第15話 断罪

 魔王城内の一角に設けられた館。その中の一室、高級な調度品が並ぶ部屋は王侯貴族を思わせる。そこでアークとリリーナがソファーに向かい合って座っていた。紅茶を入れ終わったサキュバスメイドが頭を下げ退出する。


「――昇進おめでとう」

「ふんっ、喜べるものか。やっと副官補佐だぞ。いったい魔王様はどこを見ておられるのか」

「昇進できただけでもいいじゃない、私なんてせっかく手に入れたペットがメスだったのよ、ショック〜」

「にしては顔がにやけてるぞ、いくら儲けたんだ?」

「あら、バレた?」


 リリーナが悪戯な笑みを浮かべる。

 アークに関してはもうシャインのことなど頭の片隅にもなく、今の関心は自身の出世のことだった。


 二人の視界が、突然暗転した。

 

「な、なにこれ?」



 数秒後、部屋が明かりを取り戻す。

 リリーナは何が起こったのか理解できず、目をしばしばさせる。

 アークはソファーに座る隣の影に気づいた。


「なっ、シャイン!?」


 いるはずのない人間を目の当たりにし、アークは仰天してソファーから転げ落ちるように飛び退いた。

 

 シャインは感慨深げに置いてあった紅茶を飲む。


「甘いものが体に沁みるわぁ」

「貴様、生きていたのか!」


 シャインは紅茶を置き、顔をアークのほうに向けた。一見、雰囲気は柔らかい。それが表面的なものであることをアークは感じた。


「探したぞインプども」

「なにぃ!」


 シャインが立ち上がる。アークが半歩下がる。


「貴様どうやってあそこから戻ってきた!」

「そんなことはどうでもいい。お前と決着をつけに戻ってきただけだ」

「ははは、ゴミクズのお前がか? そのまま逃げていればよいものを。命乞いでもしにきたか?」

「もう御託はいい。間合いだぞ」

「……、死ね!」


 アークが腰の剣を抜き放つ。その瞬間、黒い疾風がアークの頭から股間に駆け抜けた。


「へ?」


 何が起こったのか分からないアークはすっとんきょうな声をあげる。

 シャインは<星降る夜のツルギ>を降り下ろした体勢から動かない。


「バカめ何を――あぱぁっ」


 アークが左右真っ二つに割れた。床に血とピンクの臓物がどろりと飛び出す。一気に部屋中に血の臭いが充満する。


「ひっ、ひぃぃいいいっ」


 リリーナが膝をついて崩れ落ちる。股間部にじんわりと染みができ、広がってゆく。


「さてと――」


 シャインがリリーナに向き直る。


「私は何もしていないわ。アークに命令されただけなの。仲間も返すから許して」


 リリーナが祈るように手を合わせ懇願する。


「お前の命は金とカイ次第だ、どこにいる?」


「お金は払うわ。カイちゃんは売っちゃって今はいないけど、すぐに買い戻して返すから許してぇ」


 

 かっとシャインの腕が空中を走る。

 振り抜いた手には先ほどの漆黒の剣が握られていた。


 リリーナの頭部から生えている角が根元からポロリと落ちる。


「あああっ!? 私の角がぁ」


 慌てて拾おうとかがんだ背中に容赦なく一閃する。

 手入れの行き届いた艶のある蝙蝠羽が、根本から切り落とされ床にバサリと落ちた。


「ああああああっ、私の羽がああっ」


 よほどショックだったのか、リリーナが泣き崩れた。



「――カイが酷い目にあっていたら殺しに戻ってくる」


 シャインはそう言い残しその場を後にした。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 カイは失意のどん底にいた。あの日から絶望の連続だ。

 あの時も同年代の子らに――


「奴隷の子!」

「臭いっ」


 と小突かれ笑い者にされていた。他人にかけられる言葉はそんなことが多い。いつものことなので耐えることはできた。


 しかし、あの日カイの心は嵐のように乱れていた。

 母が帰らない。たった一人の心の拠り所である母が帰ってこない。その日は眠れなかった。


 翌朝、母親の主人であり町一番の奴隷商人であるマハラジ・サルマーがやってきた。

 上機嫌な顔。それがかえってカイを不安にさせた。


「いやー東の町で偶然王国の関係者と会ってな。どうしても王国で開催されるコロシアムの景品にしたいからホルノを売ってくれとせがまれてな。売ってしまったよ。その際この小屋はお前にあげてくれとホルノと約束した。引き続きここに住んでいいから明日から奉公に来なさい、じゃあの。あ、お前臭いから体はちゃんと洗っとけよ」


 マハラジはカイの母親と子供の解放と少しばかり貯めた生活費を渡すように約束していたが、しょせんその場の気分がさせた口約束だ。いざとなったら掃除をさせる人間が惜しくなり内容を変えた。


「え、あの……」


 マハラジは意気揚々と帰っていった。

 カイは何を言っていいか分からず、遠くなるマハラジの背中を眺めながら立ちすくむ。

 気持ちの整理が追いつくほど、心は崩れていった。


 それが一つ目。

 そして極寒の地に投げ出された自分を救ってくれたあの優しい人が突然――

 カイは今日何度目かの涙を流した。



<マハラジ・サルマー宅>


 町の外れ、一際目立つ豪邸では、マハラジ・サルマーと仲の良い商人仲間たちが集っていた。


「売った時よりだいぶ高い値段で買い戻すことになってしまったわい、まさか女だったとはの。〈身体変化〉か、ホルノのやつめ」


 隅に置かれた檻の中を覗きながらマハラジが黒い笑みを浮かべた。


「いやぁ、見事な奴隷ですな。私が欲しいぐらいです」

「これならあの母親と同じように莫大な富を生んでくれるでしょう、羨ましい限りですな」

「ほっほっほ」


 商人仲間の発言を聞いて、自身もそう考えているマハラジは上機嫌だった。


 その時――壊れるほど激しく扉が開かれた。


 シャインがつかつかと入ってくる。


「誰だ!」


 商人たちとは別のテーブルにいた5人の用心棒たちが一斉に立ち上がる。

 ゴロツキまがいの屈強な男たちだ。


 シャインはまるでいないかのように脇を通り過ぎる。


「あ、おい! 聞いているのか!」


 シャインは無視し檻の中を確認して止まる。半袖半ズボン姿で椅子に座るカイを見て首を傾げた。


 服がはち切れんばかりになるほど大きく膨らんだ胸。

 柔らかそうなプルプルとした桃色の唇。

 足はさらに白くムチッとしている。


 思わず名前を確認してしまったが、すぐ女バージョンだと気付く。


「浮かない顔してるな」


 声に反応しカイはばっと顔をあげた。


「あ、あれ? え?」

「迎えにきたよ」


 理解が追いついていない様子のカイ。

 シャインが黒剣を振るうと檻の柵が枝のように斬れた。


「行こうか」

「え? あ、はいっ」


 状況が飲み込めないものの、その安心感を抱く言葉を聞いて立ち上がる。


「ちょっと待て待て待て〜! 貴様何をしておる!」

「取引はキャンセルだ。リリーナからの返金だ」


 シャインが金貨の入った袋をマハラジの足元に投げる。


「ふざけるな! 正式に一度売ったものを! 大体お前なぞ知らんぞ。お前たち!」


 マハラジが合図すると用心棒たちが取り囲む。


「こいつを取り押さえろ!」

「へい!」


 飛び掛かった男たちが次々と壁まで吹き飛ばされた。


「は?」


 シャインは唖然とするマハラジに詰め寄る。


「これはただの八つ当たりだけど、死んでも構わないつもりで殴るから歯を食いしばれ」


 風を巻いたアッパーがマハラジの顎にめり込んだ。顎の骨を砕きながらマハラジの体がそのまま天井の壁に突き刺さった。

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