第10話 闇の聖女

 花畑を念入りに調査したが出口に繋がるものはなく、奥に棺桶のような形の石の柩があっただけ。

 怖いけどアイテムなど現状を打破する何かがあるのかもしれない。


 ――ここまで来たんだ、開けてやる。


 びっしりと絡まった蔦を取り除き、意を決して石蓋に手をかけた。

 開けると、中には小柄なミイラが横たわっていた。

 頭蓋骨には長い髪がへばりついて、胴体にはぼろぼろの衣服が張り付いてるだけ。

 一瞬ドキッとしたがアンデッドではないようだ。


 ――もしかしてこれが闇の聖女?


 そうじゃないにしても関係あるのかもしれないとシャインは判断する。

 ミイラの手の指に黒い宝石のついた指輪がはまっているのを発見。黒光りするツヤツヤの楕円形の宝石は棺の中で異彩を放っていた。


 ――マジックアイテムかも。


 死体から物を盗む、その行為に伸ばした手が一瞬止まる。

 しかし生き延びることだけを考えているシャインは指輪を抜き取った。


【闇の最高級リング】レア度:SSR。

精神攻撃耐性と即死耐性が大幅に上昇する。


 「おお……」


 思わず感嘆の息が漏れる。罪悪感が消し飛ぶほどの高揚感。


 ――これがあればいけるかもしれない。


「デスナイトと戦うのに借りていきますね」


 死体に手を合わせ、指輪をはめる。

 そうしたらふと好奇心で思いついた。思いついてしまった。

 

 ――もしかしたら生き返るんじゃないか?


 普段の堅実なシャインなら絶対に行わない行為――極限状態のシャインはそれを行った。


《フェイク・リザレクション/仮初めの魂》


 死体に向けて放つ。

 その時異変が起こった。ぼんやりと死体が光る――


 次の瞬間――横たわっていたミイラが直立した。



<憎い、憎い、憎い!>


 怨恨の叫びがシャインの頭に直接響いてくる。


【闇の聖女、アマトギ・カグヤ】


 名前が浮かびあがる。

 赤く憎悪に燃える目がシャインを捉えた――


 ――ぎゃああああああ、化け物ー!!!


 憎悪の塊のような思念がシャインを襲う。


『《デモンズプレス》』


 突然、見えない天井に押し潰されるようにシャインが手をついた。膝が地面にめり込む。


「ぐっ……ぅ」


『……』


 自我はほぼ消滅し魔素の影響で僅かにアンデッド化していたカグヤは何故か思考していた。

 肉体と精神を同時に攻撃する自身のオリジナル魔法は、ほとんどの対象を一瞬で押し潰す。一方に耐えられた者でも精神か肉体に大きなダメージを負うからだ。

 ではなぜ目の前の相手は耐えているのだろうか。


『あ』


 カグヤがくぐもった声ながらも人間じみた声でシャインの指を見た。そして自分の指を見る。

 確認するようにもう一度同じ動きを繰り返す。


 カグヤがワナワナとふるえた。シャインは怒っているのが分かった。

 すぐに指輪のことだと気付く。


「ちょ――」

『《ヒステリック・レイン/無慈悲な雨》』


 有無を言わさずカグヤは魔法を放った。同じく心身を腐食させるオリジナル魔法だ。

 辺りに強酸の雨が降り注ぐ。


「ぐっ……!」


 触れれば人肌などたちどころに溶ける雨はシャインの肌を少し焼いただけで滑り落ちる。


『おのれっ!』


 この魔法も大した効果がないとみるやカグヤは文字通り怒髪天だ。


 ――ぎえええええ、怒らないで~!!


 今まで見たどんなホラー映画よりも怖い。

 カグヤが新たな魔法を紡ごうとした時――


「待って下さいカグヤ様!」


 シャインが声をあげる。

 1000年ぶりに呼ばれた自分の名前。懐かしい響きに酔いしれるようにカグヤがぴたりと動きを止めた。

 男の次の発言を待つ。


「大変失礼しました。指輪はお返しします。このダンジョンから脱出するために盗みを働いてしまいました」

『……』


 半分アンデッド化している相手が、正直者だと思うはずもなく――

 怒気が爆発する。


「お返しします!」


 シャインは膝をつき、両手の上に指輪を乗せて腕を突き出した。これでダメなら戦うしかないと思いながら。


『……』



 カグヤが浮遊しながらゆっくり近づいてくる。

 シャインのそばまでくると指輪を摘まんで手に取った。怒気が少し収まったように感じる。


 ――話が通じる。


 シャインは必死で考えた。転生前の人生で培ってきたものをフル活用するように頭を巡らす。


「カグヤ様はどうしてこのようなところに?」


 シャインが選択したのは世間話だった。

 素朴な疑問、相手の身になって話を聞く。人として扱う。

 そういう感じのことだった。そうして欲しそうな感じがしたから。


『……私はここで勇者に殺された』


 若い女性の思念が聞こえてくる。


「ええっ!? ほんとですか?」


『私は闇の聖女、勇者パーティの一員だった――』

「ほうほう」


『勇者も私と同じく異世界から来た者――』

「そうなんですか!?」


 聞いているか確かめるように話を区切るカグヤに、本気の相槌を返す。シャインにとっても興味深いことだったので演技をする必要がない。


『私たちは奴隷から始まり共に戦い成り上がった。いくつもの死線を越え、ついには魔神を倒した』

「すごいですね……」


『私たちは何度も愛し合った。将来も約束した。私は勇者を愛し、勇者も私を愛していた――』

「ほう〜にくいっ」


『しかしそう思っていたのは私だけだった!!』


 カグヤの頭蓋骨に張り付いた髪が抜けんばかり逆立つ。地獄の亡者と戦うエクソシストでも卒倒するだろうと思う形相だ。


 ――ぎゃあああああ、またスイッチ入っちゃった!?


「な、何故ですか?」


『二人でここに訪れた時、私をこの地で葬り封印したのが勇者だ!』


 燃え盛る炎のような憎悪の思念がシャインの身体を炙る。


「カグヤ様!」


 焦点が合っていなかったカグヤの目がシャインを捉える。続けてシャインが喋る。


「勇者のやったことは許せることではありません。しかしカグヤ様! それでも勇者はカグヤ様を愛していたと思います!」


 このままでは怒りの矛先が自分に向かうのは時間の問題。それを肌身に感じたシャインは説得する作戦に出た。浮気現場を抑えられて嘘八丁手八丁で切り抜ける男のように、今だけを凌ぐ言葉を考える。


『適当なことを言うな!』

「いえ、適当ではありません。私も男だから分かるのです。何かどうしようもない事情があったのだと思います」


『……』


 カグヤが固まった。

 続きを促すようにシャインを見る。


「しかしながら愛する人を手にかけた苦しみ、勇者もずっと後悔していたことでしょう」


『……』


『私を愛していたのか?』

「それは間違いありません。この命にかけましても」


 カグヤの怒りが急速に萎むように髪が下りた。だんだんとシャインにはアンデッドというより一人の少女に思えてきた。


『そうか』


 思わずもらい泣きしてしまいそうな悲哀の念が伝わってくる。


『この指輪はその勇者に貰った物だ。とんだ愚か者だな私は』


「いえ、誰よりも純粋で立派だと思います」


 ポロポロと涙が落ちるようにアンデッド化したカグヤの体が崩れていく。


「カグヤ様、お体が」


『よい、元から尽きかけていた命、一時的に叩き起こされたに過ぎない。もうじき消える』


「カグヤ様……」


 彼女は嘘だと分かっているのかもしれない。ただこんなふうに言ってくれる人を待っていたのかもしれない、1000年以上ずっと。

 崩れた体の中からぼんやりとした黒髪の和風美少女が出てきた。


『名はなんという?』

「シャインといいます」

『お主はどことなく私の故郷の人間に似ておるの』

「そっ――」


 それはもしかして――と言おうとした時シャインは言葉を失った。

 カグヤがさらさらと空中に溶けて消えていこうとしていたからだ。


『《ブラック・ボックス》』


 カグヤが闇の空間に手を入れて何かを抜き出した。


『お主に扱えるか分からぬがこれを授けよう。私の愛剣だ。売っても金になるだろう』


 カグヤが手に持つ黒い剣をふわっと投げた。


『ああ……アラン様、どうして……』


 祈るような手で呟きながらカグヤが消えた。


 辺りに静寂が戻る。


 後味が悪いようないいような。

 これで良かったのだろうか。


 カグヤの落とした漆黒の剣を拾う。


【星降る夜のツルギ】レア度:UR(アルティメットレア)

純度の高いダークマターに闇竜の牙、アダマンタイトを練り込んで作られた剣。持ち主のMPを吸う。非損傷。


 夜空を切り取ったかのような剣は、持つと輝きを増し流れ星のようなものが走り始める。


 ――超レア武器だ。


 ショートソードぐらいだった剣は新しい持ち主に適合するように変容し、ロングソードぐらいの長さになる。持ってみて分かった、これ自体が魔法でもあるかのような凄まじい攻撃力を感じる。


「うぐ……っ!?」


 立っていられない脱力感がシャインを襲う。剣を手離し両手をついた。

 ステータスを確認するとMPが0になっている。

 説明にもあったけどたった数秒でMPを吸いつくされてしまった。


 ――使い勝手悪すぎ。


 指輪の方が良かったと思いかけたシャインであったが、高潔な彼女に失礼だと思いすぐにその考えをやめた。

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