閉じ込められてしまったんだわ」

王女は慌てて呪文書をひもとくと、別世界へ入る呪文を見つけ出し、早速鏡の中へ入る準備を整えた。そうして侍女のエルダに見張りを頼むと、自分に巻きつけたロープを彼女に手渡した。

「いいこと、エルダ。私はこれから鏡の世界へ入る呪文を唱えるわ。行って、王を連れて帰ってくる。でもこれは鏡の世界へ入るための呪文であって、鏡の世界から、こっちの世界へ戻る呪文については一切記述が載ってないの。もし、しばらくたっても戻ってこないようだったら、思い切りこのロープを引っ張って」

エルダは託されたロープを握りしめると、大きく一つうなずいた。


王女は別世界へ入る呪文を唱え、目をぎゅっとつぶり、鏡に向かって頭を突っ込んだ。いくら魔法とは言え、鏡の中に入るなどあり得ないことだった。下手をすればこぶができるかもしれないと思っていたのだが、なんなく頭は鏡の世界の中へと、入ることができた。王女は頭だけでなく、手も足も体も全部すっかり鏡の中へと入れてみた。


鏡の中へと入ってみると、何もかもが奇妙にゆがんでいた。鏡というからには、物の位置が左右逆なだけなのかと思っていたのだが、床もゆがんでいて、とても歩きづらかった。その中で、黒猫だけがしっかりとした形をしていて、あっちこっちを歩き回っていた。猫だけあって、動きがすばしっこく、王女は捕まえるのに一苦労した。なんとか黒猫を捕まえると、王女は自分の世界へ戻ろうとして、入ってきた鏡を探した。しかしどこにも鏡が見当たらない。自分の世界では鏡が出入り口かもしれないが、鏡の世界でも同じように鏡が出入り口とは限らないのかもしれない。そこまで考えて、王女は自分に巻きつけたロープのことを思い出していた。

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