あまだいだい

カゲトモ

1ページ

「こんばんは」

 そう言って扉を開いたのは久しぶりに見た顔だった。出会うのは二年ぶりくらいになるのに、少しも変わっていなくてすぐに彼女だと分かった。

「ご無沙汰しています」

「七瀬さん、こんばんは」

「わぁ、覚えていて下さったんですね。嬉しい」

「七瀬さんを忘れたりなんてしません」

「ふふ」

 相変わらず穏やかな笑みを浮かべている七瀬さんは、独立してすぐのころから週一のペースで通ってくれていた常連さんだった。仕事の関係でこっちを離れることになり、それから顔を合わせたのは今日が初めてだ。

「今こっちに帰って来てるんで、どうしてもマスターに会いたくて」

「それはそれは、私もお会いできて嬉しいです」

 真正面の席に腰を下ろした七瀬さんは確か今年で二十七になったはずだ。大人っぽくなったなぁ、なんてオヤジクサく思ってしまう。

「いつものにされますか?」

「え、まだ覚えてくれていたんですか!?」

「もちろん、マリブオレンジですよね」

「さすがマスター!」

 忘れるわけない。独立してすぐに常連になってくれた初めての女性客だったから。嬉しくてすぐに顔も名前も好きな酒も覚えた。今も忘れていない。七瀬さんは甘くてフルーティな酒が好みの人だ。

「どうそ」

「ありがとうございます。マスターのマリブオレンジ、ずっと飲みたかったんだぁ」

「それは光栄です」

 七瀬さんがグラスを傾けた時、ふと気付いた。彼女の左手薬指に指輪はあることに。

 あぁ、よかった。

「どなたか、良い人が出来たんですね」

「え?」

「指輪。まさかファッションリングではないでしょう?」

 そう指摘すると、七瀬さんは照れながらにっこりと笑った。

「ふふ。はい、実は結婚するんです」

「おぉ、結婚されるんですか。それはおめでとうございます」

「ありがとうございます」

 そう言って照れ隠しのようにグラスを傾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る