第3章 物語を書き始める(2)

そこで牧は家に帰ると夕飯を作っている母親に白い洋館のことをさりげなく訊いてみた。

「ねえ、お母さん。あの林の茂みの向こうに白い洋館があるのって知ってる?」

母親は包丁の手を止めると、牧の方を振り返ってこう答えた。

「ここらで洋館なんて、見たことも聞いたこともないわよ。いったい誰から聞いたの、そんな話」

「誰から聞いたってわけでもないけど……。いいや、なんでもない」

「あら、そう。お母さんも近くに洋館があるなら、見てみたいわ。だって素敵じゃない」

母親の返答を聞きながら、母が知らないなら、学校の友達にでも訊いてみようと牧は思った。翌日、牧は学校に行くと、クラスメートの子たちに片っ端から声をかけてみた。

「ねえ、ねえ。あそこの林の茂みの奥に白い洋館があるのって知ってる?」

牧は何気なくクラスメートに訊いてみた。

「えっ、林の茂みの向こうって。だってあそこ行き止まりなんじゃないの」

一人の子が目を丸くして言った。

「そうだよ。だって道がないじゃん」

他の子たちも顔を見合わせながら、口々に言い出した。

「あんな草むらの中に入りたくないよね。蛇とか出てきそうで怖いし」

「あそこ、昼間でも暗くて怖いよね」

「幽霊とか出そうで、怖い。行きたくない、あそこ」

その中の一人の子が不思議そうに、牧に尋ねてきた。

「でも、なんでそんなこと訊くの」

「えっと。なんかそういう話を聞いたから、ほんとかなあって思って」

牧はとっさに嘘をついた。なぜか言ってはいけないような気がして……

クラスメートたちは、牧のそんな様子には気づかず、まためいめいに感想を言い始めた。

「あったとしたら、そこは絶対幽霊屋敷だよ」

「うわっ。怖い。夜な夜な女の悲鳴がとかでしょ」

「この間、心霊特集テレビでやってたけど、あれ見た?」

「見た、見た。あれ、すっごく怖かったよね」

彼女たちの会話が白い洋館から話題がそれると、牧は会話から離れて他のグループの女の子や、男の子たちにも話を訊いてみた。けれども、誰もあの白い洋館について知っている人はいなかった。

(ひょっとして、幻?)

とっさに牧はそんな思いがよぎった。しかし、それにしてはとてもリアルで、手に取った本や鍵の手触りが今も鮮明に残っている。あの家が幻や夢のはずがない。今も林の向こうに行けば、必ずその洋館はあって、物語の書き手を待っているに違いない。白い洋館の持ち主が誰なのか、もちろん、それも知りたかったが、今大事なのは物語の書き方だった。どうやったら、うまい文章が書けるのか、牧はどうしても知らなければならなかった。

うまい文章といえば、読書感想文で褒められていた小林沙織のことが思い当たった。彼女に話を訊こうと思ったが、そろそろ授業が始まりそうだったので昼休みに訊くことにした。

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