第3章 物語を書き始める(3)
給食の時間が済んで昼休みが始まると、牧は早速、小林沙織に声をかけた。
「小林さんって、作文書くの得意だよね」
「得意って言うほど、得意じゃないけれどね」
そう言いつつも、沙織はまんざらでもなさそうな表情を浮かべた。
「じゃあさあ、物語って書いたことある」
「物語?」
沙織はきょとんとした顔をした。
「そう、物語」
「物語なんて書いたことないわ」
彼女は戸惑ったように牧を見た。
「ねえねえ、それじゃあ、作文の時はどう書いているの」
「どうって。別に考えたことないから分らないわ。感じたことをそのまま書いてるだけだし」
「感じるまま書いたって、王女は救えないわ」
思わず牧の口から、そんな言葉がついで出た。
「王女って?」
沙織は目を丸くして、牧を見つめた。牧の顔はみるみるうちに赤くなった。
「ごめん、なんでもないの。気にしないで」
慌てて彼女はそう言うと、不思議そうな表情を浮かべた沙織をそのまま残して、逃げ出すように教室の外へ出てしまった。
いけない、いけない。王女のことを言ってしまうなんて、うっかりしてた。あの白い洋館をみんなが知らないように、きっとあの王女のことだって、他の人に知らせてはいけないことなのかもしれない。誰かに言ったら、あの洋館が消えてしまうとか、不思議な紙きれが消えてしまうとか、そういうことがあるのかもしれない。だとしたら、これは私だけの胸の中に閉まっておくべきことだ。彼女はそう思ったが、それでも物語を書くには何が必要か知っておかなければならなかった。
「でも、そうだ。物語は感じるままに書いてるだけでは駄目なんだ。それだとやっぱり読書感想文になってしまう」
牧は自分に言い聞かせるように呟くと、今度は廊下を渡って階段を降り、一階の職員室へと向かった。ガラッと職員室の扉を開けると、昼休みのせいか、席についてる先生たちはまばらだった。牧はその中に担任の女性教師を見つけると、ためらわずに真っすぐ歩いて行った。
「あら、斎藤さん。斎藤さんが職員室に来るなんて珍しいわね。何か用かしら」
あまり職員室に顔を出さない牧が来たので、先生は少し驚いたようだった。
「ええと。物語の書き方を知りたいんです。物語を書くにはどうしたらいいんでしょうか」
「物語の書き方ねえ……。先生も物語を書いたことはないけれど、小説家になるための本は市立図書館や、本屋さんに行けば置いてあるわね。そういった本を読んでみれば分かるかもしれないわよ」
「小説家になるための本?」
「そう、どうしたら小説家になれるか、その方法が書いてある本よ」
「えっ、そんな本があるんだ。参考になりました。ありがとうございました」
担任の先生に教えてもらうと、牧は学校帰りに市立図書館へと足を運び、小説家になるための本を何冊か借りてきた。
それからに、三日かけて牧は借りてきた本を読み、ヒントになりそうなところを見つけ出そうとした。どの本も大人向けの本で、牧が普段読んでいる本と比べると、文字の大きさが小さく、使われている感じも難しかったので、何を言わんとしているのか、牧は読みとるのが一苦労だった。それでもなんとか、要点を拾い読み、だいたいどんなことが書いてあるのか、自分なりに紙にまとめてみた。
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