ダメ姉は、お世話される(前編)

「―――待てやゴラァアアアアアアア!!!」


 駆ける。


「オイ、キサマァ!逃げられるとでも、思ってんのかアァン!?」


 一目散に逃げ出した対象目掛け、矢よりも早く駆け抜ける。


「大人しくそのスマホと…………首と心臓と背骨を置いてけやオラァ!!!」

「ひ、ひぃいいいいいい!!?」


 殺気と憎しみをたっぷり込めて。呪詛を声高らかに叫びながら、私―――立花マコは狩るべき標的を追い立てる。


「お、お助けぇえ……!」


 眼前の男は情けなく悲鳴を上げながら逃げ惑う。今更命乞いとは片腹痛い。そも、命乞いする資格もない。もう遅いんだよキサマは……!テメェの命は、本日限りじゃぁあああああああい!!!


「待てって、言ってんでしょうが………こんの、盗撮魔がぁああああああ……!」


 ……ああ、そうそう。どうして私がこんなに激怒しているのか理由をまだ言っていなかったね。……なんてことはない理由だ。盗撮被害に遭ったから。ただそれだけ。

 今日は愛しい双子の妹、コマと共に久しぶりにちゆり先生と沙百合さんの診療所に遊びに行こうと電車に乗っていた私。あと一駅で目的地へ到着すると言ったところで……



 パシャッ!



 と。私とコマの後ろを横切った男のスマホから、シャッター音が聞こえてきた。その異音に不信を抱き、すぐさま振り向いた私の目に映ったのは……スカートの下の理想郷をスマホに鮮明に写した一枚の画像。そしてその光景を見てニヤニヤと殺したくなる気持ちの悪い笑みを浮かべ、そそくさと電車から降りる男の顔。

 何をされたのか瞬時に理解した私は激昂する。その場から素早く立ち去ろうとする男を般若の面で追いかけ始めたってのが事の顛末だ。


「クタバレ、死にさらせ、骨も残らず逝ねやオラァアアアアアアアアアア!!!」


 ……えっ?何?その程度で殺そうとしなくてもいいじゃないかって?下着盗撮されたくらいでそこまで激怒する事ないじゃないかって?ああ、うん。まあ、これが私の下着を盗撮されたとかなら……私もここまで怒らなかったさ。

 減るものでもないし、犬に噛まれたようなもんだってスルーもしていたさ。そもそも私の下着を盗撮するようなもの好きなんているわけ無いと思うけど。


 じゃあ、なんでそこまで怒ってるのかって?…………そんなん決まってるじゃないか。問題なのは盗撮されたのは私の下着なんかじゃなくて―――


「私のコマのパンツを盗撮しておいて、生きて帰れると思うなよ腐れ外道がぁああああああああ!!!」


 そうだ、よりにもよってコマの下着を盗撮しやがったからだ。私の許可なくコマのパンツを撮る?いや、そもそも誰にも許可なんて誰にも絶対するわけないが……この私の許可もなしに、コマのパンツを撮るだと?

 ……万が一、コマの盗撮画像を持ち帰られると思うと怖気が走る、はらわたが煮えくり返る、反吐が出る……ッ!!!



 PRRRR! PRRRRR!



 ピッ!



「もしもしコマ!?どうかしたの!?」

『よ、良かった繋がった……ね、姉さま!大丈夫ですか!?今一体どちらにいらっしゃるのですか!?』


 追いかけている途中で電話がかかる。相手は私のかわゆいコマ。あっ、そういや『盗撮犯とっちめてくる!』って言ってコマの事置いてけぼりにしちゃってたのすっかり忘れてた。


「さっきのクズを追いかけてる最中!もうすぐ追いつくから、コマはそこで待っててね……!」

『ひ、必要ありませんよ!?盗撮犯なんてどうでも良いです!そんな事よりも、盗撮なんてする危ない人を追うのは止めてください!姉さまの身に何かあれば私……』

「大丈夫!必ず仕留めて、息の音止めて。その首コマの前に献上するからね……!」

『ですから、そんな事必要ないと―――(ピッ!)』


 コマとの通話もそこそこに。再び私は盗撮犯を追いかける。途中で電話切っちゃってごめんねコマ。でもこれも全てはコマの為なの許してね。


「許さん、許さんぞ下衆野郎が……!万死に値する愚行である……!その四肢引き千切って、犬の餌にしてやるから……観念しろやおらぁあああああ!!!」


 と、まあ。私がこれほどまでに激怒している理由はしっかりと理解していただけたと思う。そう言うわけで只今絶賛ハンティング中の私ってわけだ。


「むぁあてぇえええええええ!!!」

「ま、待てるかってんだよ……!」


 駅のプラットホーム内を走り抜ける盗撮犯と私。追いつかれたら警察に突き出される―――前に、私のこの手で始末されてしまう未来が確定している盗撮犯は当然死に物狂いだが。私も私で負けてはいられない。

 もしも逃げられでもしたら、下手したらコマのパンツ画像がネットにばらまかれる恐れだって……


「……絶対、死なす……!」


 そんな事、死んでもさせない。必ず阻止しなければならない。普段の私はコマと違って運動神経など皆無。特に走る行為など苦手中の苦手なんだけど……こういう場合は例外だ。大人の男性にも負けないほどの脚力で、許されざる盗撮魔を追い立てる。

 前へ、前へ。走る、大きく踏み込む。通勤中のサラリーマンや大きな荷物を背負ったお婆ちゃん、仲良さげな家族たちという名の障害物をギリギリで避けて追い越して。じりじりと盗撮魔を追い詰めていく。


「いける……!」


 これならばあとほんの数十メートルで殺せヤレる……!そう確信した私だったのだけれども……


「……ッ!」

「んな……!?」


 盗撮ヤローは改札口へと向かわずに、地下へと続く階段を降り始める。クソッ、複雑な駅内を逃げ回られるよりもあのまま外に逃げてくれた方がまだ捕まえやすかったのに……!

 悪態をつきながらも慌てて私もあとを追う。転げ落ちそうになりながらも一段、いいや二段三段飛ばしに階段を懸命に駆け下りる。


「ヤ、ヤロウ……地下鉄に……!?」


 追いかけた先で盗撮犯はホッと安堵した表情を見せ。そして同時に私は青ざめる。運の悪い事に、視線の先には示し合わせたように地下鉄の電車が止まっていた。

 ……このタイミングだとタッチの差で男が地下鉄に乗った瞬間に発車し兼ねない。そうなったら私の手で始末することが出来なく―――


「…………まだだ、死んでも……逃がさん……!」


 世界で一番大切な、最愛の妹が辱められる……そんな事、許してなるものか。覚悟を決めた私はダンッ!と力一杯踏板を蹴り……宙へと舞う。


「コマの、パンツを、拝んで良いのは……この……私だけだぁあああああああああ!!!」

「ごぶるぁがあぁああああ!!???」


 全速力で階下へ駆け降りていた勢いと、落下によるスピードが合わさって。私の渾身の跳び蹴りは、勝利を確信した盗撮犯の背中に抉るように突き立てられた。

 まともに喰らった盗撮犯は悶絶し、しばらく小刻みに震えていたけれども……やがてピクリとも動かなくなる。悪は滅びた。


 私の愛と執念の一撃は、間一髪のところで届いたのであった。余談だけどこの盗撮犯。かなりの常習犯で度々盗撮を行ってはネットに上げ、涙を流した女の子たちは相当いたそうだ。後日私は警察の人たちや被害に遭った女の子たちから感謝の言葉を贈られることとなる。

 コマの尊厳も守られたし、女の敵は仕留めることが出来た。これでみんながハッピーな一日―――







 …………のように思えたけれど。悪を滅ぼした代償は決して小さくはなくて。



 ぐぎっ×2



「あっ」


 盗撮犯のを仕留めた瞬間、私の足首は……そして着地した瞬間、私の手首は……ちょっと嫌な方向に曲がっていた。

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