第3話

 ―――これが牢屋か。


 異世界に来てまだ小一時間くらいしかたってないのに……まだ異世界気分を何も味わっていないのに、こんな薄暗くて冷たくて罵声と奇声しか聞こえないところで岩壁と鉄格子に隔離されてるってどういうこっちゃ!

 しかもあれから渡されたものと言えば、この腰に巻いてある一枚の布のみだ。

 さながらこれから風呂にでも入る人みたいになってるわ。


「おい、そこの少年や」


 声は正面の独房からだった。

 誰かいることはわかっていたが、どうやら老婆のようだ。


「もっとその体を見せておくれぇ」


 おれは自分の体に即時後退を命令する。

「おやおや。恥ずかしがりやさんかぇ。どれ、じゃあ交換条件と行こうじゃないか。わしにその若い体をよぉ~く見せてくれたら、わしがなぁ~んでも答えてあげようて」


 耳寄りな情報だなそれは。


「おぬし、かなり不安そうだからの。外のもんかぇ?」

「……まあ……そうだが」


 しぶしぶ前に出る。

 老婆の歓喜が聞こえる。

 情報収集のためだ。

 あの様子じゃパドメもあてにならないし、情報はあるに越したことはない。


「あの城にはどうやっていくんだ?」

「あの城?」

「周りに大きな穴が掘られている城だ」

「おぉおぉ、ヴィヴァンルーシュタイン城じゃの。あの城にはのぉ……行けたものはおらんて」

「いない?!」

「そうじゃ。……あ、いろんなポーズをとってもらっていいかのぉ」


 注文の多いばばあだ。

 ボディビルダーのごとく、無い筋肉に力を入れてそれなりのポーズをとる。


「どうにかすれば行けるだろう。この世界には魔法もあるんだし。物理的な方法だって、いくら中世だからって何かしら方法はあるんじゃないのか?」


 中世ぃ?と老婆はよくわからないという顔をする。

「城下にいた兵士たちがのぉ、城に入ることを試みたんよ。おまえさんが言うように魔法つかったり、物理的にだったりのぉ」


 なんだよそれ。

 じゃあおれもそこにいけないってことか?

 思わずポージングに力が入ってしまい、ばばあの歓喜が牢獄を駆け巡る。


「すべては……魔王のせいじゃて」

「魔王?」

「魔王も知らんとは……。まぁなんだ、この世界を空から支配する者……とでも言うとこうかの」

「神みたいなものか?」

「……まぁそう言う者もいるわな。だが、ちがう」


 老婆の声色が変わる。


「ある昔話があっての。なーに、長くならんて。単純な話じゃ。昔は神様がおったんじゃ。ある日、魔王が神様を倒しに三人の魔女をつれて空に上がった。そして神様は倒され、魔王が支配する世界に変わった―――そんなところじゃ」


 ほんとに単純だな。


「それで? その魔王が何かしたのか?」

「1ヶ月ほど前になるかのぉ。あの城にな、『魔王の逆鱗』が落ちたんじゃ」

「なんだそれ。雷みたいなものか?」

「それに似ていて、非なるものじゃ。あれをくらった者は魂を吸われると言われておる」

「魂……? ってことはあの城の中は魂が抜けた肉体がごろごろと転がっているのか?」


 ポージングも声色と同じように弱弱しくなっていく。


「普通ならそうじゃろうが……城の周りの深い穴がの」

「穴がなんだ?」

「普通ならあんな物理的な影響は無いんじゃ。まさに雷のように、その後は何事もなかったようにしての」

「じゃあ……どうしてああなったんだ?」

「おそらく何者かが『魔王の逆鱗』の力を別の魔法属性に変えたんじゃろう。そしてそれが城の周囲に分散し、あれだけの穴になった……とわたしゃふんでおる」 


 魔王、なんてことしてくれてんだよ!

 おそらくおれが勇者である以上、その魔王がラスボスなんだろうな。


「おーい、ハルヒコー」


 おれを呼ぶ声が聞こえる。

 ほんの数時間前に聞いた声だ。


「ハルヒコ、どこー? ハルヒコじゃなかったかしら。ハル……ハルピコ? ハルピコー!」

「ハ ル ヒ コ じゃー!」

「ああ! ハルヒコー!」


 やはり声の主はパドメだった。

 最初に声が聞こえた時にちょっとほっとした心を踏みにじられた気がする。


「よかったぁ~。ハルヒコ生きてて~」


 だばだば涙を流す自称天使。


「やっときたか……っておまえなんだその服」

「え? あ、気づいちゃった? どう? これ、どうかなー?」


 これはいわゆる踊り子衣装だ。

 胸はとびきり強調され、くびれ、お尻と、体のラインを見せびらかすのが主目的なんじゃないかと疑ってしまうような服装だ。


「あんな見るからに天使みたいな服着てたら溶け込めないかなーと思ってー、なんかこの羽衣が天使っぽいかなと思ってー、これにしてみたの」

「天使さを隠したいのに天使っぽい格好してどうすんだよ」

「え、あ、そっかぁ。頭いいね、ハルヒコ」

「普通だ。……ってかおい、パドメ。そういえば全然話がちがうじゃねーか」

「え、なにが?」

「おまえ、城一つおれにやるって言ったよな。その城に誰も近づけないらしいぞ」

「そうなの? そんなことになってるの?」

「ああ。それになんだ、あの召喚の仕方はっ! なんでいきなり犯罪者になっとんじゃ。召喚される度に全裸になってこんな薄気味悪いところに入れられるのか?」

「そうそうそうなのよ! どうしてあんなことになったのかしら。あたしも初めての召喚だったからよくわからないっていうのもあったけど……あたしとしてはね、あのお城の玉座にそれはもう見た人が胸糞悪くなりそうな雰囲気を添えて座ってもらおうかと考えていたのよ。そしてもちろんそのとおりに実行したわ! でもそれができなかったの……」


 急にしんみりモードに入るパドメ。

 どんな雰囲気で召喚させようとしてたんだ、こいつ。


「……とりあえず、おれを早くここから出してくれ」

「はっ! そうだったわ。あたしは君を助けにきたのよ」

「どうやって? 鉄格子を軽く広げられる怪力女設定なのか?」

「ちょっと! あたしはか弱い乙女なパドメちゃんで通ってるんだからそんな言い方するのやめてよね」

「じゃあどうする。もしかして俺に物理すり抜け機能とかあったりするのか?!」

「そんなのあるわけないじゃない―――じゃじゃーん! これよこれ! 鍵よ! 鍵でぱぱっとあけちゃうわよ」


 看守の目を盗んで持ってきたのか。でかした!


「さーてー、あけちゃうわよ~っと。…………あれ? 入らない」

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