第25話 戦争前夜

「どうしてこんな時に戦争なんだ」


 シャインが言った。クルは自分には関係ないとばかりに黙っている。


「――ぼ、ぼくのことはいいのでお勤めを優先してください」


 それを隣で聞いていたカイが顔面蒼白になりながら言った。


「それは心配しないでほしい。一緒にいけるか分からないけどカイは王国にいかせるから」

「え」

「お金と案内は用意するから遠慮せず王国に行ってきな。お母さんに会いたいんだろ?」

「は、はい。ありがとうございます」


 カイが涙ぐみながら喜んだ。


「ただ俺はいけない可能性が高いだろうな。魔王の性格から考えて」

「分かりました」

「一応聞いてみるよ。もしかしたらあっさり行かせてくれるかもしれない、一応魔王には恩を売ってるから」


 そういうとシャインはすぐに魔王城にいく支度を始めた。



 朝日が出ると同時にシャインは謁見の間に踏み込んだ。

 中は騒然としていた。


「おはようございます」

「シャインか」

「法国が攻めてきたと聞いて急いで来たのですが」

「うむ、約1万の軍で攻めてきた。小競り合いではなく本気で攻めてくるつもりらしい。現在ミリアの城と交戦中だ。こちらも戦力が集まり次第出る」


 シャインはごくりと唾を飲み、意を決して口を開いた。


「前から申しておりました王国での用事がありまして明日出発する予定なのですが――」


 瞬間的に膨れ上がった魔王の怒気を感じてシャインは口をつぐんだ

 戦国の世の武将が、今日は用事があるので帰らせて下さい、なんて言ったらどうなるか想像に難くない。


「責務を果たせ」


 魔王が静かに告げた。


 何か言いかけたシャインの腕を同行していたカイが掴んだ。首をふるふる振っている。


 シャインがカイを見て大きく頷いた。魔王に向き直る。


「戦争に参加します」


 それを聞いて魔王の怒気が消えた。

 その時、扉が開き足早に一人のサキュバスが慌ただしく入ってきた。


「魔王様、リリーナが王国に亡命しました」

「なんだと!?」 


 魔王が驚いた。

 場がざわめく。タイミングが良すぎる、この機を狙っていたのではという憶測が飛び交う。


「……愚か者が」


 魔王は苦々しく呟く。部屋にいたロザリアが前に出て進言する。


「私が追いましょう」

「捨て置け」

「分かりました。それでは法国の監視に向かいます」


 ロザリアが頭を下げて退出した。


「それでは私も準備にかかります」

「うむ」


 フリージアも慌ただしく出ていく。

 部屋には魔王とシャインたちだけになった。


「リリーナが逃げて大丈夫なのか?」

「問題ない。知られて困る情報なぞあやつは持っていない」

「……そうか。でもサキュバスでも亡命できるんだな」

「リリーナの父親は王国の貴族だからな。あやつには言っておらぬが、もう死んでいるのだがな」

「それなら追い返されるだけじゃ」

「いや身内の権力闘争に巻き込まれたのだ。追い返されるだけではすまないだろう」

「そうなのか」

「愚か者が」


 魔王が再度儚げに呟いた。


 退出した後、カイを一人で王国に行かせるのは不安なので執事に相談すると、信頼できる女冒険者パーティに依頼してくれるとのこと。シャインはお願いした。



 なんだかんだで自宅の砦に帰ったのは夕刻になっていた。


 その日の深夜、シャインがベッドの中で戦争のことやカイのことを考えていると隣で寝ているはずのカイがじっと見ていることに気がついた。

 

 いつもと違う妖艶な眼差しをシャインに向けている。

 すぐにいつもと違う箇所に気付く。


 胸が大きく膨らみ、パジャマがはち切れんばかりになっている。


 カイは無言でシャインを見つめている。

 カイがなぜそうしたのかシャインには分からない。感謝の気持ちなのか、これが今生の別れとでもいうのか。

 シャインはカイを抱き寄せた。


 抱きついたまま、くせっ毛のある銀髪を撫でる。

 カイは嫌がるわけではなくじっとしている。


 耳を摘む。外はふさふさ中はプニプニして気持ちいい。

 カイに嫌がる素振りはないので、ここぞとばかりに尻尾をいじりまくる。最近よく毛づくろいしているせいか、ふわふわで癖になりそうな触り心地だ。

 カイが完全に身を任せているのがシャインには分かった。

 カイのシトラスのようないい匂いが鼻孔をくすぐる。


「戦争が終わったら俺もすぐに行くから」

「はい」


 女性版のカイと蕩けるようなキスをして、いつも以上に寄り添いながら寝た。

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