レバレッジ

パクリ田盗作

第1話:悪夢


 週末のショッピングモールは買い物客で賑わっていた。

 一人の家族連れが買い物を終えたのか沢山の荷物をカートに乗せて立体駐車場へと向かう。

 買い物の荷物の一部を両手に持つ母親と思われる女性、おねだりして買って貰えたのか抱きかかえるほどの大きなテディベアのぬいぐるみを愛しそうに抱きしめる娘と思われる少女。

 その後ろからカートを押して少し疲れた様子の父親と思われる男性が駐車した自分の車へと向かっていた。


 荷物を車に積み込んでいると立体駐車場に響くエンジン音。何事かと家族達が振り向くと数台のスモークで窓が見えないワゴン車が家族の車を取り囲むように止まった。

 ワゴン車から降りてきたのは帽子にサングラス、口元にバンダナを巻いて人相を隠した黒人の集団。

 家族側の父親が両手を上げて財布を出すから家族に乱暴しないでくれと訴える。黒人の集団から一人の男が前に出たかと思うと拳銃を取り出し、男の頭部を撃った。

 銃声に混じって女性と少女の悲鳴が駐車場に響く。男は頭部を撃たれたがまだ意識は残っていた。

 掠れていく視界の中で男が見たのは妻と娘が黒人の集団に車の中に連れ去られる姿だった。

 妻と娘は必死に男に向かって助けを求めていた。男も持てる気力すべてを使い果たしてでも妻子を助けようと手を伸ばす。

 だが、現実は無常で残酷だ。男の手は届かず、コミックのようなヒーローは現れず、妻子は連れ去られ、ワゴン車は走り去っていく。それが男が意識を失う前に見た最後の光景だった。


 男が次に意識を取り戻したのは病院だった。近くにいた看護師によって自分が半年近く意識不明の状態だったことと、銃弾が頭蓋骨に沿って上部にそれたことで一命を取り留めたことを知った。妻子の事を聞くと警察が来て鋭意捜索中と告げられた。

 それからは警察から事情聴取を受けながらリハビリに励んだ。一命を取り留めたものの、半年間の植物人間状態で筋肉は衰え、頭部に銃撃を受けたことで後遺症も見受けられた。

 辛く苦しいリハビリだったが男は耐えた。きっと妻子は生きている。今も自分の助けを待っていると信じてリハビリを続けた。


 誘拐事件発生から一年がたったある日、妻子が発見されたと警察から連絡があった。男は喜んだ……警察が発言した妻子が【発見された】という意味を知らないから。

 男は警察の案内で妻子の元へと向かう。最初は喜びに満ち溢れて。警察の案内でエレベーターで地下に向かうことに戸惑いを覚え、死体安置所というマークの付いた部屋に案内され絶望する。

 男は希望に、神に縋った。警察が質の悪いジョークでここに連れてきたと、見つかったのは妻子によく似た別人だと思った。


 暗く寒い安置所の台に親子のように並ぶ死体袋。検死官と思われる手術着を着た男性が無言でファスナーを下ろす。

 男は嗚咽した、生涯を誓いあった妻の変わり果てた姿に。男は慟哭した、目に入れても痛くないと周囲に豪語した最愛の娘の変わり果てた姿に。

 そこで男は妻子の姿に気づく、胸に縫合跡があることに。男は検死官に詰め寄った、検死を許可した覚えはないと。同行していた警官に拘束され検死官から離される。

 検死官は乱れた衣服を整え、何か覚悟するような表情で口を開いた。


「妻子は内蔵全部抜き取られ、ダウンタウンのゴミ箱に全裸姿で遺棄されていました」


 検死官が死体袋のファスナーを最後まで下ろす。妻子の腹部は異常にへこんでおり、中身が空っぽであることが一目でわかってしまった。


「うわああああああ!! ……はぁ……はぁ……またあの夢か……」


 悲鳴を上げながら男がベッドから飛び起きる。肩で息を繰り返しながら両手で頭を抱えて悪夢を追い払うように頭を左右に激しく振る。寝汗をかいていたのか、頭を激しく振るたびに玉の雫が飛び散った。

 もう一度寝る気がしないのか、男はシャワーを浴びて寝汗を流し、眠気を覚ます。湯気で曇った鏡を拭いて自身の姿を写し込む。

 鏡に映った男の姿は夢の中の男によく似ていた。夢の中と違うのは額から頭頂部に向かうような傷跡と、目の下には隈ができ憔悴したような顔つきだった。ただ目つきだけが夜行性の肉食動物のようにギラギラと光って見えるような錯覚を与えた。


「あれから5年……忘れるものか……必ず……必ず殺してやる!!」


 男は鏡に映る自分の姿に暗示をかけるように呟く。そして拳を振り上げると鏡を殴った。ガシャンと鏡が割れる音と共に鏡にヒビが入り、男の姿が歪む。殴った拳からは血が流れるが痛みを感じないのか気にした様子もない。


 シャワ-を浴び終わると男はリビングへと戻る。リビングの壁には新聞の切り抜き記事や手書きのメモ、隠し撮りや監視カメラ画像の様な荒い画質の写真がいくつか貼られていた。

 テーブルの上に置いてあった携帯が着信を告げるバイヴ振動を行う。携帯の液晶画面には非通知の表示がでていた。


「はい、ゴメイサ」

「よう、俺だ。ご所望のパッケージ、指定の場所に送り届けたぜ。現地まで来てパッケージの確認と受取のサインをお願いしたいね」


 男はゴメイサと名乗り電話を取る。電話の通話主はゴメイサから何か荷物の取寄を頼まれていた模様で、その荷物が手に入り、指定された場所においたので受け取りに来るようにと伝えた。

 電話の主は要件を伝えると通話を切る。ゴメイサは携帯をテーブルにおいてYシャツにベスト、ネクタイにジャケットという3ピーススタイルに着替える。

 モーテルを出て駐車場へ向かうと車に乗り込み、ダッシュボードからロリポップを取り出し口に含み、目的地へと向かう。


 電話の主との取引場所は都市の再開発計画化頓挫し、廃墟化したタウンの一角にある車庫だった。

 車庫の前には仕立ての良いオーダーメイドスーツに身を包んだ東洋人が車のボンネットに腰掛けてタバコを吸っていた。

 ゴメイサがやってきたことを確認すれば律儀に懐から携帯灰皿を取り出し、タバコの始末をする。


「相変わらずロリポップ舐めてるのか? 女かよ」

「俺は頭脳労働派でな、常に糖分補給が必要なんだ」


 ロリポップを咥えて車から出てきたゴメイサを見て東洋人の男はオーバーアクションで呆れる。ゴメイサは舐め終えたロリポップの棒をプッと投げ飛ばし、また新しいロリポップを咥える。


「パッケージは?」

「この車庫の中だ、確認してくれ」


 ゴメイサが車庫のシャッターに取り付けられたガラス窓から中を覗き込む。ガレージの中には椅子に両手両足を縛られ猿轡を噛まされた黒人が薬でもかがされたのか眠っていた。


「んで、こいつがパッケージが持っていた携帯だ」

「日本人は仕事が丁寧で助かるよ。また何かあったらお前に頼む、ボリショイ・ヤポンスキー」


 ゴメイサはクリップで纏められた札束を3個ヤポンスキーに渡す。


「我が社は正規に料金を払ってくれる客には誠実即日をモットーにしてるからな。これからも頼むよ」


 ヤポンスキーは札束をポケットに仕舞うと自分の仕事は終わったのか、車に乗って立ち去った。

 ゴメイサはヤポンスキーが立ち去ったことを確認すると、車庫に足を踏み入れ、眠っていいる黒人の前に立つ。

 ゴメイサの顔を誰かが見ていればこう答えただろう。その顔は狂気と笑みが混じり合っていたと。


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