ダメ姉は、お世話される(中編)

 コマを盗撮するという愚か者を見事成敗した私。しかしその代償は小さくなかった。


「―――これ、捻挫ね。もう……相変わらずマコちゃんはコマちゃんの事になると暴走特急になっちゃうわねぇ。コマちゃんの為に盗撮犯を捕まえちゃうなんて無茶するわ」

「それがマコさんの愛ですよ先生。……とはいえ、あまりコマさんを心配させるような無茶はしちゃダメですからねマコさん」

「いやはや面目ない……」


 耳鼻咽喉科の先生だけど、基本的に何でもできちゃうちゆり先生の診療所に遊びに来たついでに診て貰うと。腐れ外道に蹴りを加えた時の右足と、それから着地の時に勢いを殺しきれずついた左手にダメージを負った結果……どっちも見事に捻挫してしまったと診断されてしまう。

 遊びに来たはずが、来て早々に怪我人として診察受けちゃう厄介過ぎる患者ですみません先生方……


「幸い骨に異常はないみたいだけど……この様子だとこれから痛みと一緒に腫れてくるかもね。知り合いの腕の良い先生を紹介してあげるから、そこでもっと詳しく診て貰うと良いわマコちゃん」

「い、いえ。そこまでして貰わなくても……こんなの唾でも付けとけば治るかと」

「ダメですよマコさん。捻挫だからって甘く見てはいけません。酷くなる前にちゃんと然るべき場所で診て貰い、適切な処置を施さないと治るものも治りません」

「は、はぁ……」


 ちゆり先生が応急処置として湿布貼って包帯巻いてくれたからか、思ったほど痛くはない。これのお陰で私的には病院行く必要なんてないと思うんだけどなぁ……


「さてと。本当は私たちもマコちゃんの看病してあげたいところなんだけど……ねぇ?それは余計なお世話っていうか。下手に手を出したらこっちが馬に蹴られて大怪我しちゃいそうというか」

「ええ、そうですね。看病は私たちの役目ではありませんよね」

「……ん?」


 と、何やら意味深な目配せをしている先生たち。どういうことかと首を傾げる私だったんだけど、


「と言うわけで、あとはヨロシクねコマちゃん」

「マコさん、お大事に。ちゃんとコマさんの言う事を聞いて安静にお過ごしくださいね」

「……はい、ありがとうございましたちゆり先生、沙百合さま。申し訳ございませんが今日のところはここで失礼いたします。埋め合わせはまた後日。……では姉さま、行きますよ。まずは病院受診です」

「へ……きゃ、きゃあ!?」


 突然後ろから抱きかかえられる。何だ何だと慌てて見上げると、凛々しくもどういうわけか今日は少しばかり迫力のある我が愛しのコマのお顔がそこにはあった。

 ……わ、私……もしかしなくてもコマにお姫様抱っこされてないかコレ……!?


「ちょ、ちょっとコマ!?な、何をして……!?何故に抱っこ……!?」

「姉さまが捻挫をする原因となったのは、他でもないこの私。ですから……マコ姉さまの面倒はすべて私が見ます。誠心誠意、真心込めて、全力で姉さまの看病をさせていただきます」


 先生方の前でお姫様抱っこされるという珍事。二人っきりならともかく、先生たちに見せつけているようでちょっと恥ずかしい。慌てて降りようとジタバタする私だけれども、コマはガッチリホールドして身動きが上手くとれない。


「い、いやあの……看病はともかく……だ、だからなんで抱っこされてるのかな私!?お、降ろしてよコマ……」

「嫌です。その脚では歩けないでしょう?……分かっていますよ、本当はかなり痛いのに……私や先生方に心配されたくないからと痛くない振りをしていますね?ここに来るまでも引きずっていましたものね」

「大丈夫、大丈夫だって!せ、先生の処置のお陰で全然痛くないよ!?だ、だから降ろして……」

「ダメです。そんなの絶対許しません。我慢して悪化したらどうするのですか。捻挫を甘く見てはいけません」

「な、なら……ここの診療所の車いすを借りさせて……そ、それなら歩かずに自分で移動できるし……」

「それもダメです。左手も負傷されているのですよ。車いす自操なんてしたら今度は左手にも負担がかかります。そもそもです。それだけしっかりと左手も固定されていては自操なんて出来ないでしょう?」


 コマに言われて試しに左手に力を入れてみる。先生の手堅い応急処置でしっかりと包帯に包まれた左手は、確かにピクリとも動かせない。これじゃあコマの言う通り、車いすを自分で動かすことも難しそうではあるけど……


「だ、だから大丈夫だって!歩くのも全然余裕だし大したことないって!こんなのコマの手を煩わせる必要は―――」


 それでも姉である私が妹にされるがままお姫様抱っこされるだなんて恥ずかしい。それに最近また太ってきてるから大好きな人に重たいって思われるのも嫌だ。

 なけなしの姉のプライドやら羞恥心やらのためにも意固地にお姫様抱っこを拒否する私。するとコマは柔らかな笑みを浮かべ―――


「…………姉さま」

「(ゾクっ)は、はい!?」

「いいから、大人しく。私に委ねてくださいな♡」

「…………はぃ」


 ―――双子の姉である私だからわかる。とても素敵で、とても背筋か凍ってしまいそうになる攻撃色を含んだ笑みを浮かべ。有無を言わさぬ一言で私を黙らせる。

 あ、これあかん……なんかコマ、めっちゃキレてる……逆らったらえろい事に……じゃなかったえらい事になる……


「良かった♡では姉さま、早速病院へ向かいましょうか」

「あ……あの。コマ、さん?……せ、せめてお姫様抱っこじゃなくておんぶにして頂けると……」

「…………ん?」

「イエ、ナンデモアリマセン……」


 …………結局私は最後までコマにお姫様抱っこをされたまま。好奇の目で通行人の方々にジロジロと見つめられる中、電車に乗り病院受診をしておうちへ帰ることとなった。



 ◇ ◇ ◇



「良かったですね姉さま。ちゆり先生が仰っていた通り。骨に異常はなかったですし。約2日間安静にして、そして適切な処置を施せば2週間で完治するですって」

「うん、私も安心したよ」


 道中恥ずかしい思いをしながらもちゆり先生に紹介された病院で診察を受けた結果、やはり捻挫だと診断された。しかも運の良い事に中度の捻挫だったお陰で、足も手も2日もあればどうにか日常生活は一人でもできるって話だそうだ。


「とはいえ。安静期間は絶対安静ですよ姉さま。そうでなければ今以上に酷い痛みや腫れが出てくる可能性もありますからね。日常生活はすべて私がお世話をします。今日から2日間は私が姉さまの手足。移動はすべて私が姉さまを抱えます。無理なんて絶対にさせませんのそのつもりで」

「…………はい」


 ……つまり逆に言えば。2日はコマにずっとお姫様抱っこされるってことだけど。

 こんな時に限って叔母さんは編集さんと一緒に取材旅行に出かけてやがって家にいないから、必然コマに色々と頼むしかないんだよね……


「宜しい。……それでは姉さま。時間も時間ですし、そろそろ食事の準備をしてきますね。姉さまはそちらでテレビを見るなり、本を読むなりしてゆっくり休んでいてください。何か御用があればすぐに私を呼んでくださいね」

「へっ?」


 そう言ってコマは私を優しくリビングのソファへと移し、自分はそのままキッチンへと向かおうとする。


「ねえコマ?食事の準備って……まさか、コマがお料理する……の?」

「あ、はいです。姉さまには及びませんが……これでも味覚障害を乗り越えてからこれまで。少しずつお料理も覚えてきましたからね。姉さまが動けない分、今日は私が頑張って作りますよ」


 腕まくりをし、私が愛用しているエプロンを身に包みそう言いだすコマ。そ、そんな……!?


「い、いや待ってコマ!?ストップ、ストーップ!お料理は、お料理だけは私にさせてくださいお願いします!?」

「え?」


 他の事はともかく。お料理をコマだけに任せる事だけは遠慮させてほしい。だってその仕事を奪われたら、私にはほかに何も出来ないんだもの。

 いつもダメダメな私の、たった一つの特技の料理。 それを発揮する機会がなくなったら、本格的に私に存在価値がなくなっちゃうじゃないですかヤダー!?


「幸い利き手は問題なく使えるわけだし、座りながらでも料理は出来るよね!?だ、だから……ほら……ね?お、お願い。お姉ちゃんにお料理させて♡」


 媚びへつらいながらコマにお料理をやらせてと懇願する私。その私の真摯な態度に、コマはにこりと笑って。


「ダメです♡」

「そんなぁ!?」

「言ったでしょう?姉さまは2日間、絶対安静です。良い子ですからそこで大人しく待っていてくださいね♪」


 一刀両断。聞く耳持たずに私を置いてさっさとキッチンへ。うぅ……今日のコマはいつも以上に強い……


「…………待てって、言われてもなぁ……」


 とりあえず言われた通りリビングで待つ私。テレビを付けたり本を読んで時間を潰そうとしてみたけれど……全く頭に入ってこない。


『さて。何を作りましょうかね。バランスの良い食事は勿論のことですが……ちゆり先生と沙百合さま曰く、捻挫にはタンパク質にビタミンC、コラーゲンなんかも摂取すると捻挫の回復に良いそうですし……だったら……』


 こっそり耳をすましてみると。キッチンで今日の献立を考えている様子のコマのかわいい独り言が聞こえてきた。


『良質なタンパク質といえば鶏むね肉や豚ヒレ肉ですよね。コラーゲンは手羽先や豚足。ビタミンCは果物で補うとして……鶏むね肉がちょうどありますし蒸し鶏にして……コラーゲンも取りたいですしここは手羽先を……あ、でもそうなると鳥ばっかりになってバランス悪いかな……?んーと……いっそ手羽先は鍋に入れたらお野菜も一緒に食べられていいかも』

「…………」



 ソワソワ……



 冷蔵庫を開けて一生懸命私の為に頭を働かせている様子のコマ。そんなコマの様子を伺っていると、じっとしていなきゃいけないこの状況がとてももどかしくなってきて。


「あ、あの……コマ……?わ、私も手伝いに来た方がよくないかな?」

『姉さまはそこで大人しく待っていてください』

「……はい」


 一声で一蹴された。


『さて続きです。とりあえず献立はこれでいいとして。まず下ごしらえしませんとね。鶏肉は両面をフォークで刺して、調味料と一緒に袋に入れて揉みこんで……その間に鍋の準備をしないと。あら?お鍋はここじゃないのですかね?…………あ、棚の上ですか。それでは鶏ガラのスープは……ええっと、確か姉さまが作り置きしてくれていた物があったような?……どこかしら?んー…………ああ、これですかね?』

「…………」



 ソワソワソワ……



 いつもは私がキッチンを占拠しているせいで、道具や調味料がどこに置いているのか把握できずにバタバタしている様子のコマ。困っているみたいだし……ここは私の出番なのではなかろうか?


「こ、コマ。どこに何があるのかわからないなら……やっぱり私も一緒に料理を―――」

「姉さまはそこで大人しく待っていてください」

「……はい」


 先ほど以上に強い口調で。言い終わる前に食い気味に拒否られる。


『……続きをしませんとね。ええっと……鍋は噴きこぼれないように様子を見ていくとして。今のうちに蒸し鶏を作りましょうか。さっき漬け込んだ鶏肉をフライパンに移して……アルミホイルで落し蓋を……弱火で加熱している間に、ねぎを…………あ、しまった。そう言えばねぎは使い切っていましたね。どうしましょうか』

「…………」



 ソワソワソワソワ……



 材料が切れていた様子でコマがちょっと困っているみたいだ。こ、ここは姉としてちょっとでもコマの役に立たないと……!


「こ、コマ!材料がないなら、私が今から買い物に―――」

「…………姉さま」


 と、痛む足を誤魔化して立ち上がり玄関の方へと向かおうとしていると。コマはキッチンから飛び出してヌッと私の前に現れる。


「あ。コマ、足りないのってねぎだけ?ほかに必要なものがあるならお姉ちゃん買ってくる―――」

「ちょっと、黙って……んちゅ……」

「ふむぐぅ……!?」


 あれをしなきゃこれをしなきゃ。コマのお役に立たなきゃと焦る私の思考を……コマは不意打ちのキスで断ち切る。

 反射的についパッと身を引こうするけれど、コマは私の肩に手を置いて。そして逃がさんと言わんばかりに私の唇を自分のモノで覆う。


「んぅ……は、あぁ……こ、ま……待っ……んんぅ!?」

「姉さま……ん、ちゅ……ちゅぱ……」


 半ば強引に唇を重ねて無理やり舌を捻じ込んでくるコマ。吸い付き、私の舌を覆う唾液を求めて絡みつき。ざらつく味蕾を擦りつけて。舌全体を、頬の内側を、歯を、歯茎を……とことん弄ってくる。舌で突き刺してくる。吸い付いて口腔内の唾液を全部呑み込んでくる


「ぁ、あぅぁ……んむ…………ふぁあ……」

「……ちゅ、んちゅ…………じゅるる……れろぉ……」


 暴力みたいなそのキスに、はじめのうちは逃れようとしていた私も……だんだんと分からされて。とめどないキスの嵐に蹂躙されて……抵抗らしい抵抗もできずに降参してしまう。コマにされるがまま、コマのキスを受け入れて……


「は、うぁ……ぁあ……」

「…………ふぅ」


 一体どれだけの時間が経ったのか。ゆっくりとコマが唇を離す頃には。私はふにゃふにゃに蕩けさせられて、足腰立たないまま最初にコマに座らされていたリビングのソファに優しく横たえられる。


「さ。姉さま。もう一度だけ言いますね。良い子ですから、お料理が終わるまではそこでジッとしていてくださいませ」

「…………はぁい……」

「はい、良い子です♡では、もう少しだけお待ちください」


 そう言ってコマは大人しくなった(※大人しくさせられた)私を見て満足げに笑い。再びキッチンへ向かって行った。

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