冴えない元ゲーマーの成り上がり異世界冒険録

雪野

地の底からの復讐者

第1話 謁見

 初めてVRMMO『エターナルファンタジア』が誕生した年、世界中の人々が熱狂した。

 いま一つ物足りない人生を送っていた鈴木ヒカルもその一人。


 物語は地球がエルフやドワーフなどの他種族が混在する世界に取り込まれ、プレイヤーはいずれかの種族になってその世界に降り立つというもの。

 ありがちながらも大自然の中で繰り広げられる冒険と――個性あふれるキャラを作成できるやり込み要素はヒカルを夢中にさせた。対人関係に苦手意識を持つヒカルだったがギルドにも入った。

 季節がめぐり気づけば数年の月日が流れる。


〈エターナルファンタジア内〉


 褐色肌の銀髪ダークエルフであるヒカルが湖畔に腰を下ろして竿からたらしたウキを眺めている。

 ヒカルはこんな秘境が好きでよく足を運んだ。朝もやに包まれる幻想的な森、静寂に包まれ自然と同化していると忙しない日常を忘れられた。


「そろそろ集合の時間だな」


 ヒカルが立ち上がった時、異変が起こった。

 足元がぐらりと揺れた。


 耳を澄ますとゴーン……ゴーン……ゴーン……っと穴の底から響いてくるような音がした。次の瞬間、真横で爆弾でも投下されたような衝撃とともに体が跳ね上がった。


 強烈な地震だ。ゴンッゴンッゴンッと連続で揺れる。大地震がきたと思った。未だ体験したことのない揺れ。どんどん激しくなってくる。

 身がすくむ程怖い。ログアウトすらできずに体を石のように固くする。


――――プツッ。


 寿命がきたテレビのように視界がブラックアウトした。そして今度は急に明るくなる。視界全てが真っ白な空間になる。人により様々であるがヒカルは自分がふわふわとした存在に感じられる中にいた。


「あれ? もしかして俺死んだのかな。……なんてこった」


 ――気づけば22才。短い人生だったな。後悔が三つ残る。

 女性と無縁の青春時代。童貞のまま死ぬとは。今思えば砂漠で喉がカラカラになってるのに無自覚で歩いてたようなものだ。もう少し潤いたかった。

 次にゲームだ。リアルが石ころのようなくすんだ人生なら、ゲームをやってた時はダイヤモンドのごとき輝き。もっとやりたかったな。

 そして最後。お母さんは悲しむだろうな。申し訳ない。

 ……。お母さん、親より先に死んでごめんな。

 最後の最期まで心配掛けた馬鹿息子を許してください。


 その時、突然頭の中にメッセージが流れ始めた。


『――××――××××――……言語理解……完了』

『地球は異世界と融合し改変しました』

『新たなる理によって作られた世界、そこで適した存在になることが可能です。転生先を選んでください』


 ヒューマン、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、獣人、雑種などが浮かんでくる。

 エターナルファンタジアと同じ設定だ。言われるままゲームで使っていたダークエルフを選択する。


【ダークエルフ】


レベル:1

HP:15

MP:5


力:18

体力:9

敏捷:19

魔力:14

精神:16

運:14


【力】

腕力や物理攻撃力、その成長に大きく影響する。


【体力】

力や、レベルアップ時のHP上昇率や自然治癒力に大きく影響する。


【敏捷】

素早さとその成長に大きく影響する。


【魔力】

魔法の威力、レベルアップ時のMP上昇率、MP自然回復量に大きく影響する。


【精神】

魔法、状態異常などの抵抗値に大きく影響し、成長に若干影響する。


【運】

レアクラス、レアスキル選択率に影響する。



『ボーナスポイント20をステータスに分配出来ます』



 ――まるでエターナルファンタジアの初期画面だ。全部同じ。


 こういうのは大体セオリーが決まっている。体力に振るのは定石だがダークエルフは苦手な分野。ここに振ると短所は中途半端に残り、長所が潰れて取り柄がないキャラになる可能性がある。罠だ。

 精神に振って耐性特化にしたり、運に振ってギャンブル的なこともできるけど趣味やコンセプトに寄ってしまうとガチの相手に勝てなくなってしまう。

 ここは遊ばない。心は決まった。敏捷に20振って速さに特化していこう。


 ――〈敏捷〉に全振り! 

 ん、10まで投入が限界のようだ。なら敏捷に10振って決定!


『MAXボーナスによりスキル【俊足】獲得!』


 ――おお、なんか嬉しい! 

 残りは〈力〉に全振りしよう。紙装甲だけど攻撃力と素早さはピカ一というキャラになるはず。


『MAXボーナスによりスキル【豪腕】獲得!』


 ――おお~! 

 これが一番しっくりくるけど念のため気になる魔力と運も確認しておくか。


〈力〉を0に戻し〈魔力〉に10振る。


『MAXボーナスにより魔法【エナジーボルト】獲得!』


 ――なるほど~! ちなみに運は?



『……エラー発生、エラー発生、エラー発生』


 突然壊れたパソコンのようにエラー表示でフリーズした。


――プチュン。考える暇もなく真っ暗になり意識が落ちた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 魔王国。ミール大陸中央に鎮座する小国。200年前にクイーン・オブ・サキュバスと呼ばれる現魔王が打ち立てた新興国である。魔王国最大の首都、ギザの町の北側に居城はある。


 荘厳な古城――謁見の間の大理石の床は磨き上げられており、吹き抜けになった高い天井には巨大なシャンデリアが吊り下げられている。

 玉座に座っているのはボリュームのある栗毛色の長い髪、男を挑発するような瞳、肉感的なボディ、妖艶を体現したような美女だ。


 今この場には深海のように青い幻想的な造りの玉座に座る魔王ステラと、側近である黒髪ロングの女騎士【フリージア・マルグレット】、初老の執事【アルフレッド】が玉座の両脇に控え、二十段の階段を降りた両サイドには24名のサキュバスが整列していた。全員が色とりどりの美女であり、広い部屋の一角を淫靡な雰囲気に染め上げている。


 その部屋の扉が開かれた。入ってきたのは金髪を短く刈り上げた碧眼の青年だ。細工の凝った甲冑を装備し、クールで精悍な印象とあいまって強者の風格を漂わせている。名は【アーク・ニコラウス】。中央に敷かれた真紅の絨毯の上を堂々と歩く。


 次にピンクの長い髪を自然に流した美女が入室した。胸元の開いた白いワンピースドレスを着用し、他のサキュバスと同様、頭部から山羊を思わせる角、背中からは巨大な蝙蝠の羽が生えている【リリーナ・ニコラウス】が優雅にあとに続く。

 二人が階下で止まって礼をした。


「全員集まったか?」

「まだシャイン様が来ておりません」


 アルフレッドが恭しく頭を下げて答える。


「クズが」


 ぼそっとアーク・ニコラウスが呟く。


〈10分後〉


「失礼します」


 入室したのは魔王と同じく赤みの強い栗毛色の髪、中性的な顔立ちの【シャイン・インダーク】。服装は田舎貴族の坊っちゃんのような小奇麗な白いシャツにカーキのパンツをはいている。


 冷たい視線を浴びながら、兄姉の横に並ぶ。

 玉座に座る黒いドレス姿の魔王を見上げた。


「遅れてすみません」


 ん。

 緊張が混じってる中にも丁寧な挨拶をするシャインに全員が軽い違和感を覚える。しかしそれはすぐに消え意識は魔王に向けられた。


 集まった者たちを足を組んだままの姿勢で睥睨する魔王。


「……暇じゃ」


 若く妖艶でいて傲慢さを感じさせる声。肘掛けに頬杖をつき退屈そうに告げる。

 黙ったままの一同。

 アルフレッドが魔王に近づき耳打ちする。


「分かった、任せた」

「はっ」


 アルフレッドが三人に向き直る。


「魔王様に代わり失礼します。緊急事態につき全ての予定が中止となります。言い伝えによればゴブリンやドラゴンの住む世界と融合した際、世界は混沌と化したといわれております。今回も何かしらの影響はあるでしょう。そこで今、早急に必要なものは情報でございます。軍団長各位は遠方ですので代わりにアーク様とリリーナ様に周辺の調査をお願いしたいのですが――」


「了解」

「分かったわ」


 二人が承諾する。

 

 執事とシャインの目が合う。

 シャインは任せなさいと言わんばかりに目を見開いて強い視線を返した。


 執事は助けを求めるように視線を泳がせ魔王に顔を向ける。

 魔王は目を瞑ったまま頷いた。それを確認してからシャインに向き直る。


「シャイン様――の役目はこの城にはございません。今日をもってお別れとなります」


 執事が丁寧なお辞儀をもって告げる。

 シャインは困惑した表情で固まった。


「ぷっ――」


 アークが我慢できずに、といった様子で噴く。

 くすくすとリリーナが失笑する。


「魔王国は実力主義でございます、年中お部屋にこもられている者に用はございません」


 戸惑うシャインにアルフレッドが理由をきっぱりと告げる。

 シャインはふと、閃いた表情になる。


「……羽化が遅い者だっていると思います」

「見苦しいぞ」


 アークが前を向いたままピシャリと言い放つ。


「分かっています。今まで置いてもらっただけでも感謝しています。ただ武器や食料だけ持って出発させてもらってもよろしいでしょうか?」

「立場をわきまえ――」

「よい餞別だ。あとでアルフレッドから受け取れ。他に必要なものは自宅から持ってゆけ」


 アークをさえぎり魔王が言う。

 

「ありがとうございます」


 シャインは誰も気付かないほど軽く右手でガッツポーズを作った。


「……ふんっ、お前ごときがどうやって生きてゆこうというのだ?」

「もちろん……己の力のみで」


 アークの毒づきに対し、独白するように答える。握り締めた拳を見つめる顔には、誰も見たことないような楽しそうな表情が浮かび上がっていた。


「ははは、ゴミスキルしか持っていないお前がか」

「ふふっ、それ言っちゃ可哀想よ」


 アークが嘲笑し、つられてリリーナも笑う。

 

「……」


 そのやり取りを見て魔王は思う、おかしいと。

 てっきり怯えた小動物のように縮こまるものだと思っていた。

 なのになんだあの目は。

 キラキラしているような。

 ギラギラしているような。


 髪の色が同じだからだろうか?

 まるで心に大きな夢と野望を詰め込んで飛び出した、いつかの自分のよう――

 目頭が熱くなるものがあった。


 ……しかし、今さら引き止めることはできない。魔王としての沽券こけんにも関わる。



「……それでは今までお世話になりました」


 深く丁寧なお辞儀とは裏腹に、何の感情も未練も感じさせずくるりと踵を返しシャインはその場を後にした。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 シャインは城の出口付近で執事からミスリルショートソードと水、パン、干し肉、路銀を受け取るとすぐに城を出た。

 姿勢正しく歩いていたシャインが、城門が見えなくなった瞬間、腰が砕けたように近くの壁に寄りかかる。呼吸困難なほど息が荒い。


「ぜひー、はひー、やばかったー」


 緊張で足が震えている。いまだかつてない事態に呼吸が苦しくなり胸を押さえる。

 そう彼はシャインではない。シャイン・ダークの肉体に転生した鈴木ヒカル。

 見知らぬサキュバスの幼女に叩き起こされたと思ったら、見たこともない場所にいた。最低限の情報をそのチビサキュバスから聞き出して凌いだというわけだ。


 頭の中ではどうしてこんなことに? という疑問が吹き荒れていた。その時、


「シャイン様ー」


 澄んだ声。小走りでやってきたのは、銀髪の大きな瞳をした少年だ。キツネに似た毛先の黒い耳と尻尾を持っている。シャインは獣人系だろうと判断した。服はみすぼらしく、元は白だったろう黄ばんだシャツが一枚と灰色のズボン。何日も風呂に入ってない、酸っぱい臭いがする。


「君は――カイ・スタンフォート君?」


 質問の意図が分からず、少年はきょとんとした。 


「なにか記憶が曖昧みたいで、すまないが今何が起こったか、どういう状況なのか説明してくれないか?」

「えっと――」


 少年のたどたどしい説明を聞く。

 カイという少年は奴隷で、母親が売られてしまい途方にくれていたところ先日シャインに荷物持ちとして買われてここで待つように言われていたとのこと。


「え! 俺の家知ってるの?」

「はい、寄ってきましたので」

「おお、ラッキーっ」


 諦めかけていたところだ。まさか執事に「僕の家どこですか?」と聞けるわけもない。怪しまれて捕まるのがオチだろう。


「旅支度するために一旦戻ることにするから案内を頼めるかな」

「はい、分かりました」

「あ、ちょっと待って」

「あ、はい」


 ヒカル改めシャインは先ほどゲームの癖で何気なく念じたら視界に浮かび上がってきた、エターナルファンタジアでは全員が標準で持つ自己解析スキル〈ステータス〉を確認することにした。こんな状況で戦闘になったら一巻の終わりだ。取り急ぎスキルだけは確認する必要がある。


ステータス

【名前】シャイン・インダーク

【称号】魔王の息子

【種族】ダークエルフ

【クラス】


【スキル】

継承スキル『ネームスルー/名読み』

継承スキル『フォーチュン/幸運』

継承スキル『レアリティ判別』

継承スキル『対吸精』  

継承スキル『閃き』


【魔法】

『エナジーボルト』


【レベル:1】


HP:15 / 15

MP:8 / 8


力:18

体力:9

敏捷:19

魔力:24

精神:16

運:30



 ――改めて確認すると、やはりシャイン・インダークの身体に転生してしまったようだ。運の数値が高い。


 種族はダークエルフ。エターナルファンタジアで使っていた闇の種族だ。

 スキルを確認する。

 

【ネームスルー/名読み】レア度:R+(レアプラス)。

対象の名前が見える。


【レアリティ判別】レア度:SR(スーパーレア)。

所持スキルと魔法のレア度が分かる。

 

【対吸精】レア度:R(レア)。

吸精無効、ドレイン無効。


【閃き】レア度:SR。

次回のレベルアップまでの必要経験値量を大幅に引き下げる。


【フォーチュン/幸運】レア度:SR。

運+5。レアスキルとレアクラス選択率が大幅に上昇する。


「うおお」


 最後のスキルを見た時、思わず興奮の声が漏れた。

 ものすごく強そう。どこがゴミスキルしかないんだよ。

 魔法も見る。


【エナジーボルト】レア度:C(コモン)。

レベル1の無属性・攻撃魔法。


 ダークエルフなのに初期から魔法が使える。

 やはりこの体は魔力と運に特化しているようだ。


 しかしエターナルファンタジアと全く同じと判断するのは早計だろう。持ちスキルの段階で違うのだ。どんな魔法や技術が存在するかは不明である。鵜呑みにもしないが、頭ごなしに否定もしない、柔軟に対応しようとシャインは考える。

 確認完了。


「待たせたな、行こうか」

「はい」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 魔王城の南に広がる――城下町ギザ。この町が急速に発展したのはここ数十年のこと。世界中から嫌悪される魔王の国に住むというリスクを軽減するため、魔王が都市側に完全な自治権を与えてからだ。

 来る者拒まずの姿勢は人種のるつぼとして栄える反面、治安が悪い面もあったが近年冒険者ギルドが発足しそれも安定している。


 石畳の敷かれた中世風の街並み。シャインは魔王城から遠ざかるほど賑わっているように感じた。南のほうは商店が居並び、人がごった返している。

 武器屋、宿屋、酒場、料亭――さまざまな店がひしめき合う。町を歩く人々はヒューマン系と獣人などの亜人種で半々といった印象だ。横切りながら目で情報を拾っていたシャインがビクッと身体を硬直させ立ち止まる。

 目の前には身長2メートルを超える二足歩行のトカゲ人間。筋骨隆々で緑色の鱗を持つ体表と尻尾はワニのようである。シャインは壁が迫ってくるように感じた。

 皮の鎧を装備していることで知性を感じ取り、すぐに落ち着きを取り戻す。


 ――びっくりした〜! リザードマンだ。


 エターナルファンタジアでは言葉の通じない敵性種族である。

 シャインが止まったのに合わせてリザードマンも止まっていたが、顔を向けることなく「フンッ」と鼻を鳴らし横切っていった。


「今の見た?」

「え、はい」

「え、その反応はリザードマンってよくいるの?」

「たまに見かけます」

「は~、そう? それなら怖がってしまって失礼だったかなあ」


 シャインは驚きましたという顔をして頭を掻いた。

 そんなシャインをカイが不思議そうに見る。


 シャインはガラス張りのショーウィンドウで顔も確認した。

 18才くらい、顔は「物憂げ」「倦怠」「退屈」があるアンニュイな女顔。イケメンではない。ダークエルフっぽさは全くない。なんとなく魔王寄りなんだとは思う。


 そうこうして南の出口が見えてきた時、肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。見ると、大きな焼き鳥串のような物を売っている店を発見。


 ――あれぐらいならいいか。お金の使い方も覚えておきたいし。


「あれカイも食べる?」

「いいんですか? いえ、やっぱり悪いですし」

「一人だけ食べる方が気が悪いし、食料は使いたくないから遠慮しないで」

「は、はい、では」


 カイが頬を赤らめて頷いた。


「ちょっと待ってて」


 店に入る。買い物の方法は、硬貨が銀貨と金貨の二種類あり、何枚必要という算数ができたら問題ないレベルだった。

 10本の焼き鳥串を購入し店を出ようとした時、


「おい、あいつカイじゃね?」

「あ、ほんとだ」


 三人組がカイに近づいてきた。16~18才くらいの西洋風の男子であり、身なりは上質なシャツやジャケットと上流階級のお坊ちゃん風、町の中では良いように見える。


「奴隷の子がどうしちゃったの?」

「くせー」

「お前の母ちゃん売られちゃったんだってな、ぎゃはははっ」


 カイを囲み、身振り手振りでおちょくりだした。


 苛めだ。気分が悪くなった。

 助けてやりたいが、今は問題起こすとまずい。カイが反撃するかもしれないし。

 店内の陰から見守る。


 しかし、やはりというべきか。すっかり関係が出来上がっているらしく小突き回されてもカイは怒るでも泣くでもなく無表情な顔で俯いているだけだった。


 シャインは自分のことのように動悸が止まらなかった。三人組が去った後も、しばらく店から出られない。

 何度も深呼吸し、呼吸を整えて出る。


「おまたせ」


 シャインを確認するとカイは笑顔に戻ったが、先ほどまでの笑顔より少し弱い。どうしていいか分からなかった。


 効いていないはずがない、悔しくないはずがない。

 こういう負の感情は雪のように降り積もる。カイの心のどこかに積もっているはずだ。

 

 ――これはカイがいつか超えなきゃいけない問題だ。

 

 この世は競争社会、パートのおばちゃんですら戦っている。

 競争は生物としては当たり前のもの、社会の活性化のために必要なものだ。

 だから1000年先も、アンドロイドが全ての仕事を肩代わりしてくれる時代になったとしても、この構造はなくならないだろう。人が人を支配する構造は。

 抜け出したければ、勝ち組に回るしかないのだ。



 ――くだらねぇ。

 俺はそんなことにあまり興味がない。幸いこの世界は全力で駆けた世界に似ている。

 俺の輝きを全て置いてきた場所。この世界では少しばかり正直にいかせてもらおう。


「ちょっと用事を思い出した。先に出口のところに行って、これ食べて待ってて、すぐ戻る」

「分かりました」


 ――そうあれはカイの心の問題。


 シャインは踵を返して急ぐ。辺りを探す。

 そして先ほどの三人組を見つける。

 

 ――そしてこれは俺の心の問題だ。


 三人が路地裏を曲がった。追いかける。人通りは、ない。

 全速力で走り、三人組の真ん中にいる金髪ロン毛の後頭部にドロップキック!


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 町から離れた場所。話しが通っているのか町からはすぐに出られた。

 三人組には全治一ヶ月ほどの怪我を負わせ、その場をとんずら。大騒ぎになっているだろうが、二度とこの町に戻ることはないから構わない。


 ――敵取ってやったからな。


 カイを見る。カイは健気にも焼き鳥串を食べずに持っていた。

 半々に分ける。

 肉を頬張ると、冷めてはいるがこちらの世界にも似たものがあるらしい香辛料やタレが利いて美味しい。


 飢えた子犬のようにガツガツと食べているカイが喉を詰まらせてむせかえった。


「ほら水」

「けほっ、ありがとうございます」

「気にするな、自分の力で手に入れたものじゃないからな」


 武器に食料に自分の力で手に入れたものは一つもない。お礼を言われてもこそば痒い。


 ――自分の力で手に入れるのはこれからよ。


 手の平を見つめながら自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。

 そんなシャインをまたカイが不思議そうに見やる。



 町の外は、岩場に木々もあるが基本はファンタジーな草原が辺りをカーキグリーン色に染め上げていた。


「さてと――まずは洗おうか」

「へ」


 町が見えなくなってしばらく。シャインがカイをジロリと睨む。近くの川に連行していった。

 岩陰でカイを洗うことにする。


「身体を拭くから脱いで」

「は、はい」


 少し恥ずかしそうにしながらもカイはシャツを脱いだ。


「少し冷たいけど我慢してね」


 水に濡らしたタオルで背中を拭いていく。

 垢を落としていくと、女性のようにきめ細かな白い肌がみえてきた。

 変な気分になる。


 くるっと正面にしてズボンを脱がした。


「あれ?」


 シャインは小首を傾げた。

 男ならついているものがついていない。もう一度くるっと回転して背中を向けさせる。


「女なら先にそう言ってほしかった」

「す、すいません」

「男の子っぽいから気づかなかったよ」

「<身体変化>のスキルを使っています。母がそうするようにと」

「そうか、分かった。じゃ前は自分で拭く?」

「は、はい」


 シャインはあくまでも冷静に対応しながらも、心は高鳴っていた。正直、前の体の持ち主(本当のシャイン)は何故買ったのかと思っていた。それが女というだけで意見はがらりと変わる。


 ――え、ちょっと待って。

 奴隷というからには自分のものなんだろうか。この純朴で可愛い女の子が。


 叫びだしたいような魂の歓喜。生まれてきて良かったと思えるような幸福感が押し寄せる。


 身体を拭くカイを横目でチラ見する。

 残念ながら後ろ姿は少年にしか見えない。

 ときおり見える横胸は膨らみはない。微乳とかではなく男の胸。中心こそピンク色なだけ。それはそれでやらしいのだが。

〈身体変化〉を解いたら体型は変わるのだろうか。しかし体を拭き綺麗になっていくと、


「……可愛い」

「え?」

「いやなんでもない」


 少年のようでありながら美貌を兼ね備えたカイを見て思わずシャインが呟いた。

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