ダメ姉は、キスをしまくる(初級編)

「―――ふむふむ。なるほど……これ、面白いねコマ」

「ですね。やった事のあるキスから聞いたこともないような初めて見るキスまで。色んな種類のキスがあって勉強になりますね姉さま」


 キスの日リベンジという事で。参考書恋愛雑誌を二人で読み合いっこする私たち立花姉妹。


「大雑把に分類すると。唇同士が触れ合わないキス、比較的ソフトなキス、ちょっぴりえっちなキス……ってとこか」

「唇と唇を重ねないキスというのは中々新鮮かもしれませんね。手始めに……そちらから試していってみましょうか?」

「さんせー。んじゃ、早速やっちゃおうかコマ?」

「はいです姉さま♪」


 そんなわけで。本日ここに、コマと私による甘く蕩けるキス三昧デーが始まった。



 ~その1:投げキッス~



 投げキッス。それは口元……正確には唇に指を当てて、離れた相手に口づけを投げかける間接的なキスのやり方だ。


「手軽に出来る愛情表現の一種ですよね」

「そうそう。離れてても出来るから、授業中とかでも先生の目を盗んでコマとこっそりやったりしたこともあるよねー」


 遠くにいる愛している者に対しての愛情表現とか。周りへのアピールとか。そういう意味合いが強いキスなんだけど。投げキッスは元々神様への信仰心を示す行為でもあったそうな。

 愛情表現云々は勿論の事、コマという唯一にして絶対の女神さまを信仰している私にはピッタリなキスと言えるだろう。


「そんな蘊蓄はさておき。んじゃいざ実践といこうじゃないかコマ」

「ええ。二人同時にしちゃいましょうか姉さま」

「OK!んじゃいくよー」

「「せーの―――」」


 そうして私は口でチューの形を作りつつ両手でその口を覆い。対するコマは人差し指と中指を軽く唇に付け……


「ん~~~~チュッ♪」

「……Chu♡」


 私はその両手をコマに向けて開いてキスを飛ばす。コマはウインクしながら指先を私に向けてキスを射抜いた。


「~~~~~ッ!」


 コマの投げキッスを受け取って。思わずその場で悶えてしまう私。う、うぉお……!こ、コマの投げキッス……すっごいカッコいい……!クールで、それはもう様になっていて。キュンキュンしちゃう……

 コマのそれに比べたら。私の投げキッスは……子供のお遊びに見えてくるから泣けてくる。


「……不思議だね。私がやると……こうも子供っぽくなっちゃうのに。コマがやるとすっごい魅力的に見えるわ……」


 双子の姉妹のハズなのに、なんだこの戦力の差は。これが、生まれ持った魅力の差なんだろうか……?


「何を仰いますかマコ姉さま。私の投げキッスなど、児戯にも等しいモノ。姉さまの投げキッスこそ魅力に溢れていますよ。キス待ち顔でキスを飛ばされて。チュッ♪とえっちなキスの音を聞かされて。私、とってもドキドキしちゃってます」

「ははは……お世辞は良いよコマ。なんか、恥ずかしくなってきたわ私……」

「世辞ではありませんよ。その証拠に私……」

「私?」

「―――今すぐにでも、姉さまを食べたくなっちゃいましたもの……!」

「コマ、コマ?まだ唇に触れてすらいないんだからね?今日の目的はとことんキスするって事忘れないでね……!?キスは良いけど、それ以上の行為は今日のところは控えよう、ね?」

「……ど、努力します」


 ハァハァと息を荒くし、目が据わった状態で私に迫るコマの反応を見て……コマが嘘をついていない事を理解する。ま、まあなんにせよコマも喜んでくれたようで何よりだね……



 ~その2:手にキス~



 これはそのまんまの意味だね。相手の手に唇を合わせてキスをするんだってさ。


「手にキスと一口で言っても。キスをする場所によってまた意味合いが違ってくるそうですよ姉さま」

「キスする場所に意味?というと?」

「ええっと、例えばですね……手の甲だと『尊敬』とか『敬愛』。手のひらですと『懇願』で、指先でしたら『賞賛』―――そういう気持ちがキスに込められるのだとか。ちなみに手に限らず。額や頬、喉やあご、鎖骨・胸お腹に背中と……体の様々な部位に対してそれぞれ意味があるそうです」


 へぇ……キスする場所で相手へ気持ちを伝えたり伝わったりするのは面白いね。


「ちなみに……『敬愛』も『賞賛』も勿論持っていますが。今の私の姉さまへの気持ちはこれですね。ん……ちゅ」


 そう言ってコマは私の手首に唇を触れてキスをしてくる。うっとりした表情でちゅっ、ちゅっと何度も何度も唇を手首に触れさせてくるコマ。時折血管や、脈を感じるところに舌を這わせてきて……


「んふふ……やーん、コマ。くすぐったいよー」

「えへへ。ごめんなさい姉さま」


 子猫のようにいたずらっぽく舌をペロッと出して笑うコマ。ああもう、可愛いなぁもう。


「ところでコマ?手首にキスする意味って結局なんなの?」


 キスする部位によって相手への気持ちが表せるって話だったし。やっぱり手首に対しても何かしらの意味があるのかな?親愛とかそういう感じ?


「ああ、すみません姉さま。そういえば言っていませんでしたね。手首へのキスはですね」

「うん」

「―――『欲望』を意味するんだそうです」

「……うん?」


 そう言ってじゅるりと舌なめずりして蠱惑的に笑うコマ。


「唇とか頬っぺたとか。そういうオーソドックスな場所に比べるとキスをしたりされる機会が少ない場所だけに。かなり強い気持ちが込められるのだそうですよ」

「……う、うん」

「それにホラ、手首って血管が透けていたり、脈を感じ取れる場所じゃないですか。つまり人間の弱点なのですよ。そこに……キスをするって事は。相手を自分のものにしたいという深層心理が働いているとかなんとか。だから……手首へのキスは『欲望』を意味するんですって♡」

「…………」


 そう言ってまた私をそっと……いや結構力強くソファに押し倒そうとし始めるコマ。おおっと?コマさん貴女、さっきの投げキッスの余韻が残っていらっしゃいませんこと?

 いかん……このままだといつもの流れでそのままおいしく食べられちゃいかねない。なんたって今回の企画であり目玉は『キス』なわけだし……これはちょっと軌道修正しないとヤバイ。コマがヤバイ


「そ、それはそうとコマ!こ、コマ的にはさ!私にどこをキスしてほしいかなっ!?要望があれば聞いちゃうよ!?」

「え?姉さまにして貰いたいキスの場所……ですか?」


 慌てて話題をキスに戻してみる私。するとコマは欲望のケダモノモードから我に返った様子で私の問いかけに少し時間をおいて考えだす。


「……キスしてほしい場所。私がおねだりしても良いのですか?」

「おー!勿論さコマ!お姉ちゃん、コマが望むならなんだってするよー!」

「ありがとうございます。で、では……その。手の甲に……キスをして貰っても、宜しいでしょうか?」

「へ?手の甲に……?」


 ええっと……確かコマがさっき言ってた通りなら。手の甲へのキスは『尊敬』とか『敬愛』を意味しているんだったっけか。


「つまりコマは私に尊敬してほしいって事なのかな?私、十分コマを尊敬しているつもりなんだけど……」

「あっ、いえ違います姉さま。キスする場所を望んでいるというよりも……し、シチュエーションとして……手の甲にキスされたいなーって……思ってて……」


 シチュエーションとして手の甲にキスされたい……?


「……その、ですね。よく映画とかで王子様がお姫様に手の甲にキスするシーンあるじゃないですか」

「あー。あるある」


 王子様とか紳士とか。そういうカッコいい系の人が女性の手を取って、そしてその手の甲に口づけするワンシーン……

 恋愛映画とか見てるとそのシチュはよく見かけるよね。


「私……ずっと姉さまにそんな風にしてほしいなって……思ってたんです。姉さま、絶対似合うと思って……」

「んん?私が?コマじゃなくて私が?」

「はい。姉さまが王子様のように私の手の甲に……キスをする。それはとってもロマンティックで……姉さまにピッタリだって前々から持っていたんです私」


 ……んー。そうだろうか?どっちかって言うとそれって私みたいなバカ丸出しなダメ姉よりも、クールでカッコいいコマの方が似合うと思うんだけど……


「お願いです姉さま……ど、どうか……してくれませんか……?む、無理にとは言いませんが……」


 ……ま。いいか。コマがやってほしいというのなら、それがどれだけ似合わなくてもどれだけ恥ずかしくてもやらせて頂こうじゃないか!


「コマ。手を」

「ぁ……」


 私はそう言ってスッ……と跪き。そしてコマを見上げながら手を差し伸べる。コマは真っ赤になりながらも恐る恐る私に手を伸ばしてくれた。

 そのコマの真っ白で美しい手に自身の手を取り、ゆっくりと唇を近づけて―――


「ん……」

「あぁ……っ!」


 似合わないと思いつつも、それでも自分を映画で見た王子様に見立てて。目の前のコマをお姫様に見立てて。愛おしい人を敬いながら、その手の甲にキスをする私。


「はいお終い。これで良かったのかな、コマ?」

「……は、はひ……ありがとう、ごじゃいましゅ……」


 ただでさえ赤かったコマの顔は、燃え上がるように更に真っ赤に。……キザっぽいし。何よりもやっぱりあんまり私には似合わない気がするけれど。コマはそんな私とは裏腹にかなり満足してくれたらしい。


「…………(ボソッ)しゅごい、これ……すごい……姉さまかっこいい……すてき…………やっぱり、私の姉さまは……私にとって……ヒーローであり。王子様です……」



 ~その3:エスキモーキス~



「「エスキモーキス……?」」


 初めて聞くキスの名前に、私もコマも首を傾げながらその説明を読んでみる。えーっと、なになに?


『エスキモーキス:互いの鼻同士をこすり合わせるキスの事』


「……はな?え?はなって……匂いを嗅ぐ、この鼻の事?」

「ええ。この鼻の事だそうですよ姉さま」

「どゆこと?え、ちょっとお姉ちゃんよくわかんない。どういうシチュで生まれたキスなのコレ?」

「ちょっとお待ちくださいね姉さま。読んでみます」


『エスキモーキスの名の由来は、イヌイットたちがそのキスをしているのを現地に訪れた当時の探検家が目撃したことに遡る。イヌイットたちが暮らす場所は極寒であり、もしも唇が濡れてた場合……そこでキスをしようものなら唇同士が凍ってしまう事になり兼ねない為、それを避けるべくキスをする際は鼻と鼻を使った。彼らはこれをクニックと呼んだ』


「―――だそうです。まあ、諸説あるそうですが大体そんな感じだとか」

「なるほど……キスしたらくっついちゃうからその代わりに鼻で……」


 最初に聞いた印象だと一体どんなマニアックなプレイなのかと思ったけど……意外と理にかなっているっぽいキスだねこれ。


「少し意味合いなどは違いますが、他の国でも似たような鼻でするキスも存在するとか。挨拶として鼻でするキスも存在するそうですよ」

「世界は広いなぁ……」

「あと、鼻を使って行うキスはエスキモーキスの他にもいくつかあるそうです。鼻と鼻をこすり合わせるエスキモーキスに対して、鼻の先をくっつけ合うノーズキス。匂いやフェロモンを感じ合うスメルキスなどなど」

「勉強になるなぁ……」


 当然と言えば当然だけど。世界には色んな文化があって。そしてそこに住む人たち特有の愛の表現の方法というものがある。

 コマとの愛を更に育む為にも、世界中の色んな愛情表現の仕方を勉強して。そんでもってコマと実践してみたいものだね。


「てなわけで。いざ実践。ドキドキ初体験なエスキモーキス、やってみよっかコマ」

「はいです姉さま!」


 まずは二人の鼻と鼻を、怪我しないようにゆっくりと近づけてくっつけてみる私たち。ちょんっと触れると鼻先から感じ取れる、コマの温もり。


「えっと……この後はどうすればいいんだっけ」

「あとはとにかく鼻をこすり合わせるんですって」

「オッケー、やってみるよ」


 言われた通り顔を動かしコマの鼻と自分の鼻をこすり合わせてみる。……最初は、私は勿論コマさえもぎこちない動き。つるっと滑って鼻が離れちゃったり、勢い余って鼻が頬っぺたにくっついたりと悪戦苦闘。

 けれども……そこはお互いの事をわかり合っている一卵性双生児な双子の姉妹婦~婦。しばらくすると要領を得てきて、離れることなくタイミングよくスリスリとこすり続けられるようになる。


「……これ、いいかも」

「……いいですね」


 最初はこのキスをすることだけに必死だったから気づけなかったけど……慣れてくるとエスキモーキスの良さがわかってきた。


 スリスリ


 鼻と鼻同士をこする……子犬たちがじゃれ合うようなその行為のお陰で、目の前のコマが愛らしいわんこに見えてきて愛おしさが増してくる。


 スリスリ


 鼻を使ったキスだからか、コマ特有のその甘く芳醇な香りがダイレクトに伝わってくるし……息遣いも、その鼻息もダイレクトにわかる。


 スリスリ


 キス一歩手前という、このギリギリ感も……背徳感があってたまらない。


「これ、採用しようコマ」

「ええ。時々このキス使いましょう。私も気に入りました」


 私は勿論の事。コマもどうやら気に入ってくれた様子。そんなわけで。このキスはめでたく、私とコマのイチャイチャの一環に組み込まれることとなった。







 スリスリ……スリスリ……スリスリスリ…………スリスリスリスリ―――


「…………ところでコマ?」

「あ、はいです姉さま。どうなさいました?」

「このキスってさ、いつ終わるの」

「え?いつって…………ええっと。それはやっぱり、お互いが満足した時なのではないでしょうか?」

「なるほどねー。お互いが満足した時かー…………それってさコマ」

「はい」

「…………終わるの?」

「…………終わりませんよね?」


 ……結局。この後もたっぷり30分ほどかけてエスキモーキスを堪能し。『一旦区切って別のキスの検証に移ろうか』と提案した頃には。私とコマの鼻はこすり過ぎてすっかり真っ赤になってしまっていた。

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