ダメ姉は、真理に至る

「―――ねえカナカナ、ヒメっち。……私さ、今とんでもない事に気づいてしまったのかもしれない」

「「とんでもない事?」」


 とある日の休み時間。携帯で何気なしにニュースを眺めていた私は、親友二人に衝撃の事実を教えてやろうと鼻息を荒くしていた。


「……何?もしかしてようやく自分のあまりのダメダメさと変態さに自覚症状が出たのマコ?」

「アレよおヒメ。この子どうせ『我が妹、コマの可愛さは天上天下唯我独尊って事に気づいた』とか言い出すに決まっているわ。マコ、心底どうでもいいコマちゃん自慢でも始める気ならわたしたち聞かないわよ。それはもう聞き飽きたもの」

「君たちは大概失礼なやつらだな。……すっごい事だよコレ。カナカナもヒメっちも、これを知ったら腰抜かして驚くと思うんだよね」


 何せ……世界の真理ともいえるとんでもない事実に気づいてしまったんだからね。


「ふーん。まあ、聞くだけならタダか。言ってみなさいよマコ」

「……話半分に聞いといてあげるー」


 そう言ってカナカナは私の手を勝手に握ったり撫でたり私の爪にネイルを施したり。ヒメっちは携帯音楽プレーヤーで『ヒメ、大好きだぞー』というヒメっちマザーの声を録音した音声を聞き入り悦に浸っていったりしている。

 こ、こいつら……聞くって言っておきながら話半分すら聞いてねぇ……


「ま、まあいいさ。これを聞けばその態度もきっと改められるだろうからね。いいかい二人とも?まずはこのニュースを見てほしい。…………この通り。最近はさ、色んな風邪が流行っているでしょ?」

「あー、そうね。世界中で流行してるわねー風邪。わたしも先週ちょっとヤバかったわ」

「……この時期は、特に体調崩しやすいもんね。母さんに風邪引かないように気を付けて貰わなきゃ」


 とある学校では学級閉鎖になったり。うちの学校でも結構風邪引いてる生徒や先生がゴロゴロいる。ちゆり先生の診療所も、今まさにてんてこ舞いに忙しいらしいし……

 まあ、急な温度の変化があったりとか環境が変わったりとかで体調を崩しやすい時期だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど……


「でもね。そんな風邪が流行っているってニュースを見てさ……ふとある不思議な事に気が付いたんだよ」

「「不思議な事?」」

「そう、不思議な事。カナカナも、ヒメっちも。それからうちのコマもさ―――程度の差とかはあるだろうけど、全員一度は風邪を引いたことあるでしょう?」

「そりゃまあねぇ」

「……誰だって、一度くらいはあると思う」

「うんうん、普通はそうだよね。でもさ…………私、これまで一度だって。


 余計な事考え過ぎて知恵熱っぽい熱を出したことはあれど。所謂感染症にかかったことは物心がついてからは一度たりともない私。

 私よりも身体を鍛えている双子の妹であるコマだって、それでも年に数回は風邪を引くというのに……どうした事か、この私だけはこれまで一度だって風邪などひいたことなどないのである。


「「それ、単純にマコがバカだからなだけじゃないの?」」

「ぶっ飛ばすぞ貴様ら……!」


 ほぼノータイムで口を揃え、薄々言われるだろうなと思ったことをはっきりと口に出す二人。バカは風邪引かない理論はもういいわ。


「それでね。私なりに考えてみたんだよ。どうして他のみんなと違ってどうして私は風邪とかに強いんだろうって。私と他の人とでは一体何が違うんだろうってね。そうして考え抜いた結果。ようやくなぜ自分がこうも風邪に耐性があるのか理解できたんだ」

「へぇ。それは興味深いわね。マコにしては珍しくタメになる話っぽいじゃないの」

「……風邪引かない秘訣って事だよね。聞かせて貰う」


 役立つ話とわかってか、ようやく聞く気になった様子の二人。やれやれ。だから最初から話真面目に聞いとけって言ったのに。


「んで?結局なんだったの?マコが風邪引かないワケって」

「……もったいぶらずに教えて」

「うむす。良いでしょう。私が風邪を引かない理由、それは―――」

「「それは?」」


 そうして私は……二人に聞こえるようにはっきりとした声で、


「―――コマと小さいころからずっと、……!」

「「…………」」


 たどり着いた真理を堂々と告げる。


「…………案の定。タメになる話じゃなくてダメになる話だったわね」

「…………話半分も聞く価値なかった」


 ため息を吐きながらブツブツ何やら言い合っている二人をよそに、私はその持論の証明を始める。


「実は昔から薄々感じてたんだよね。コマの味覚を戻すために、毎日欠かさずコマと口づけを交わしてた私なんだけどさ……唇を重ね合わせる度に身体の奥からポカポカ温かくなって免疫力がアップしていく感じがするし。口づけされた後は幸せな気持ちになれて一日中ハイテンションで無駄に元気に過ごせるし。隙を作らない双子姉妹の超濃厚な口づけだから、もはや私の身体には風邪菌すら入り込めないし。つまり―――コマとのキスは、万病に効くって事なんだよ……!」

「……ねえカナー。マコが頭おかしい。これ救急車呼んだ方がいい?」

「安心しなさいおヒメ、救急車を呼ぶ必要はないわ。……手遅れよ。コレ、現代医学では治せない病気だから。ま、そこがまたバカワイイんだけどね」


 そりゃ私だけ風邪を引かないのも無理は無い。他のみんなは未来永劫コマとキスなんて出来ないからね。妹とのキスは―――私の、私だけの特権だもの。


「残念ながら医学的根拠はまだないみたいだけど……研究が進んで私とコマのキスの不思議が解明されたら、いずれどんな病気も治せるようになるんじゃないかと私は睨んでいるんだよ。私のこの考察、どう思う二人とも?」

「……どうもこうも。やっぱ、バカは風邪引かないって理論は正しいって証明されただけでは?」

「なんでさ」


 恐ろしく冷めた顔で再び音楽プレーヤーを手にして『ヒメ、大好きよ』と流れるヒメ母ボイスを聞き始めるヒメっち。だから誰がバカだ誰が。


「か、カナカナはどう思う?私の理論、おかしいかな?」

「んーそうねぇ。キスが、万病に効く……ねぇ。…………ふむ」


 お母さんのこと以外は無関心なマザコンは置いておくとして。今度はカナカナに聞いてみる私。私の問いかけに対し、カナカナは少し考える素振りを見せる。


「…………まあ、医学的な証明が出来ていないだけで。もしかしたらホントにキスは病気に効くかもしれないわね」

「でしょ!そうでしょそうでしょ!」


 熟考の後、何か思いついた顔で私に同意してくれるカナカナ。ふふん!流石我が親友、分かってくれると思ってたよ。


「とはいえ。医学的・科学的な証明がされないと……マコが考えた理論は正しいとは言い切れないわよね」

「む……それは確かにそうだけど……」

「だから本当に病気に効くかどうか試してみましょうか―――



 ダッ! ←カナカナの意図を察し逃げる私



 ガシィ!←その私を容易に捕まえるカナカナ



 ドンッ!←捕獲後そのまま床に私を押し倒すカナカナ



「ねえ、どこ行くのかしらマコ♡証明、してみましょうよ。キスのやつ」


 たちばなまこは にげだした!

 しかし にげられなかった!


「は、はは……な、何を言っているのかねカナカナさんや?お、落ち着こう?落ち着いて話し合おう?」

「落ち着いているわ。わたしはいつでも冷静よ。いつでも冷静に―――マコを、狙っているわ」


 ここは学校で、しかも周りにはクラスメイトがいる中で。それでも知った事かと言わんばかりに私を押し倒してそんな事を言い出すカナカナさん。


「い、いやあの……違う、違うんよカナカナ?わ、私が言ってたのは……あくまでコマとのキスが……病気に効くかもしれないって話であって……」

「いいえマコ。もしかしたらマコとするキスにも病気に効く効果があるかもしれないわ。何せあんたとコマちゃんは双子の姉妹なんだし。そんなわけで―――このわたしが、今から、この身をもって臨床実験してあげるから」


 目を爛々と輝かせ、自分の制服をはだけ私の制服をはだけさせ(※教室内です)ゆっくり私に迫るカナカナ。

 し、しまった……ひょっとして私、藪をつついて蛇を出しちゃった?蛇っていうか愛のケモノを呼び出しちゃった……?


「す、ストップ!ストーップ!か、かかかカナカナ!?やめてよしてかんにんして―――ひ、ヒメっち!ヒメっちへるぷぅ!」

「……ハァ、ハァ……母さん、かあさぁん……!」 ←録音されたお母さんの声で発情中

「ヒメっちぃいいいいいい!!!?」


 もう一人の親友に救援を求むも、すでに自分の世界にどっぷり入り込んでいるご様子。ちなみに周りのクラスメイトたちは……


『え、あれ……ほんとにするの?キスしちゃうの……?やだ……叶井さん大胆……』

『人がキスするとこ、ドラマ以外で初めて見るわ……』

『……良いなぁ…………私も、マコちゃんと……』


 止めるどころか興味津々に遠目から観戦している。救いはないのか……!?


「ま、待て……待ってくだされ……これ以上はまじシャレになってない……」

「何を言うか。分かっていると思うけど、わたし、冗談でこういうことしないわ。さて、そんじゃ邪魔が入る前に……キスが病気に効くっていう証明を」

「しなくていい!その証明はしなくていいからやめて頂戴な!?」

「ああもう、やかましいわね。じゃあ証明は良いからとっととキスさせなさいよマコ」

「ちょっと待てや!?」


 カナカナさん!?あんた興奮しすぎて本末転倒してないかい!?


「さあマコ。とっとと唇出しなさい」

「だ、だめ……ホント、ダメだって……」

「大丈夫、優しくするから。ほら……目を、ゆっくり閉じて……」







「―――感染症が流行っている中、そういう行為は冗談でもダメですよ……かなえさま」

「うわっ!?」


 と、私とカナカナの顔が……唇がゼロになる寸前で。いつものように颯爽と現れる頼れる私のナイトさま。


「ホント、この人は油断も隙も無いんですから……ご無事でしょうか姉さま?」

「あ……こ、コマぁ!」

「ごめんなさい。よしよし、怖かったですね。もう大丈夫ですからねー」


 覆いかぶさっていたカナカナをポーイと投げ飛ばし、ついでに私を抱き起してくれたのは……ほかでもない、双子の妹のコマだった。


「ちぃ……!毎度毎度毎度……!同じようなタイミングで現れて……!期待させるだけ期待させといて邪魔をして……!生殺しだなんて酷いわねコマちゃん……!」

「それはこっちの台詞ですよ……!毎度毎度私が姉さまの傍からほんの数分離れた途端にコレですからね……!こんな公共の場所で、私の姉さまに何しようとしてくれてたんですかねかなえさま……!」


 私を挟んで二人はいつものように言い争いを始める。クラスメイトの皆様方、毎度お騒がせして申し訳ございません。立花マコとゆかいな仲間たちのいつもの奴です……


「何しようとって……別にいかがわしい事はしていないわよ」

「姉さま押し倒してた人がどの口で言いますか」

「違うわ、誤解よ。わたしはただ……キスが万病に効くっていう証明をしてあげようとしただけで」

「ハァ……?キスが万病に効く?何をおかしなこと言っているんですかかなえさまは」

「おかしくないわよ。なにせ他でもない、マコが言い出した事なんだし」

「…………姉さまが?本当ですか?」

「えっ?あ……う、うん。私が風邪引かないのは……コマとキスしまくってきたからだろうって話になってね……」

「ほら見ないさい、言った通りでしょうに」


 この期に及んで白々しくコマにそう弁明するカナカナ。そのカナカナに対してコマはというと……


「なるほどなるほど。そう言う事ですか。では…………姉さま、すみません」

「ふぇ?何かなコマ―――」


 私の首に手を回し、私を抱き寄せてから……


「失礼します」

「んッ、むっぅう……!?」

「あ、あぁあああああーっ!!?」


 まるでカナカナに見せつけるように、私の唇を自分の唇で奪った。


 場所が場所で、人目もあり、更に言うと……私に惚れていると公言するカナカナの前―――私は半ばパニックになり固まってしまう。

 そんな私をよそに、コマはいつものように唇を重ね、舌をぬるりと伸ばして私の舌をペロペロと舐め、互いの唾液を交換し合って……


 そうしてしばらく堪能した後で、ゆっくりと唇を離して……二人の間に出来た透明な橋をぺろりと愛おし気に舐め取ってから、


「かなえさま。誤解なさらぬように。キスが万病に効くのではありません。私と、姉さまの二人が交わし合うキスが―――万病に効くんです」


 勝ち誇った顔でこう宣言した。

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