ターニングポイント

第16話 魔王

 足早に町外れまできたシャインが止まった。カイに体を向ける。


「カイ、酷いことされなかったか?」

「はい。ありがとうございました」


 シャインがぽんぽんと頭を叩くとカイがはにかんだ。


「俺は魔王国と敵対してしまった。追われる身になる気はない、勝って自由を掴むつもりだ。しかし、その過程で死ぬかもしれない」

「シャイン様」

「この前、身体を洗った場所で半日待っていてくれないか? もし戻らなければ、死んだと思って他の国にいって自由に暮らしてほしい」


 そう言うとシャインはぎっしりと金貨のつまった袋と余分に持っているオリハルコンダガーと、<テレパシー/思念>の魔法書を出した。


「そんなの嫌です」

「いいから」


 シャインは受け取ろうとしないカイに強引に持たせた。

 その時、遠くから馬に乗った一団がやってきた。


「追手がきた。早く身を隠して、ほら」

「シャイン様、どうかご無事で」


 目に涙を浮かべてシャインを見たカイは振り切るようにその場を去った。


 馬に乗っているのは5人のサキュバス、ぐるりとシャインを取り囲む。


「魔王様の元に来てもらうぞ」

「はいはい」


 腕を上げ軽いジェスチャーをとりながらシャインは返事をした。

 連行されているように見えるシャインの目が凶悪な輝きを放っているのをサキュバスたちは気づかない。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


<謁見の間>


 シャインは胸を張り堂々と魔王の前に戻ってきた。


「ん? おお、来たかシャイン。死んだと聞いていたが」

「卑劣な兄に殺されかけましたが、運よく生還できました」

「ふむ、それでアークが殺されていたというわけか」


 魔王に怒気は感じられない。シャインが散歩から戻ってきた程度の雰囲気だ。

 逆にシャインは脂汗が止まらなかった。オーバースキャンによって魔王の称号が見えたためである。


【危険、逃げろ、レベル50オーバー、経験値吸い、魔王クイーン・オブ・サキュバス、ステラ】


 ゴブリンキングから聞いた情報と合算すると、この場で戦うのは難しい。


 ひとつ頷いてからまた魔王が口を開いた。


「怒っているのではないぞ。むしろ逆だ、お前を魔王軍に戻してやろうと思うてな」

「……遠慮しておきます。自分には荷が重いので」


 魔王の意見を否定する態度に、周囲のサキュバスたちが顔を見合わせた。

 魔王がすっと目を細めた。


「命令だ」

「もうこの国の人間ではありませんので」


 魔王の髪がザワワと波打った。呼応するようにサキュバスたちに緊張が走る。


「アークに勝ったぐらいで勘違いしたか? それともお前には自殺願望でもあるのか?」


 射抜くような強烈な殺気がシャインに突き刺さる。

 しかしシャインはぐっと堪えた。


「いや戦いになったら逃げますよ、町の外まで逃げられたらそのまま自由にさせてくれませんかね?」

 

 魔王は返事の代わりに足に溜めを作った。やや前傾姿勢になる。

 捕まえた後、しばらく苛め抜いてやろうと床を蹴った瞬間――


《ダークネス・キングダム》


 シャインはスキルを最大範囲で発動した。

 謁見の魔が暗視不可の闇に包まれる。


「なっ、これは!?」

「ばいぶー」


 魔王を含め何人かは感知スキルを持つものの、闇の中を自由自在に動けるのは一人だった。

 シャインはすぐさま出口に駆ける。


 おのれー、という叫びとともに背後から火山が噴火するような怒気を感じるが振り返らない。


 シャインは疾走する。城を出て城下町を南下し走る。走る。

 案外、ぶっちぎりで引き離せるんじゃないかと思ったが、魔王もぴたっと離されずに追ってきていた。

 心底恐ろしい。シャインの心境はさながら恐竜に追いかけられている気分だ。

 しかしパニック映画では恐竜に捕まるものだが、シャインは逃げるのは得意だ。足をもつれさせることなく、人混みにぶつかることなく飄々と駆け抜ける。


 あくびをしている守衛をぶち抜き、街の外に出る。

 勝負は勝った、しかしシャインは止まらず走り続ける。


 さらに10分経過し、町からだいぶ離れた荒野に入る――


 シャインは息を切らせて止まった。

 すぐに暴風のような荒れた気をまとった魔王がやってきた。

 

 西部劇のように両者にらみ合う。

 魔王は黒いドレスのままだ。風が吹きスリットから覗く脚線美を強調するものの、およそ戦う装備ではない。


「はあ~疲れた。俺の勝ちだな」

「約束した覚えはないのう」


 厳しい目つきで魔王が睨む。


「じゃあ何で追っかけて来たんだよ」

「身のほどを分からせてやろうと思うてな」

「はあ、お前の頭の中はそればっかりだな」


 シャインが再度逃げるモーションに入る。


「逃がすかぁ! 《ダークバインド/闇の触手》」


 シャインの足元から出た闇の触手が足に絡みつく。

 さらに魔王は先ほどの暗闇対策を施す。


「《サモン:ミラージュバット/幻想種蝙蝠・召喚》」


 40センチほどの蝙蝠を三匹召喚した。

 吸血ダメージで魔王を回復させる能力と、高い機動性を持った蝙蝠だ。対吸精のスキルでシャインには吸血は利かないのは知っている。しかしこれで逃げることはできない。


 百戦錬磨、淀みなく動く魔王――



「くそ、《ダークネス・キングダム》」

「ゆけっ、蝙蝠どもよ!」


 魔王は読み通りの展開にニヤリと笑う。

 闇の中、蝙蝠は的確にシャインを捉え襲いかかる。三匹がシャインにかじり付いた。

 

 しかしシャインは逃げるわけではなく闇の触手から足を振り出し、蝙蝠を張り付かせたまま魔王に突進する。

 星降る夜の剣を取り出し、高速で振る――


「――ぎゃああああっ!!?」


 荒野に魔王の絶叫が木霊する。

 魔王は完全に虚を突かれた。


 シャインは明るくなる直前オリハルコンダガーと差し替え、盾を出した。


 ――あれで半分か。思ったより硬い。HPが高いのだろうか。


 明るくなった瞬間、魔王は後方に飛んだ。

 3000を越えるHPが一瞬で半分に溶けたのを確認する。


「ぐううっ、ばかな」


 魔王はギリリと歯を喰いしばりながら唸る。油断を呪うと同時にシャインの攻撃力に驚愕した。


「殺してやる!」

「それはこちらのセリフだ」


 シャインが魔王に向かって飛び込む。


「ちぃっ」


 魔王は慌てて空間から青龍刀のような大剣を取り出した。刀身は淡く輝き、筋のような文様が浮かび上がり尋常ならざる攻撃力を感じさせる。

 真っ向勝負、二人の斬撃が重なる。

 金属同士のぶつかる重厚な音が幾重にも鳴り響く。

 しかし武器の特性上、一発の重さは魔王に分があるものの、徐々にシャインが加速するようにダガーの回転速度を上げてゆく。


「ぐっ、くっ、こんなっ」


 魔王が苦しそうにうめく。


「《サンダーストーム》」


 魔王は隙を覚悟で周囲に稲妻をはらんだ竜巻を巻き起こす極大呪文を唱えた。


「それ《カウンターマジック/対抗呪文》」


「っ!? 《魅了》!」

「何か知らんけど《スキルキャンセラー》」

「あ、ありえ――」


 高位の魔術師でも会得できないカウンタースキルを連発するシャインに驚愕する。

 能力を使うたびに隙を突かれ大幅に体力が削られる。


「なんなんだお前はぁっ!!」


 魔王が苛立った。


「お前を殺す者だよ」


 あっさりと告げる。そうシャインは初めから戦うつもりでいた。

 魔王国は魔王のワンマン国家であり、魔王を殺せばサキュバスたちも生きてゆけない。追っ手の心配もない。また魔王国民も直接的に支配されているわけではないので、魔王軍が瓦解すれば周辺国に吸収されるだけ、特に魔王を殺しても問題ないと忍び込む前に調べていた。


 平坦な口調に、魔王は意図を確かめるようにシャインの顔を見た。

 そこには凶悪な自信に満ちた表情があった。


 魔王はこの時初めて悟ったのだ。

 初めから戦うつもりだったのだと。嵌められたと。

 同時に遊び半分で城から出た己の愚かさを呪う。


 散歩に出たつもりが、戦争時でも久しく経験していないような血みどろの戦いになるとは。

 悔やんでも遅くHPは500を切る。


(だが……!)


 それでも魔王にはまだ余裕があった。


 これぐらいの死闘など数えきれぬほど経験している。

 自分が苦しい時は相手も苦しいもの。

 魔王はここぞの踏ん張りを見せ激しく打ち合う。


「ぐっ」


 シャインも苦悶の声をあげる。

 しかしまだ勢いは落ちない。


 魔王の残りHPが300を切る。

 しかしシャインは衰えない。魔王の持つ看破スキルから見てもだいぶダメージを受けているはずなのに。


(まさか)


 魔王の鋭い勘は恐ろしい事実を気づかせた。


(演技?)


 魔王はぞっとした。

 ダメージを受けていない?

 様々な疑問が魔王の頭をよぎる。


 ありえない。自分を強く見せようとする者とは星の数ほど戦った。

 しかし、自分を弱く見せる者など一人としていなかった。何故ならば自分と戦えば全員が弱者となる、弱ったフリなどする必要がないからだ。


 目を背けたくなりそうな疑問。しかし都合のいい方で考えるのは死に直結する。

 仮にわざと弱っているフリをしていたとしたら、その心は?

 どういうことを意味するのかは戦士なら誰でも分かる。自分の有利を自覚しているのだ、その上で嵌めようとしている。


「《マジックアロー》」


 魔王が目潰しかわりに魔法を放ち距離をとる。


「ぐっ」


 シャインがダメージを受けたフリをしてよろけた。


 演技とみるとその白々しさが手に取るように分かった。

 魔王はギリリッと奥歯を噛み締める。


「《メタモルフォーゼ》」


 蝙蝠がシャインから離れ、変形しながら魔王の身体に張り付き、ライダースーツのような黒い衣装になった防御力と身体能力を向上させる派生能力だ。


(認めよう)


 魔王は大剣をしまい、大きく呼吸し息を整えた。


「あら」


 その様子から偽装がバレたと察する。


「闇よ」 

 魔王が巨大な闇のオーラを纏った。

「風よ」 

 そのオーラが渦を巻いた。

「火よ」


 最後にアクセントとして火属性を加えると、全身を纏うオーラがパリパリと漆黒の電気を帯びた。

 特に右腕に集中し、見るからに危険な雰囲気を醸し出している。


(昔を思い出す、窮地を救ってくれたのはいつもこの技だった)


 初めはただのスラッシュ。改良を加え今では別次元のものだが。


 魔王の右手に集まった黒い塊が飛び出し、十手のように二叉に分かれた巨大な剣を模した。


 この剣に芯はなく、今まで防御できた者はいない。

 しかし当たらなければ意味がない。体力的に次が最後の一撃、必中が条件となる。

 こいつなら避けかねない、魔王はそう思った。


 縦斬り……横斬り……いや避けられたことも想定し、斜めから入り真横に一閃――

 広範囲をカバーするためにV字を右に90度倒したような二段斬りを選択する。

 これで下や横に避けられたとしても当たるだろう。


 二人の間を荒い風が吹き抜ける。

 先ほどまでも一瞬の気の緩みもできない緊張感があったが、さらに数段上がったのをシャインは感じた。

 想定よりも時間をかけすぎて寝ていた虎を起こしてしまったのだと悟る。

 魔王の出した剣を見る。


 ――勇者がギガス◯ッシュとか言って使いそうな技だな、色は黒いけど。


 禍々しい剣を見ながらシャインは思った。

 剣に見えるがあれを飛ばすことも可能だろう。


 はたして受けきれるだろうか。


 全力で避けに徹しよう、そして硬直に反撃する、シャインはそう選択した。


 魔王が雷のごとき速さでシャインに肉薄し、振りかぶる。

 剣先がぐぐっと伸びた。後ろに飛んでいたら食らうだろう。


「《メガスラッシュ》」


 ――ちょ、言語理解さ――


 魔王の袈裟斬りがシャインの左肩を確実に捉えた。


(勝った!)


 魔王は勝利を確信し、シャインの右腹から斬り抜ける。

 スラッシュが地面に当たり、轟音が響く。土をこ削ぎ取るように巨大な穴を穿った。


「反応もできぬとは、見込み違いだったか?」


 魔王が斬ったシャインを見ると、幻だったかのように消えて一歩右側にシャインが立っていた。


「ぷふー、危ねっ」

「な――」


 魔王が斬ったのはシャインがとっさに出した《幻影:分身》だ。 

 二段斬りにしていれば、魔王の脳裏によぎる。


 シャインの反撃――


「ぎゃいぃっ」


 魔王は仰向けに倒れこんだ。

 詰め寄るシャイン。


「ゆ、許してぇ」

「命のやり取りを始めたのはお前だ」

「殺すつもりなどなかったっ」

「嘘つけ、即死級の技何回使ったんだよ」

「それはお前が予想外に強かったから――」

「言い訳だな」

「100万ゴールド渡す! お願いじゃっ」


 聞く耳もたず、シャインはオリハルコンダガーを振り上げた。


「この恩知らず!」


 唇を噛みしめていた魔王が、罵るように言った。


「お前に受けた恩などない」

「殺すことになっていたお前を旅立たせることにしたのは私だぞ」


 ぴくっとシャインの腕が一瞬震え、止まる。魔王はそれを見逃さない。


「魔王軍の情報を持つ者が生けて出られるわけないだろ。武器を持たせてやったのも私だ」

「呼び戻したのもお前だろ」

「そ、それは出ていき方が気にくわなかったから」

「気にくわないだけで人の人生を弄ぶな!」

「それでも助けたのは事実だ! それにお前がそこまで強くなれたのも私のスキルを継承したからだぞ、つまり私のおかげだ!」


 仰向けにぶっ倒れている魔王が顔だけ起こし目を剥いて叫ぶ。


「どんな理屈だよ!」


 振り上げたダガーに力を込める。


「ひぃぃっ、私は何も悪いことしてないのじゃあっ」


 目をそむける魔王。


 しかし降り下ろされるはずの一撃がくることはなかった。

 おそるおそる片目を開けるとシャインがプルプル震えていた。

 シャインの中に葛藤が生まれていたのだ。


「そうだ! それに女を殺したら一生後悔するぞ、夢に出てくるぞ」

「黙ってろ」

「ひっ」


 シャインは考える、たしかに武器を持って出ていかせてもらったのは助かった。それは事実。


 しかしここで見逃したら後々――


 シャインは旬順したあと、振り上げたダガーを下ろした。


「はあ、お前の言うことも一理ある。見逃してやるからいけ。今後は俺に構うなよ、あと言った金くれ」

「う、動けないのじゃ」

「はあ?」


 魔王に近づくシャイン、攻撃されると思って魔王が目を閉じる。


「あっ」


 次の瞬間、ふわっと自分の身体が浮いたことに驚き声をあげる。

 シャインは魔王をお姫様のように抱っこした。


「放置して死なれでもしたら後味悪いからな」

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