ダメ姉は、キスをしまくる(中級編)
唇を使わないキスを堪能した私たち立花姉妹。
「―――さて、ではいよいよお待ちかねの唇を使う方のキスですね姉さま!」
普段クールで物静かなコマにしては珍しく。ハイテンションでそう言ってくる。相当待ち望んでいたらしい。
「うん、私も待ちかねてたよ。それはそうと……あー。その前に一つ良いかなコマ?」
「?どうなさいましたか姉さま?」
「キスは良いんだけどね。キスするならキスするで……最初は比較的ソフトなキスからしよう。そうじゃないと大変な事になる気がする」
「ええっと……?大変な事と言いますと、具体的にはどんな事に?」
「―――えっちいキスから始めると、多分キスだけじゃおさまらなくなる」
「…………なるほど」
コマも……勿論私も。ディープでエッチなキスをしちゃうと興奮しすぎてしまって多分キスより先の行為に移行する恐れが高い。非常に高い。
何度も言うけど、今回の趣旨はあくまで『キス』なわけだから。色んなキスを試せないまま終わっちゃうのはどうかと思うし……しばらくはえっちいキスはお預けしておくことにしよう。
「ちょっと残念ですが……仕方ありませんよね。わかりました姉さま。そうなると比較的ソフトなものを選ばないとですね」
「だねー。それでいて……今までやった事のないようなキスをしよう」
そうじゃないとキリが無いし、とても一日じゃ終わりそうにないもんね。
「さて……やった事のないキスといえば……うーん。結構限られてくるかもね」
「基本中の基本であるライトキスやバードキスは勿論の事。チョコレートを口移して溶かし合うチョコレートキス、フルーツを入れたままキスするフルーツキス、果汁を含みキスするカクテルキス―――そういったキスは私たち、大体網羅していますからねー」
何せ口づけで味覚が戻るちょっと不思議な味覚障害をコマは以前患ってたからね。コマの味覚を戻すべく、色んなキスをやりまくってきたわけで。ある程度知名度のあるキスはほぼコンプしているんだよね。
まあしかしだ。世の中にはきっと私たちの想像を遥かに超えるワクワクドキドキしちゃうキスがまだまだあるはず!恋愛雑誌をめくって……さあ、未知のキスの領域へ、コマと一緒にレッツラゴー!
~その4:スパイダーマンキス~
これはかの有名なヒーロー『スパイダーマン』。その映画のクライマックスシーンで、蜘蛛の糸を使い宙に浮いている主人公とそのヒロインがキスをするシーンから生まれたキスだそうな。
「ええっと……二人の顔が上下反対、つまり顔の向きが180°違った状態でするキスという事みたいですね」
「は、初めて聞いたんだけど……」
「海外では結構人気なキスだそうですよ。とても有名なキスシーンらしいですし」
上下逆転してのキスか……流石の私もコマもこれはやった事ないなぁ……
「スパイダーマン……うーん、マンかぁ……女の子同士でやってもスパイダーマンキスって言えるのかな?」
「良いのではないですか?スパイダーマンウーマンもいらっしゃるそうですし」
「なるほど。……ところでさ、コマ」
「はい?どうなさいましたか姉さま」
「…………このキス、無理じゃない?」
私は勿論の事。コマは完璧超人ではあるけれども、あくまでそれは比喩表現。映画やコミックに出てくるような超人ってわけじゃないから蜘蛛の糸何て出せないし、空も飛べない。
つまり……宙を浮いてチューするのは(あ、駄洒落じゃないからね?)不可能に近いわけで。このキスを再現するのは流石にちょっと無理ゲーではないだろうか……?
「……姉さま」
「へ?なぁに?」
「……私は、姉さまと色んなキスをしたいです」
「お、おう!私もだよコマ!……あ、でもこのキスはちょっと……」
「したいです」
「わ、わかってる。わかってるよ?でもね、これは流石に不可能に近い―――」
「不可能を、可能にしてこその愛……!立花コマ、姉さまとの更なる愛を深める為ならば。どんなことでもやりましょう……!」
「こ、コマ……!」
コマは自身の長い髪をキュッと束ねて私にそう宣言する。やだ、うちの妹ったら超イケメン……惚れる、惚れてた。
~コマ準備中:しばらくお待ちください~
ギシッ……
「―――だ、大丈夫……コマ?」
「ええ勿論。それより姉さま。さあ、キスをお願いいたします」
「う、うん……」
自分の足にロープを巻き。それをロフトの転落防止用の柵に括りつけ……そしてロフトの上から器用にするすると降りてきたコマ。コマは運動神経良いよなぁホント……
ギシィ……
「じゃ、じゃあいくねコマ……」
「はい、遠慮なさらずにどうぞ」
恐る恐る。コマの頬に手を添えて。そして唇目掛けてゆっくりと自分の唇を触れさせる。
ギシッ、ギシシッ……
「ん、んンっ……」
「ぁむ……んちゅ、はむ……」
ギギギギギ……
……おかしいな。このキス……海外のカップルには人気の、とてもロマンティックなキスらしいんだけど。
「んふ……どう、です姉さま?ドキドキしますか?」
「……えーっと」
宙ぶらりんになったままコマはそう問いかける。ごめんコマ、全然ドキドキしないよ……あ、いや。別の意味ではドキドキはしてるけど。
……コマの体重を支えているこのロープが千切れたらどうしようって意味でドッキドキで。ロープが嫌な音を立てて軋むのを聞くたびに冷や冷やする私。……このキス、心臓に……悪い……
「―――何か妙な物音が聞こえるからどうしたものかと様子を見に来てみれば。マコ、コマ……お前ら、何してんだ……?」
「あ、叔母さん」
と、そんなキスの最中。不審者を見るような目つきをしながら私とコマを……特にコマにそう問いかけてくるめい子叔母さん。
「あら叔母さま。どうなさいましたか?」
「どうなさったのかは……アタシのセリフだよ。もう一度聞く、何してんだお前ら……」
「「キス」」
「随分アクロバティックだなオイ!?どんなキスをしてんだよ!?とりあえずコマ!危ないからとっとと降りろバカ!?」
流石の叔母さんもこの異様な光景に冷や汗をかいてコマを降ろし。そして私たちに状況説明を求めてきた。
言われた通り『スパイダーマンキスなるものを試してみた』と答えてみると。
「……マコは勿論。コマもたまに、信じられないくらいとてつもなくアホになるときあるよな。やっぱ双子は伊達じゃないか……」
頭を抱えてそれはもう盛大にため息を吐かれる。
「失礼な。私にバカだのアホだの言うのは良いけど、コマには謝れ叔母さん」
「そうですよ叔母さま。撤回してください。私を侮辱するのはともかく、姉さまには謝ってください」
「アホにアホって言って何が悪い。つーかさぁ…………顔を上下逆転させるのが真髄だろそのキス。お前らみたいにわざわざ宙づりになるようなエキセントリックな事わざわざしなくてもよ、寝そべりながらキスしたり、膝枕をしながらキスすれば良いだけの話じゃねーか……」
「「…………あ」」
……言われてみれば。
「むぅ、流石腐っても恋愛小説家……その発想はなかった」
「感服しました叔母さま。よくそんなロマンティックな事を思いつきましたね」
「寧ろなんで宙づりになる前にこんな簡単な事を思いつかなかったんだよこのおバカ双子たちは……」
てなわけで。今度はコマと二人ベッドに寝そべってからスパイダーマンキスをリトライする事に。
「ん、ぁ……」
「ぁむ……んん……れろ」
いつもの調子でコマと唇を触れ合わせる私。……あは。唇を使わなかったキスも気持ち良かったけれど、唇を使ったコマとのキスは、やっぱり気持ちいいや。
「……んちゅ……ふ、ふふ……姉さま。なんだか、顔の向きが違うだけで……」
「……んぁ……う、ん。コマの言いたい事、わかるよ。……なんか新鮮な、感覚だよね……」
やってることは普段のキスと変わりないはず。唇を合わせてチュッチュするのに変わりはない。でも……
「……さっきの、アレは……ドキドキしなかったけど。これは……うん、新鮮で。ドキドキするねコマ」
「ですね。年がら年中、毎日欠かさずキスをしている私たちですが、この体勢のキスは……やった事ないですから……」
普段と唇の位置が違うだけで。触れている唇同士の感覚が違うように感じる。いつもは上唇には上唇。下唇には下唇が触れ合っているはずだけど。このキスだと私の上唇にコマの下唇が。コマの上唇に私の下唇が触れ合う形となっている。
慣れ親しんだいつもの唇と違うふれあいに、脳はある種の困惑を覚え。まるで初めてキスをした時のような未知の感覚にドキマギしてしまう。
「んぐ……ッ、ぁぐ……」
「……れ、ろ……んちゅ、ちゅ……ぇう……」
数えきれないほどのキスを繰り返してきたから、いつもならどのように唇で触れ合えば気持ちが良いのかなんて目を瞑っていてもわかる。けれどこの体勢でのキスは全くの手探り状態。
キスに慣れきっている私たちにしてはなんだか初々しさをも感じるこのキス。ゆっくり、時間をかけてキスを繰り返し。しばしこの初々しさを楽しんだ私たちなのであった。
~その5:エレクトリックキス~
冬場、乾燥している時期に静電気が起きやすい環境下でキスをしてキスの瞬間の静電気の痛みを味わうキス。時期や環境など、様々な限定条件があって初めて出来る特殊なキス。
「「…………」」
「静電気の痛みを味わう……ね。ホント、色んなキスがあるんだねぇ……」
「ですね……それにしてもこれは……ちょっとロックすぎませんかね……」
乗り気だったさっきのキスとは違い、コマは少し引いた表情を見せる。おや?
「コマ、ひょっとしてやりたくない?」
「あー……はい、そうですね。これは流石に……」
てっきり『すべてのキスをコンプリートしましょう姉さま!』とか考えてるかと思ったんだけど。意外にもこのキスはお気に召さなかった様子のコマ。
どうしたんだろ?なんだかコマらしくない気がするんだけど……
「あ、コマひょっとして静電気嫌いだっけ?」
「いえ、別に嫌いとかそういうわけでは無いんです。ただ……」
「ただ?」
「ただ……私、姉さまを傷つける行為は……したくないんです。痛みを伴うような行為は……嫌だなぁって」
「あ、ああ……そういう事ね」
なるほどね。天使さまみたいに優しいコマらしい素敵な考えだ。
……うーむ。そう言われちゃうと、ちょっとやってみたいって私思い始めてたけど……言いづらい。
「……姉さまは、やってみたさそうですけどね」
「えっ!?あ、いやその……べ、別に……コマが嫌なら、無理してやらなくてもいいかなって思ってるよ?」
「嘘。その反応は、やってみたいって言っているようなものですよ」
……あっさり見破られた。うぅ、コマの前で嘘は吐けないわ……
「本当にやりたいのですか姉さま?」
「……うん」
「これ、多分痛いだけのキスですよ?」
「……うん」
「痛いのがわかっていて、それでもやりたいと?」
「その、ね」
「はい」
「…………痛いのも、良いかなって……思ってさ」
「……はい?」
「だ、だからね?コマに与えられるものなら、痛みすら嬉しいなって……思ってて。それが、ほかならぬコマからのキスで与えられた痛みとか考えると……なんか、すっごい背徳的で……味わってみたいなって……思って……」
「…………」
ああ、恥ずかしい……私なにを口走っているんだろうね?変態かよ。マゾかよって話ですよ。……流石のコマも引いちゃっただろうか?
「……姉さまには、かないませんね」
「へ?」
「……私のスタンス的に、不本意ではありますが。良いでしょう。姉さまがやりたいのであれば、私もお手伝いします。やりましょう。エレクトリックキス」
「!う、うん!」
コマはやれやれと言った表情だったけれども。それでも私の要望に応えてくれた。ありがとうコマ、愛してるわ。
「あー……ただ、このキスをするのはやぶさかではないのですが。少々問題がありますね」
「へ?も、問題?それって一体……」
「暑くてジメジメしていると、どうしてもこのキスは出来ませんからね」
「あ、あー……」
言われてみればそりゃそうだ。静電気というものは。空気が乾燥していて、寒い時期に発生するもの。もう少しで6月に入る今日は、それはもう蒸し暑くてたまらない。これじゃあ静電気を発生するのはかなり困難だろう。
「……じゃあ、このキスするには……寒い時期まで待たなきゃダメって事なんだね」
ダメって事か……いくらやりたくても、出来ないのでは仕方がない。このキスは……また今度に取っておくしか―――
「―――大丈夫。そう悲しい顔をなさらないで」
「ふぇ?」
「姉さま、先ほども言いましたが……不可能を可能にしてこそ、愛。姉さまが望まれるのであれば―――私は、全力でその想いに応えます」
~コマ準備中(二回目):しばらくお待ちください~
「一般的に。湿度20%以下。気温は20℃以下。この条件で静電気が発生しやいと言われています」
「ふむふむ」
「つまりですね―――その環境にしてしまえば、この時期でもエレクトリックキスも可能というわけです」
そう言ってコマは……冷房をガンガン運転させ、どこから持ってきたのか除湿器を3台ほど起動し。
そして除湿剤を並べて換気扇を回す。
私の要望に応えたい。私とのキスを極めたい。その熱い思いがコマをここまで駆り立てるのかと思うと、私も胸が熱くなるわ。……5月なのに部屋の温度は冷房の効き過ぎでめちゃくちゃ寒いけど。
「あとは―――はい姉さま。こちらを着てくださいませ」
「セーター?この時期に?」
「……寒さをしのぐため。そして静電気を発生させるためです。さ、どうぞ」
私が以前編んだセーターを私に着せ、そしてコマもお揃いのセーターを着る。そしてコマは……
「着ましたね?では―――えーい♪」
「きゃっ!?」
私に抱きついてスリスリと身体をこすりつけ始めたではないか。
「あ、あの……コマ?」
「こうしたら、温まりますから寒さも忘れますでしょう?」
「うん……あったかい……」
「それになによりも……セーターを着たまま抱き合ったり擦り合わせる事で……んっ……静電気を、発生させやすく……出来るんです……」
あくまでも静電気を発生させるため。そう言いながらうっとりした悦に入った表情でコマは艶めかしく身体を私に絡みつかせる。
胸に私の顔を埋め、自分は私の腰に手を添えもう片方の手で私の頭をゆっくりと撫でる。私もコマに負けじと攻守交替し、コマを抱き自分の小さな体を懸命にコマに擦りつける。それはまるでペットがご主人に自分の匂いを付けるかのように……懸命に。
パチチッ……
そうやってしばし恋人同士の抱擁を堪能していると。不意に私たちの耳にそんな音が届いた。
「……キスの準備、整ったみたいですね。姉さま、セーターを脱いで」
「ん……」
コマに指示されセーターを脱ぐ。コマも私と同じくセーターを脱いだ。二人の間にさっきのパチパチとした音が更に強くなる。
身体に電気が溜まっている感覚が、なんとなくわかる。
「このままキスをしたら……間違いなく静電気が唇と唇の間に走るでしょうね。……姉さま、覚悟は宜しいでしょうか」
「……いつでも、オッケー」
「では……」
いつもは頬に手を添えたり、腰に手を回したりするところだけれど。そうしたら折角貯めた静電気が逃げちゃうかもしれない。そう考えて唇だけを突き出す私。コマも私に合わせて唇だけをゆっくりと私のに近づける。いつもとはまた違う緊張が走る。
30cm……10cm……5cm―――来るであろう衝撃に備え、おっかなびっくり近づける。そうして、唇と唇の距離がゼロになるその刹那―――!
バチィッ!
「「ッ~~~~~!?」」
……エレクトリックキスは成功した。二人の唇の間に、静電気特有のバチッとした痛みが走る。
「ハッ、ハッ……ハァ、はぁあ……ぁあ……」
「ね、姉さま!だ、大丈夫ですか!?ああ、痛かったでしょう!?や、やっぱりこれ止めるべきでしたよねすみません……!?」
痛みと、それから申し訳なさから来るのか。涙目で私にそう言って私の唇を擦ってくれるコマ。想像していたよりも、痛かった。針で深く刺されたような痛みが唇から全身へと回る。あとからはズキズキと鈍い痛みが唇に残っていて……それはもう不快に感じる―――
ハズなんだけど。そう、本来なら不快に感じるのが当然なんだけど。
「はぁ、はぁ……はぁあああ……あ、ぁああ……ッ♡」
「ね、ねえさま?大丈夫、ですか……?なんだかとっても、頬が赤くて……すっごくえっちなお顔になってますけど……ど、どうなさいましたか……?」
「…………コマ。このキス……ヤバいね」
「え?え、ええ。そうですね。やはり止めておくべき……」
「…………病みつきになりそうで、ヤバイね……」
「姉さま……!?」
……やっぱ私。Mなのかも。言葉通り電流が走るあの衝撃、鋭さと鈍さの二重に残る痛み。なによりそれがコマから貰ったモノだと思うと。ゾクゾクする……痛いけど、気持ちいい……ダメだこれ……癖に、なっちゃいそう……
……残念ながら、この後コマからは『冬季限定のキスという事にしましょう……』と封印されてしまった。……冬になるのが、楽しみだ。
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